第四回島清ジュニア文芸賞「散文賞」(高校生の部)「ラーの鏡」

ページ番号1002747  更新日 2022年2月15日

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高校2年 東尚子

雨で湿り、オムニコートに転がるボールをラケットで叩く。仲々バウンドしてくれない・・・・・・。雨にぬれた前髪が目蓋にかかる。けれどそれをかき上げる気さえしない。そう、俺はあいつに負けた。仕方がないことなんだ。あいつは金持ちのボンボンで、ガキの頃から娯楽でテニスをさせてもらってんだ。そこ行くと、こちとらラケットをはじめて握ってからまだ2ヵ月経ってないんだって・・・。普通に考えりゃ、俺に勝ちの希望はほとんどないはず。でも、でも!でも!!
「では、レギュラーの欠員を埋めるのは、勝者のユーツットだ。スティチュートは残念だったな…。」
しゃがみこむ俺に、女子マネージャーのアクジスが傘を差しのべてくる。鼻につんと涙がしみて痛かった。俺は彼女に少し手を振り、カバンとラケットケースをつかむと、一目散に寮へと逃げ帰った。
俺の名は、ネオ・スティチュート・工ーボン、今15歳、高校1年。そして俺は今ここで、物憂げな6月の雨に打たれた身体を、小さな部屋でうずくまらせている・・・。俺はここ1ケ月の間に起こったことを振り返った。
そう、すべては高校生活の記念すべき1日目、あの日に、アクジスという女の子に話しかけられて始まったことなんだ。俺はあの子に誘惑されて、テニスを始めることになった。実際、テニスは俺にとって、滅茶新鮮で、純粋に楽しいスポーツだった。というのは、そもそも俺は、小さなころから器械体操をやっていて、まあそこそこの成績を収めていた。けれど、けれども!高い得点を取ることは、俺にとっては本当に難しいことだった。そう、俺の演技には少し癖があるんだ。俺はそれを自分らしさだと好いているのだが、審査員の目にはそれはよく映らないんだ。それに比べると、テニスは実に気持ちのよいスポーツだ。ラケットの振り方に癖があっても、トスのあげ方に癖があっても、一点も減点されない。ただ敵が取れないようなボールを、そいつのコート内に飛ばせばそれがそのまま得点になってくれる。俺は本当にテニスが気に入った。それでこの1ケ月半、テニスのことを忘れることは一度だってなかった・・・・・・。

そうしているうちに、いつのまにか11時をまわっていた。シャワーを浴びてベットに横たわり、灯を消した。

俺の目の前に、クリーム色とあずき色でデザインされた、初代版ファミコン装置がおいてある。そして俺はドラゴンクエスト2をプレイし始める・・・・・・。そうか、これは夢だ。俺は復活の呪文を入力する。次から次へと頭の中に呪文が浮かび上がってくる。さあこれで全部だ。俺は”おわる”コマンドを選択しAボタンを押す。現れたのは、まだ最初のほうのマップだった。そう、3人目のパーティーメンバーを加えるためのポイント、荒廃したムーンブルクだ。このムーンブルクの城の東にムーンペタの町があって、そこに3人目の仲間、リンダが犬に姿を変えられているんだ。リンダをもとの人聞の姿に戻すためには・・・・・・どうするんだったかな?確か・・・さらに東にいったところに沼があって、そこで何かをするんだ。だが犬の姿のリンダは町の外には連れ出すことができない・・・・・・。ということは、その沼で何かアイテムを拾い、それを使ってリンダをもとの姿に戻してやるんだ。とにかくその沼へ向かおうか。俺は“ねお”と”コナン”をマップの東に移動させる。沼が見えた。沼を1マス1マス”しらべる”コマンドで探索する。3マス目を調べようとする・・・・・・その時、俺はそのお目当てのアイテムが何であるかをフラッシュのように思い出した。それは、“ラーの鏡”

