第七回島清ジュニア文芸賞「散文賞」(中学生の部2)「スズメのひとりごと 人という可能性」その1

ページ番号1002720  更新日 2022年2月15日

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美川中学校3年 小池 紫央里

プロローグ
突然だが俺はスズメだ。
え? なんだって?
あー、人間の名前じゃねぇよ。スズメは鳥だ。
間違えんなよ。
俺たちは大概人間様たちがつくった電線やコンクリートの上で毎日を過ごしている。俺は電線の上のほうが好きで、そこにいるときが多い。だが、俺も生き物だからな、餌を獲るために地上へ戻る。
なぜ電線の上がいいのかは、簡単に言えば人間がキライだからだ。まぁ、たぶんどのスズメもキライだと思うが、人間ってのはむやみに俺たちに近づいてくる。だから地上にいると人間に会う確率が高い。これが俺たちにとっては迷惑なんだな。それに人間は俺たちの生活や環境を壊している。今も、ほら、周りがコンクリートだらけだろ? はっきりいって、息苦しい。まぁ、そんな生活も慣れたけどな。せめてもの救いは公園だ。あそこには緑がまだある。でも公園はどこにでもあるわけではない。だから俺たちは電線の上にいるのさ。見通しもいいしな。
特にお気に入りの電線があるんだ。えーと、名前は何だったかな? とにかくナントカ中学校の教室の窓側付近にある電線。そこにいるとちょうど1つだけ教室の様子がまるわかりなんだ。俺は人間がキライだが、人間が毎日何をしているのかに興味がある。だから俺はその場所からその教室の様子をいつも伺っているわけだ。人間の世界ってのは広いから、ほかのところを見てもよかったのだが、俺が探したなかで一番安全でよく見えるからここがお気に入りなのさ。よし! おまえらにも見せてやるよ、その場所を。

ここだ。俺は今さっき話した場所にいる。ほら、教室の窓側にとても近いだろ?
そういえば俺がこの教室を伺っていると、この間ごちゃごちゃしたことがおきた。柚って名前の人がいろいろとあってな。そいつは、あの窓側の一番後ろの席のやつなんだが・・・・・。

1
「・・・・。」
柚は朝からこの教室の居心地悪さを感じていた。
柚の席は窓側の一番後ろの席。窓の外には電信柱。何本かの電線もある。
電信柱や電線しかない景色なんてぜんぜんおもしろくないが、今は何もすることがなくてそれを見ている。
教室の中はいつも騒がしいが、周りでこそこそ言っているのは、たぶん柚とみっちゃんのことだろう。みっちゃんは柚の幼稚園からの幼なじみだ。とてもやさしくて、笑顔をたやさない子だ。昔からとても柚と仲がよかった。小学校も一緒だったし、柚が今通っている若葉中学校でも同じだ。柚とみっちゃんはどこへ行くときもいつも一緒だった。でも、みっちゃんは今日はいない。いや、今日だけではない。たぶん明日も明後日も来ないだろう。一昨日あった、事故のせいで・・。
バタンッ! ふっと気がつけば柚たち2年3組の担任の山口先生が教室に入ってきた。みんなが「おはようございます」と口をそろえて言う。いつの間にか朝礼の時間になっていたのである。
学級委員長の高野 梨香が「起立、礼、着席」という。柚の体は無意識でそれをこなす。そして、先生が言った。
「たぶんみんな知っていると思うが、一昨日の事故のことだ。残念な話だが、岡本は当分学校には来ない。別に命に別状はないが、怪我が治るまで2ヶ月かかるそうだ。だからそれまで近くにある若葉病院に入院することになった。先生も見舞いに行くが、本当は君たちの励ましがいいと思うんだ。だからいろいろと手紙とかを書いて励ましてあげてくれないかな・・・・。よろしくたのむぞ。では出席を取る。青木・・・朝倉・・・」
柚は先生の話を聞いて思い出していた。一昨日の事故のことを・・・。

柚とみっちゃんの家は同じ方向だった。だから学校の帰りは一緒に帰っていた。昨日もまた、柚たちは一緒に帰っていた。
柚たちはいつものように一緒に話しをしていた。そして、いつもの信号のある交差点で別れるときだった。
信号が青になり、柚は左後ろの歩道に立ち止まっているみっちゃんに手を振りながら横断歩道をわたっていた。すると、急にみっちゃんが青い顔をして柚に向かってきたのだった。柚は不思議に思ってふと右を向くと、車が1台スピードを落とすことなく迫ってきていた。柚はとっさに目をつむり、
——もうダメだ——と思った。そのとき、
『危ない!』
と声がして、突然肩にすごい痛みが走った。次の瞬間地面にたたきつけられた。
『うっ』
柚は一瞬何がどうなったかわからなかった。だが、目の前の光景がすべてを語っていた。みっちゃんは柚をかばったのだ。そして・・・。
『みずき!!』

