第十回島清ジュニア文芸賞「奨励賞」散文(中学生の部1)「代役アリス」

ページ番号1002701  更新日 2022年2月15日

印刷大きな文字で印刷

笠間中学校 一年 新宅(しんたく) 妃夏(ひなつ)

1 物語のはじめ
目を開けたら、自分の部屋の天井が見えるはずだった。特に変わったこともない、平和で、退屈ともとれる一日の朝が始まるはずだった。
けれども。
今自分、安藤(あんどう)華連(かれん)は、朝か昼か夜かの見当もつかない、真っ白な空間に「気をつけ」の姿勢で仰向けに寝ている。
しかも、目を開けて最初に見えたのは、天井じゃなくて、懐中時計を持ってこちらの顔をのぞきこんでいる怖い顔のお母さん………じゃなくて、白いうさぎ。(うさぎは怖い顔してなかったけどね)
………?
どういうことだ?
そうだ、これは夢だ、と華連は思った。目を覚ましたと思ったらまだ夢の中だった、ていうオチだ。よし、ほっぺをつねってみよう。
………痛いような、痛くないような………
だめだ!よく分からない!
そういう具合に華連が一人で百面相をしているのを白うさぎは黙って不思議そうに眺めていたけど、片手の時計をちらと見やると、いきなりしゃべりだした。
「おい、アリス!顔芸なんてしてないで、さっさと仕度をしろ!まったく……なんでそんな服着てるんだよ!着がえろ!ああーまったくもぉ!時間に遅れたら『お嬢さま』に怒られる!」
華連はぽかんと口を開けた。ますます意味が分からない。でも、自分がアリスって人と間違えられているのだと理解すると、慌てて否定した。
「違うよ私、アリスじゃない!華連ていうの、分かった?」
うさぎに自己紹介するなんて、なんだか変な感じがするけど、そこは我慢。
けれどもうさぎ、ちょこっと首を傾げると、きょとんとした顔のまま、「なにバカなこと言ってるんだ。お前はアリスだ」だって。
ああ、だめだこいつ、と華連は思った。眼鏡を額(のあたり)にのせたまま忘れてる。よっぽど目が悪いのだろう、いっつも掛けているから、はずしても掛けているような感覚になってるんだ。
華連は呆れながらもあえて質問。「眼鏡はどこ?」
するとうさぎはまたきょとんとして、「なに言ってんだ、眼鏡ならちゃんとここに……」言いかけて目のあたりを触り、硬いガラスのレンズの感触がないと気付くと、「あれっ!?眼鏡は?眼鏡、眼鏡っ!」と慌ててあたりを探し始めた。
なんだかうちのじいちゃんみたいだと華連は思う。昨日もこんなふうに、もう被っている麦わら帽を、どこだどこだと探していた。もしかしたらこのうさぎ、もうかなり年をくってるのかも。
と、華連がのんきに考えてる間にも、うさぎは必死に、ものすごくそばにある眼鏡を探している。やっぱりこのままにしておくのは可哀相なので、指を指して教えてあげた。
うさぎは華連を見つめると、額(のあたり)をさわって硬いものを確認し、それをはずしてあるべき場所に掛けた。
そしてもう一度華連を見ると、「あっあれっ?アリスじゃないぞ!」とまた慌てふためき大さわぎ。「だから最初から違うって言ったじゃない」という華連の声も聞こえてない。そんなうさぎにため息をひとつついてから、華連は質問。
「ねえ、でもさ、そのアリスって、いったい誰のこと?」
すると今度もきょとんとするうさぎ。華連、あれ私なんか変な事言った?と、ちょっぴり不安になる。
「なに言ってんだ!」
うさぎが大きな声を突然出すものだから、華連はとびあがって思った。このうさぎ、なんでもかんでもいきなりなんだから!
そんな華連の気持ちも知らず、うさぎは白い耳をぴょこぴょこさせながら自慢げに話し始める。
「アリスといえば『不思議の国のアリス』のアリス!そして私はアリスの冒険のきっかけとなる白うさぎ!ほら、見れば分かるだろ?」
なるほど、うさぎの格好をよく見ると、確かに『不思議の国のアリス』の白うさぎの格好だ。うさぎは続ける。
「うーん、『不思議の国のアリス』なんて、世界中の人すべてが知ってると思ってたんだけど、きみ、知らないの?」
世界中の人すべてが知っているかどうかは定かではないけど、確かに内容は知らなくても題名は聞いたことのある人がほとんどだろう。実際、華連も幼い頃に絵本で何回も読んだ記憶がある。
「知ってるよ、それぐらい」と華連。ほんとのことを言ってるのに、うさぎったら「負けず嫌いなんだから」とからかってくるものだから、ぷんとしながら「ただ、すぐに思い出せなかっただけ」とも付け加えた。
「まあいいや」と白うさぎ。「それにしてもアリス、遅いなあ」
「ちょっと待ってよ」と華連。「アリスがここに来るの?物語の中の人物なのに?」
白うさぎは「やれやれだ」という顔をした。「なにバカなこと言ってるんだ。ここは物語の世界なんだぞ!きみってほんとになにも知らないんだなぁ!」
華連は内心むっとしたけど、ここで白うさぎを怒らせたら帰る方法が分からなくなると思い、なに食わぬ顔でスルーした。「私アリスに会いたいな」
「待ってれば多分、会えるだろうけど、もう時間がないんだ」うさぎはせわしなくつぶやく。「ああー、もぉ!」
「そういえば、なんでアリスはここに来るの?」華連は首を傾げる。
「来なきゃいけないからさ」
「なんで?」
「ああ、もぉ」うさぎはイライラしながらも答える。「だから、『不思議の国のアリス』を演じるんだよ!」
「演じる?」
「そうだよ、演じるの!『不思議の国のアリス』の物語を読んで気に入った『お嬢さま』がそう命令したんだよ!」
「ふうん……もしも遅れたり、やらなかったりしたらどうなるの?」
「遅れたら、怒られて、首切り!やらなくても、首切り!」うさぎはもう泣きそうだ。「そ、そりゃ大変だね………。でもアリス、こなさそうだよ」
そもそもこんな何もないところにどうやったらこれるのか、見当もつかない。自分がどうやって来たのかもね。
すると華連をちらりと見て顔をかがやかせるうさぎ。イヤな予感。
「じゃあ代役を立てなくっちゃ」うさぎがにたりと笑った………気がした。「きみ、やってくれるよね。よし、それがいい!」かなり強引だ。華連はもちろん「私!?無理だよ」と断ったけど、うさぎといえばそんなことおかまいなしに、
「大丈夫! えーと、カレン、だっけ。ほら、台本あげるし、分からなくなったら、それ見てね!じゃ、あっちで待ってるよ!」
と言って文庫本サイズの『不思議の国のアリス』を投げ渡して、さっさと向こうへ走って行く。そして、「あっちってどこ?ちょっと待ってよ」と華連が言う前に、いなくなっていた。
華連は、しょうがないから、その場に座って本をぱらぱらめくっていたけど、そうしてるうちにだんだん眠くなってきて、……意識が途切れた。