俺はそこで夢から覚めてしまった。まだ2時じゃないか・・・・・・。!?いや、違う。また夢か!?
ベットから上半身を起こすと、そこに、俺の腹の上ぐらいに、でかい鏡が浮かんでいる。その鏡の向こうでは俺がもう一人驚いている。いや、ちょっと待て・・・・・・!?鏡などない。俺の腹の上には鏡も何も浮かんではいないぜ!?何なんだ?今この俺の目の前にいる俺は誰だ!おまえはいったい何なんだ・・・・・・。
「や。おどかしちゃった?ごめんなさい。」
喋った。声も確かに俺だ。だが俺はこれほどに子供っぽい喋り方はしないぜ?それにしても・・・、今俺の目の
前にいるこのもう一人の俺は、どうしてこんなにも瞳を輝かせているんだ?
「おどろかないで。僕は君の虚像なんだ。」
「何?俺の・・・虚像!?」
「そう、ラーの鏡が君の真の姿そ映し出した。そしてその像が具現化を起こしたのさ。それが僕なんだ。」
「良く分からない・・・。つまりおまえは俺の真の姿だというのか?鏡の中の虚像でありながら、俺の真の姿を纏っているというのか?」
「うーん、何て言ったらいいのかなあ。そうだな、うん。つまり僕は、君の純粋なところばっかりを寄せ集めてできているようなものなんだ、うん。」
「一体どうなっているんだ?俺の・・・俺の純粋なところだけかき集めたもの・・・それがおまえだというのか?もし仮にそうだとしたら・・・・・・おまえはどうして今俺の目の前に現れているんだ?まさか、邪悪なほうの俺を殺してしまおうというのか!?」
そしたらもう一人の俺はぶんぶんと首を横に振った。
「違うもん。いい?君は今まで、何か模範となるものがあって、それを真似しようと精一杯頑張ってきたじゃない?それじゃあ、ただ無理しているだけなんだよ。ほら、体操にしたって、たとえば英語にしたって、模範演技をただひたすら複写しようとしたり、先生の発音をそのまま真似ようと苦労しただろ?それじゃあ、変な癖がついちゃうだけなんだよ。だからね。純粋にネオ流のやり方で行けばいいんだよ。いい?言うことを聞いて。今から僕は君の双子の弟として君と一緒に生活する。君には僕が毎日をどんな風に過ごすか、それを見ててほしいんだ。君は今までに、いろんな場面で感情を無理やり曲げてきた。その曲がってしまった感情をもう一度まっすぐに伸ばしてほしいんだ。お願い。できるよね?」
「ああ・・・・・・」
俺は気が遠くなった。そしてまた眠りについてしまった。