「紺堂!」
柚は現実に引き戻された。
「え?」
——そうか、今、出席を取っていたんだ。
「柚、早く返事しないと」
前の席の梨香がいった。
「あっ。そうか。はい・・。」
柚は気のない返事をした。
「紺堂、大丈夫か?」
「あっ、はい・・。」
「まぁ、あんまりぼやぼやせんように。次・・・」
なんか周りがざわざわしたような気がする。
——だから学校へ行きたくなかったんだ。
あの事故に私もかかわっていることをみんな知っているから。たぶん噂で流れているのだろう。この学校にはこの事件をきっかけになにかをしようと考えている人が多い。例えばいじめとか・・・。こんなことはできれば考えたくなかったけど、今日の朝の出来事があったからには考えないわけにはいかなくなった。だって私のロッカーのなかに『殺人犯』と書いた紙が入っていたのだから。
毎日こんなことがあるのかと思うと柚はぞっとした。
——一体私はどうすればいいのだろう?
キーン、コーン、カーン、コーン・・・とHRの終わりのチャイムがなった。今日の1時間目の授業は理科で、移動教室になる。
柚は号令が終わった後、逃げるようにその場を去った。

2
柚は学校の帰り、いつもとは違う道を歩いていた。その道は柚の家からまったくの反対方向、若葉病院へつながっていた。
柚は昨日学校を休んだ。みっちゃんはどうなるのか心配で病院にいたこともあったし、警察に「一昨日の事故のことを話してくれ」と言われたからだ。最初はなぜ警察が出てくるのかわからなかったが、警察によると事故にあった車は『轢き逃げ』だったのだ。そしてなにより『信号無視』。けど、柚はみっちゃんのことで頭がいっぱいだったので、そんなことに気がいってなかった。うまく警察に話せたかも覚えていない。でも今はとても許せなくて絶対警察にその車を捕まえてほしいと柚は思った。
事故当日はショックですぐ寝てしまったが、昨日は病院にいたときも警察に聞かれていたときも家へ帰っても泣いていたと思う。今だって思う。私がちゃんと周りを見ていたら一昨日みたいな事故にならなかったのに。それに比べてみっちゃんはすごいと思う。自分の身のことよりも私を助けるなんて。私だったら足がすくんでそんなことはできなかった。
柚は"若葉中央病院"と書かれた大きな病院を見上げた。そして一呼吸した後、病院の中へと入っていった。