2 物語のまんなか
次に目を開けたときに見えたものといえば緑、だった。
いつの間にこんな野原に来たのだろうと、あたりをきょろきょろ見回してみると、横で見知らぬお姉さんが本を読んでいる。どこかで見たシチュエーションだなと思いながら、なにげなくうつむいてみて、ぎょっとした。
もう冷や汗たらたらだ。カレンは、自分がさっきまで着ていた水玉模様のパジャマじゃなく、『不思議の国のアリス』の格好をしてるのに気付いたんだ。もしかしたら、本当に自分はアリスを演じなくちゃいけないのかな、という考えがカレンの脳裏をよぎる。
カレンがどうしたらいいか分からなくて、おたおたしていると、遠くから草を踏む音が近付いてくる。言うまでもなく、しばらくするとあの白うさぎが「大変だ、大変だ、遅刻、遅刻!」と言いながらやって来た。カレンは迷わず追いかける。
やがて、お決まりのあの穴が見えてきて、うさぎはためらいもせず、その中にぴょんととびこんだ。カレンは穴の前で急ブレーキ!
穴の中をのぞきこんでみると、まっくらでなーんにも見えない。ためしにひとつ、手近の小石を投げ入れた。
ひゅ———————………
地面に当たった音がしない!
カレンは不安になったけど、じっとしてても始まらない。意を決して、大ジャンプ!そのまま暗い穴の中に、カレンはまっさかさまに落ちてった。ちなみに、穴の中で落ちてる間じゅう、カレンは目をつぶってたんだって。