俺は目を覚ました。あれは夢だったのか?・・・・・・いや、夢じゃない。もう一人の俺は、俺の顔を横から覗き込んでいた。俺は思わず「うわっ。」と叫び声をあげてしまった。
「ひどいなあ。もう。そんなにおどろかないでよ。」
どこから調達してきたのだろう。もう一人の俺は既に俺が通う高校の学ランとバックを装着している。時計を見るともう7時15分だ。俺は慌てて自分の制服を着て、かばんに教科書とバインダーノートを詰め替える。いつのまにかもう一人の俺の存在になれてしまっていた。もう一人の俺はちゃっかりと、買い置きの食パンにチーズを乗っけてトーストしたものを2人分こしらえていた。いつもは寮で朝食を取ってからバス停までランニングなのだが、今日はそのトーストを食べながらもう一人の俺と一緒に歩いていこうと思った。
もう一人の俺は、ほんとうにちゃっかりしていた。
「おい、バス賃は大丈夫なのかよ。」
「もう回数券買ったよ。」
「いきなり今日から登校して大丈夫なのかよ。」
「校長に話しつけてあるから大丈夫。」
ほんとうにチャキチャキしてやがる。俺がトーストを平らげてしまうと、
「はい、虫歯予防だよ。」
とかいって、俺にキシリトールガムをかませる。何か女みたいなやつだ。ま、俺と同じ顔なだけあって、結構男前だけどよ!
話せば話すほど、ちゃっかりはしているが、俺はそいつがほんとうに素直で純粋なやつだとわかった。
学校に着くと、もう一人の俺は、
「また後でね。」
と言って職員室に入っていった。先生からの紹介とともに教室に入ってくるのだろう。もちろん、俺のクラスに入ってくるのだろうが。・・・俺の心の中で、昨日のあいつの言葉がリプレイしてる・・・。
「ほかの誰の真似もしなくていいんだ。僕を模範だと思って。なぜなら僕は君自身の姿なんだから。」
俺は頬杖をついて窓の外の空を眺める。ふと気がつくと、アクジスが横で俺の肩に手をのっけていた。
「ねえ、昨日のことなんだけど……。」
俺は彼女の瞳を見た瞬問、バケツをひっくり返したかのように頭の中を昨日の試合の光景で溢れさせた。そうだ、あれからあんなことがあって、試合で負けた悔しさをすっかり忘れていたんだ。そうだ、そうだよ!!
「なあ・・・・・・アクジス!!昨日、俺ほんとうに悔しかったんだ!!」
窓の外はありふれた街並・・・。アクジスの瞳は驚いていた。そしておそらくそれ以上に、俺は白分が吐き出した言葉のあからさまに驚いていた・・・。
その時、担任のマケドモンドがガラガラと引き戸を空けて教室に入ってきた。アクジスもほかのみんなも自分の座席へ戻っていく。教室がだいたい落ち着いたのを確認して、マケドモンドは無言でボードに文字を書いてゆく。
”ニオ・スティチュート・工ーボン”
「二オ・スティチュート、教室に入っておいで。」
もう一人の俺が、少し微笑んで、少し照れくさそうに教室に入ってくる。瞬問、クラス中のみんなの目線が俺とそいつの間を往復する。
「そう、ニオ・スティチュートは、ネオ・スティチュートの双子の弟だそうだ。」
ニオは会釈して喋りだす。
「はじめまして。ニオ・スティチュートです。この高校では、テニス部に入ってネオとがんばろうと思います。よろしくね。」
素直な喋り方だなと、クラス中のみんなが思っている。だがたった一人だけはちょっとひっかかっている。そう、俺だ。あいつ、ちょっとおかしいな。さっき一緒に歩きながら話してたときに感じた、言葉では言い表せないほどのフレッシュなものは、今は伝わってこない。ちょっとナーバスになっているのかな、と俺はそう思った。
ニオはすぐにクラス中の人気者になった。何をやるにしても、クオリティが高いわけでは全くないのだけど、ニオのやること為すことすべてに華があった。これが、邪念を含まないものの強さなんだなあ、俺はそう思ってニオを見ていた。俺自身、ニオを見ていてほんとうに気持ちがよかった。でも……やっぱり、初めて出会ったあのときに比べると、ニオの素直さは確かに少しだけ落ちついている…、それがただひとつ気がかりだった。

放課後、俺はニオを,
「いっしょにテニスやっていこうよ」
と誘った。ニオは、
「ヘヘつ。」
と笑っていっしょに部屋についてくる。まったく、準備のいいやつだぜ。空きのロッカーに、用具を一式全部そろえてやがる!ラケット、シューズにソックス、半袖に短パン・・・・・・。全部俺のと色違いで。
俺とニオは、並んでコートに向かう。俺はこいつが来てから、たくさんの視線を浴びていた。きっと俺はこいつに比べると、ずいぶん劣って見えるんだろうな。でも、なぜだろう。俺はこいつに嫉妬しているわけでもなんでもない。ただいっしょにいると楽しいと思う。
あいにくコートの空きはなくて、俺とニオは隅っこで軽くラリーをすることにした。
「あ。」
ニオがラケットを構える姿は無理なく自然だ。俺もそれに習う。一一人のワォームはまったく一緒になったかのようだ。だがそれでいて、厳密に言えば正反対の姿勢だった・・・。そう、ニオは左手にラケツトを持っている。つまりどういうことかというと、まるでネットが鏡の役割をしているのだ。生まれて初めての不思議な感覚だった。鏡の中の俺が、自分で意識を持って生きている。俺は鏡の中の化け物にボールを送った。