ドアに「206」。ドアの横には「岡本 みずき様」と書かれた札。みっちゃんが助けてくれなかったら、これには「紺堂 柚様」と書いてあったのかもしれない。
柚はドアを見つめた。そして昨日も来て今日も来ていいのかと思いつつドアを開けた。
「失礼します」
その部屋にはベットが1台、イスが3脚ほどあり、机が何個かあって、ベットに眠っているみっちゃん以外誰もいなかった。部屋には窓が開けてあり、少しふわっとした風がカーテンを揺らしていた。柚は少しほっとした。みっちゃんの両親がいると思ったからだった。
昨日柚は両親と一緒にみっちゃんの両親にお詫びに行った。みっちゃんの両親は昔から知っていた。二人ともみっちゃんと同じでとても優しい人だから、昨日は「そんなの柚ちゃんのせいではないよ」といってくれたけど、内心とっても辛いのじゃないかと思った。だから少しほっとしたのは、みっちゃんの両親が私を見るとつらくなるかもしれないと思ったからだ。
柚はベットの横にあるイスに座った。ベットで寝ているみっちゃんを見た。こうやって静かに二人でいるのはあの事故以来だ。
「みっちゃん、ごめんね。本当に命に別状がなくてよかったよ。」ベットで眠っているみっちゃんを見つめながら柚は言った。そして、柚はこらえきれずに泣いた。
「あれ?何で私が泣くのだろう・・・。本当に辛いのはみっちゃんなのに・・・ごめんね。今日ロッカーに『殺人犯』と書いた紙が入っていたけど、本当だよね。だって、私がちゃんと気をつけていればあんなことにはならなかったのに・・・。あれで打ちどころが悪かったらみっちゃん、本当に死んでいたんだし。言われてもしょうがないよね・・・。」
「そんなことないよ。」と、いきなり聞きなれた声がした。
「え?」ガチャッと音がして、柚がびっくりして振り向いた先には・・・
「梨香・・・。どうして?」
「みずきのお見舞いと、柚に会いに。」ドアを閉めながら驚いている柚に対して梨香はたんたんという。
「それと、ドアちゃんとしまってなかったよ。」どうやら柚はちゃんと閉めなかったらしい。
「柚は悪くないよ。だって、信号無視したのあの車なんじゃないの?何を思ったか知らないけど、車でスピードを落とさず走るからいけないんだって。でしょ?」梨香は空いているイスに座る。
「でも」柚は涙を頬に伝わらせながら言った。
「柚、もうちょっと冷静に考えよ。」
そういって梨香は柚の肩に手をおいた。いつもポニーテールをしている髪ががすこし揺れる。
柚は梨香の気持ちが伝わって、涙の跡が乾きかけている頬に新しい涙が流れた。
「私、見捨てられたかと思った・・・。」泣きながら柚が言う。
「ごめんね。私、ずっと柚のこと気にしていたのだけど、私もみんなの視線が恐くて・・・。だめだね。こんなんじゃ学級委員長。でも、絶対みんなのしていることは間違っていると思って。だから来たの。明日からは柚と一緒にいるよ。ほんとはやく言えなくてごめんね。」
「ううん。ありがとう。」柚は首を振った。そのあと柚は今日あった出来事を泣きながら梨香に全部打ち明けた。梨香はうん、うん、といいながら最後まで聞いてくれた。そして柚が話し終わったとき梨香が言った。
「あいつら絶対遊び半分でやってる。柚、覚えてる?転校していった、由未のこと。」
「うん」柚は返事をしながら2年になってからすぐの出来事を思い出していた。
由未は転校していった。その頃の由未の顔には生気がなかったような気がする。いじめにあって・・・。
柚のクラスの女子は2つに分かれていた。今も2つに分かれている。1つは柚や梨香、みずきの中心のグループ。もう1つは由未をあんなふうに追い込んだグループ。きっと柚のロッカーに紙をいれたのもあのグループだろう。あのグループの中心は倉井 与利。メガネをかけている優等生。その与利にくっついているのが河野 麗佳。いつも都合のいいやつだ。柚たちは味方を集めて由未と一緒に与利たちと対抗した。でも由未は絶えられなかったのだろう。柚たちに何も言わずにこの学校を後にした。一学期に由未が転校していってからずいぶんたった。今はもう体育祭も終わってしまった二学期。あの時の由未の気持ちを思うと、まだ悔しい気持ちが残っている。
「柚は由未みたいになってほしくない。でも、あの人たち何を言ったのか、由未の時に味方になってくれた人があの人たちの見方になってるのよ。」
「え?」驚いて梨香を見た。そんな柚の目を見て頷く梨香。柚は目を伏せて言った。
「あの人たち卑怯よ。人の弱みを知っているんだ。なんで人の弱いところしか見ていないのだろう。」
「ある意味、あの人たちはかわいそうだね。だって、人の弱いところ見てもぜんぜん意味ないじゃない。なんでもっと人の良いところを見れないのかな。そうしたら、自分も勉強になるし、その人のことすごいって思える。弱いところを知っても自分にマイナスになって辛いだけだよ・・・。だからさ、柚明日からがんばろうよ。」 梨香は顔を上げる柚の目をもう一度見た。
柚はすこし黙った後、ポツリと
「梨香ってすごいね。」と言った。
「なんで?」意外そうな顔をする梨香。
「なんとなく。なんかすごいなぁ。と思って。」柚は思ったことを素直に言った。
「なんだそりゃ。」
再び二人の目が合った。梨香が最初に吹き出して、柚もつられて笑った。小さな部屋に笑い声が響く。
「柚、やっと笑ったね。」二人が落ちついたときに梨香が言った。
「柚、たぶん泣いてばっかりだったでしょ?よかった。」梨香がほっとしたように言う。
「そういえばそうかも。」
——本当に事故以来笑わなかった・・・。
柚はそう思うと今度はうれし涙がでてきた。
「ゆ、柚? どうしたの?」梨香があわてた様子で言う。
「ご、ごめん。なんかうれしくて。笑えたのも梨香のおかげだなぁと思って。」
「ぷっ。柚って意外と泣き虫なんだなぁ。もう、ビックリした。」
そう言って梨香はまたニッと笑った。
「でもさ」梨香が真顔に戻りみっちゃんを見ながら言った。「柚、そんなに泣いていたらみっちゃんが心配しちゃうよ?」
柚も涙をふきながらみっちゃんを見た。
「うん」
「明日からがんばろうね。」梨香が優しくいった。
「うん」
梨香がいるから大丈夫だと柚は思った。
「ありがとう」
ふわっとした風が花瓶にはいった花を揺らした。