俺は、まるで夢の中にいるかのように、夢中になってニオとテニスをした。次第に、俺のテニスの欠陥が浮き彫りになってくる。鏡の中の俺はとにかくテイクバックが早い。そしてそのままボールを追いかけている。そしてニオは、俺よりもずっと手首をリラックスさせている。ただ一瞬、インパクトのときだけ二の腕にフルパワーをかけるのだ。それに、ニオは本当にいい動きをしている。特に、俺はあんなにスピーディにバックには移動できない。ニオは、目は前を向いていながら、足は後ろに向けようとするクロスステップですばやく後方へと移動する。
俺は何かからこんなにたくさんのものを得たのは初めてだった。

ニオはタオルを持つてきていなかった。いつも準備のいいこいつが珍しい・・・。俺は自分のタオルを半分ニオにサービスした。
「二人ともお疲れさま。」
気がつくと後ろにアクジスが立っていた。
「ホント、まるで二人の間に鏡が立っているみたい。」
彼女はあははと笑う。
「まあね。」
と俺はなんて答えたらいいのかわからなかったので、適当に返事してみた。すると彼女はニオのほうに向き直って、
「あたしはマネージャーのアレックス・アクジス。ニオ、わからないことがあったらなんでもあたしに聞いてね。」
俺は、ニオの頬が少し赤らんでいるのを確認してしまった。

もう下校時間のチャイムがなっている。ニオとのテニスは本当にエネルギー消費の激しいスポーツだった。俺は本当にもうクタクタで、バスに揺られてのんびり帰ろうかと思っていた。だけど、ニオが、
「ね-、歩いて帰ろ?積極的休養になるからー!」
とあまりにもうるさいものだから、結局俺はそれに折れて、ニオといっしょに寮まで歩くことにした。

どうやらニオは、アクジスに一目ボレしたらしい。アクジスのことばかり聞いてくるんだから!きっとアクジスのことを少しでも早く知りたくて、込み入ったバスに乗るのを拒否したんだな…。ニオも俺と同じように、歩きながらおしゃべりをするのがわりと好きなんだろうな・・・。

俺は、俺がアクジスについて持っている知識をすべてニオに与えた。・・・・・・アクジスは、顔は可愛いかもしれないけど、ちょっと風変わりな女の子だ。まず、彼女は口笛を吹くのがうまい。それにひまなときには人目を気にせずどこでも歌っている。女なのに1個も陰口をたたかない。こういうわけで、アクジスは誰からも好かれている。彼女はいつもとぼけた風に振舞うのだけれど、本当はとても頭の回転の速い子なんだ。でもそれをあからさまにアピールするのが、あの子は嫌いなんだ。それでみんなの前ではいつもお道化た調子だ。でも、アクジスは、やるときは本当にやってくれる子なんだ・・・。

ニオはなんだかフワフワしてる。とにかくすごく嬉しそうだ。見ているこっちまで楽しくなってくる。そう、俺自身もこういう人間になり得るはずなんだ!そうだったらいいな、俺はそう思った。
ニオが浮かれている一方で、俺は自分の中の異変に気づき始めていた。俺がどんどん素直になっていく。別にニオを見習おうと意識してそうなったんじゃない・・・・・・。いたって自然に・・・・・・。
俺はちょっとした当惑にかられた。ニオ・・・・・・ひょっとしたら・・・・・・俺はおまえの素直さを吸い取っているんじゃないのか?いや、もしくはお前が、俺の邪ましいところを吸い取っているのだろうか・・・?もしそうだとしたら・・・。

そのとき、突然横でニオが唄を歌いだして、俺はびくっとした。・・・よく注意して聞くと、ニオの声は俺の声とはちょっと違う。ニオの声は伸びがあって、ぱあっと耳に響いてきて、すっととけていくんだ。