3
若葉病院へ行った後の一週間は柚と梨香が思ってたよりずっと辛かった。最初は柚のロッカーだけに嫌な言葉が入っていた紙が、梨香が柚と一緒にいることによって梨香のロッカーにも入れられるようになった。ときには学校のロッカーに置いてもよい荷物や教科書がなくなっていたりして、それらを全部家に置いとく羽目になった。おかげで学校に行くときは荷物が多くなった。クラスにいる女子は全員柚たちのことを無視。与利は柚たちに聞こえるようにいやみをいう。「本当に岡本さん大丈夫かしら? のこのこと学校に来ているやつと違って。」と与利が言うと、横にいる麗佳が「本当に。」と相槌を打つ。そして与利の周りにいる女子がいっせいに笑う。柚たちはこういういやみを1日1回は聞いていた。何度も先生に言おうと思ったが、そんな優等生の与利がそんなことをしているなんて絶対信じないだろうと思い、諦めていた。
柚と梨香はみっちゃんが学校に来るまで会わないことに決めた。こんな辛いときにみっちゃんに会ったら、絶対泣いてしまうし、怪我をしている彼女によけいな心配をかけてしまい、負担になるかもしれないからだ。だから、このことはみっちゃんに内緒にしとこう、そして、みっちゃんが元気になったときにこのことを言おう、と決めたのだ。でもみっちゃんが寂しがらないように、二人はちょくちょく時間の空いているときに手紙を書いていた。
二人がやっと我慢しているのに、それをお構いなく与利たちの嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。柚のいない時間、柚の机の中にマンガを入れて、次の授業の時間に教科書を机から出そうとするとマンガが床に落ちるようにされたことや、与利が「今日の放課後、2階の生徒会室で生徒会会議があるからな、と高野に伝えといてくれ。」と先生に言われたのに梨香にそのことを伝えなかったことなどがあった。柚はまさか机の中にマンガが入っているなんて思わないし、梨香だって生徒会会議があるなんて知らない。二人はまんまとその罠にひっかかり、かなりの先生の信頼をなくした。しかもどの出来事も山口先生だった。
それからというもの、二人はこんな罠にひっかからないように気を配って毎日を過ごしたため、学校の帰りはいつも気がめいってへとへとだった。
そんなある日の2時間目の授業は学活だった。最後にみっちゃんに会ってから2週間たった日だ。その時間、1ヵ月後の文化祭に、毎年恒例で行う『作文コンテスト』の話がもち上がった。
「今年も文化祭に『作文コンテスト』をやるそうだ。去年はみんな1年生で、初めてだったからあまり出なかったと思うが今年は2年だ。みんな積極的に参加してほしい。もう1ヶ月前だから明日には締め切りたい。だから、明日までに先生に言ってくれ。いいか、明日までだぞ。」と山口先生が言った。
『作文コンテスト』はこの学校で有名な行事だ。自分の書いた作文を全校生徒の前で読む。わざわざ高校の先生や、他の中学の先生が見に来るほど大きな行事なのだ。だから大半の生徒は高校進学のためや、学校の評判を上げるために出る。けっこう参加者が少ないように思うが、意外と『作文コンテスト』ができるくらいの人数は集まるのだ。そして何よりの特徴なのが、字数に指定がなく、個人でも、団体でも出てよいのだ。
あの病院のとき以来一緒に帰るようになった梨香が今日の帰りにこの話を持ちこんできた。
「あのさ、『作文コンテスト』一緒に出よ?」梨香がそっけなく言う。
「なんで?」いきなりの話だったので驚く柚。
「だって、こんなにいい機会はないよ。この『作文コンテスト』で、うまくいけばみんな自分のしていることに気づくかもしれない。」
「それ、どういうこと?」わけがわかっていない柚は尋ねる。
「私たちが『いじめについて』の作文を書くってこと。『作文コンテスト』は大きなイベントだし、最後には表彰式があるから、みんな採点するために真剣に発表を聞いてくれる。だから・・・」
「いじめについて考えてくれる人が増える。」柚が口を出した。
「そう。そうしたら、絶対今自分のしていることに気づいてくれると思う。」
短い沈黙の後、柚がようやく口を開いた。
「いいね。賛成。」
「もう、柚、返事遅すぎるよぉ。ほんとひやひやした。」梨香がほっとした声を出す。
「ごめん。なんか本当にうまくいくのかなぁって思っちゃって。」
「大丈夫だよ。だって私たち辛いこといっぱい我慢してきたじゃない。」
「そうだね。」柚は微笑した。
「よし!決まり!明日早速先生に言わないとね。」

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