・・・・・・。
「ね、ニオ、寮はこっちだぜ?ほら、こっち来いよ・・・」
それまで俺とまったく同じ歩調で帰り路をたどってきたニオはなぜかいきなり道をそれて歩き出したんだ。
「ニオ・・・?」
ニオは振り向き、よく通る声でこう言う。
「小学校・・・行かない?ねね、行こうよっ。」
俺は少し微笑んでニオについて行った。
懐かしい道。今ではこんなに地面が下にあるよ。なんだかまだ背中にランドセルが残ってるみたいだ!長い間ご無沙汰していた、それでも通いなれている通学路・・・。小学校へ続く道のり、ニオと思い出話をしながら泳ぎきる。−初めて女の子と相合傘で帰ったとき、あの時は車に泥水をかけられて結局女の子と二人びしょ濡れになっちゃったよね。-あのころは忘れ物をすることがどんなに恐かったか!給食を残すことがどんなに恐かったか!なんであんなに先生に怒られるのを恐がっていたのかなぁ。−アニメはやっぱ水曜日が一番楽しみだったよねーみんなで、”けいどろ”とかやったよね、いまはもうどんなルールだったかもよく覚えてないやー
俺とニオは何時の間にか、今となってはさほど広くも無い小学校の運動場を目の前にしながら、二人でブランコに揺られていた・・・。

次に気がつくと、もう朝だった。俺は何時の間にかブランコにもたれかかったまま眠りに落ちていたんだ。このちっぽけな運動場の隅に一人だけで・・・・・・・いや、あいつ・・・ニオは?!あいつはなんでいないの?出てきてくれよ、ニオ・・・?
出会ってからずっと行動を共にしてきたニオが、俺の前から何の前触れもなく突然消えた。何か買いに近くのコンビニにでも行ってるんじゃないの?いや、そんなんじゃない。なんか嫌な予感が頭の中をぐるぐる回っているんだ・・・。
手洗い場で顔を洗って水を飲んだ。ニオと出会ったのが夢とは到底思えない!俺は学校へと走った。
ヘトヘトになって着いてみればもう既に結構遅刻ギリギリの時問で、俺はただちに教室へと急がねばならなかった。やれやれ・・・。
次の瞬間だった。俺は目の前の光景にハッとした。
ニオとアクジスが二人で俺の前に立ちふさがった。
・・・というよりは偶然はちあわせただけだったのかもしれない・・・ニオとアクジスの手と手はつながりあっていて・・・ニオはまるで幽霊でも見たかのような顔じゃないか、なんだよ、昨日あんなにいろんなこと話して・・・ずっと一緒にいて・・・。
ただでさえ朝から混乱状態だった俺の頭んなかを最高にスピンさせたのは、次にアクジスが口にした言葉だった。
「あら、ニオね、おはよっ!」
何だって?俺は・・・?!だが小学校からずっと走ってきて息があがっていた俺は、事の成り行きを理解するために頭を働かせようとしても酸素が足りなくて・・・その瞬間意識が遠くなって・・・その場にばったりと倒れてしまった。

「う・・・。」
俺はベットの中だった。全部夢・・・?いや、違う。そこは保健室だった。
「ありゃ、起こしちまったかい?」
俺の視界に入ってきた最初の人は、サクヤ・ユーツット、こないだの試合の相手・・・。
「どうした?そんな冴えない面すんなよ!こっちは心配してやってんのにっ!」
俺はまだパクパクと口を動かすことぐらいしかできない。
「ほんっと、鏡に映したみたいだよな!ネオにそっくりだもんな!」
俺はまたしても混乱に陥る。だがユーツットが今朝の出来事もう一人の俺は一体なにをしたのか—を教えてくれた。
「アクジスは、ネオのことが好きだったんだとさ!まあおれは前から知ってたけどね。アクジスから相談も受けてたしなぁ。今日告白するって言ってたけど、まさかそんな朝っぱらからするとはねぇ〜。ネオもネオで『俺も好き!』とか言ってくれるし!」
そこまで言い終わらないうちにチャイムが鳴り出していた。
「あ、おれ次数学やわ!じゃ、な。」
ユーツットはばたばたと教室に急いでいったようだ。

俺のこと好き?アクジスが・・・?でもあいつの話が本当だったら・・・アクジスは俺じゃなくニオの奴と・・・いや、ひょつとするとそれでいいのかもしれない・・・ニオはアクジスに惚れてる!でも・・・そうなるとすると・・・俺の気持ちはどうなるってんだ?!
アクジスは、いい相談相手で、いいトモダチだ。恋人とか、好きな人だとは思っていなかった。でもあいつは俺のことを・・・?!それなのにアクジスはその想いを俺じゃないもう一人の俺にぶつけて・・・あいつの想いは叶ったといえるのだろうか?いや、その前に俺は俺の気持ちがよくわからなくなってきた・・・。

俺はまた倒れこんでしまいそうだった。でも何かしなくちゃならないってそう思った。
俺はニオに手紙を書いた。
『ニオ。お前さ、どうしてこの世界に飛び出してきたの?何のために?前に聞いた事あったよな、もう一度教えて?』
俺は生徒手帳のメモ欄にそう書いて、そのぺ-ジを開いたまま横のテーブルに伏せておいた。
そこまでやって俺はまた深い眠りについてく・・・。

養護の先生の声で目が覚める。もう6時半、下校時刻か・・・。ふと俺は、横のテーブルに目を向ける。俺の生徒手帳の上にもう一つ別の生徒手帳が被さっている・・・?!俺は自分の目を疑いながらも上の手帳に手を伸ばす。俺がニオにメッセージを書いたぺ-ジと一緒なぺージだった。そこには俺の字で・・・でも俺が書いた文字ではなくて…こう記されていた。
”To get her”
と、これだけ・・・。

その日、俺は一人で寮に帰った。ニオはアクジスの家にでもいるのだろうか。俺は自分の部屋に入って、飯も食わないで、ただひたすら考えた。けれどしばらくたって何もわからなくなると、またその場で眠り込んでしまった。

気がつくとそこは闇の世界だった。そして・・・あの夜と同じ、俺の目の前には鏡が・・・!鏡の中にいるのは・・・ニオ!ニオじゃないか!
「ニオ・・・!」
その時、鏡がゆっくりと回転を始めた。ニオがどんどん見えなくなっていってしまう!回転はどんどん速くなっていく・・・鏡が完全に反対側を見せたその時、俺の体に電撃が走った。鏡からまぶしいくらいの光が漏れた—

朝になって、俺はなにもかもがわかった。俺にはアクジスに好きと言われた記憶があった。保健室で寝ている俺に後めたさを感じた記憶があった。生徒手帳にメッセージを書いて俺の生徒手帳の上に確かに重ねた。
ニオは今、俺の中にいる。あの時感じた電撃は、ニオが俺の中に入った証拠だったんだ。
俺はアクジスに会いにいった。俺は昨日部屋でずっとアクジスのことを考えていたんだ。やっぱり好きとかそんなんじゃないんだけど、アクジスのために強くありたいと思ったんだ。もしアクジスとニオが付き合うのであっても、その時はアクジスとニオのために強くありたいと思ってた。ニオのことを大切に思っていた。だからあいつが小学校からいきなり姿を消しちゃって、学校でひょっこり姿を現したときも、怒るよりショックを受けるよりも何よりも最初に、ああ、また会えて良かったって思ったんだ。それで安心して倒れちゃったのかもな、本当は。
・・・俺、本当は寮生活が始まって、ずっと部屋で一人で・・・一人がやりきれなくて泣いていたんだ・・・。でも今は違う!誰かのために強くありたいっていう気持ちがなによりも俺を強くしてくれるんだ!アクジスや、今は俺の中にいるニオ。それにユーツットだって、憎めない良いライバルじゃないか!ニオ、お前と一緒に過ごした時間が教えてくれたんだよ・・・。
俺に後ろめたさなんて感じなくていい。これからもずっと俺の中にいてくれよな、そう、『一緒に』な!
ごめんなニオ、俺、頭わりぃから、あの時のお前のメツセージ読み間違えてホント悪い。
俺らいつまでも、"Together"だよな!

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