どすん! 着地失敗。
「いたたたた………」と、うめくカレン。
「それにしても、ここどこだろうな………あっ!」ちょうど白うさぎが通路の角を曲がっていく姿が見えた。「白うさぎを見失っちゃう!」すかさず立ち上がり、走り出す。
なにしろこっちはなにがなんだか意味不明なものだから、あのうさぎを捕まえて、いろいろ問いつめなきゃいけないのでもう必死。すぐに追いつきそうになった。
けれど、長い通路の二つ目の角を曲がった途端、うさぎの姿はどこへやら。もう見当たらなかった。
「ど、どこ行ったん、だろ」
息を切らしながら、カレンはまわりを見回す。ドアだらけの大広間っぽいところ。
どのドアも鍵がかかっていて、ガラスのテーブルの上にあった金の鍵で開けてみようとしたけど、鍵穴にうまくおさまらない。もしかしたらさっきもらった文庫本の『不思議の国のアリス』に答えが書いてあるかもと思ったカレン、さっそく見てみようとしたけど、かんじんの本がない。手がかりがなくなってしまった。
他にすることもないので、カレンは部屋じゅう歩き回った。
「ここって窓はないのかな。あ、あんな低いところにカーテンがある!」とりあえず外の様子を見たかったカレンは、カーテンがあれば窓もあるだろうと思い、カーテンをめくってみた。
するとあったのは、窓じゃなく、小さなドア。約四十センチくらいかな。もしかしたら開くかもと鍵をさしこんでみたら、見事ぴったりばっちり合って開いた。
ドアの向こうは、狭い通路になっていた。もっと、ぐーっと目をこらしてカレン、見てみると、まさに天国みたいな庭が見える。ちょうどこないだお母さんが「こんな素敵な庭がある家に住みたいわねぇ」と言いながら見ていたテレビの中の王宮の庭にそっくりだ。
「あそこに行ったらなにか手がかりがつかめる気がする」と、つぶやくカレン。「でも、この体じゃ通れないなぁ」
そういえば、とカレンは思い出した。幼い頃に読んだ絵本の『不思議の国のアリス』のアリスは、この部屋にあった食べものか飲みものを口に入れて小さくなったこともあったはず。さっそく探してみると、さっき金の鍵の置いてあったテーブルに、今までなかったびんがひとつ、のっかっている。ご丁寧に、「私を飲んでね」と書いてある紙付きだ。
カレンはびんの中身がイヤな色してたり、変なにおいがしてたりしないか確かめてから、ごっくん、ひと息に飲み干した。

「おお」カレンは感嘆の声を上げた。「体が小さくなってってる!」

びんの中身を呷(あお)ってから少し時間がたつと、カレンの体はどんどん縮んでいったんだ。ある程度縮むと止まったけどね。
「よぉしっ!これでドアを通れるね」
本物のアリスは、ここでドアの鍵を開けてないことに気付いて、残念なことになったんだけど、カレンときたら、鍵も開けっぱなし、ドアも開きっぱなし(もちろんカーテンも)。いつものクセらしい。
カレンはそのまま、ドアをくぐった。

狭い通路を抜けると、あの綺麗な庭へ無事に出れた。ドアからのぞいたときにちらりと見えた噴水や花畑ももちろんある。
その中で一番目をひいたのは、庭の入り口にあった大きな白バラの木だ。綺麗だったから、そのままでもじゅうぶん目立つのだけど、そのバラに三人の庭師が赤いペンキを塗ってたから、なおさらだ。
こりゃおもしろいことしてるなぁ、と思ったカレンは、「あの、すいません」と、声をかけてみた。
すると庭師たち、びくっとして、あたりをきょろきょろ見回した。そこでカレン、自分が今、三十センチものさしくらいの大きさになってることを思い出し、さっきより大きな声で、「ここです!足下!」と叫んだ。
ようやく庭師たちはカレンに気付くと、「これはこれは小さなお嬢ちゃん、失礼しやした」とおじぎして言った。カレンは尋ねる。「あのー、なんで赤いペンキをバラに塗ってるんですか?せっかく綺麗な白なのに」
「それは………そのだね」と、声をひそめる庭師の一人。「ここは、ほんとは赤いバラの木にしなくちゃいけなかったんスけど、間違って白いバラの木を植えちまいまして……それで」
「正直に言えば済むんじゃないの」
「とんでもない!女王さまにこのこと知られたら、あっしら………」
カレンは、ははーん、なるほど、と思った。ここは首切り好きのハートの女王の庭だ。
すると、心配そうに庭の向こうをながめていた庭師の一人、「女王さまだ!女王さまがこっちへ来る!」などど叫んだ。
このまま放っておいて、庭師たちの首切りショーなんて、カレンは見たくもなかったから、手近に空(から)の植木鉢があったので、そこにさっさと隠れるように教えた。
庭師たちがすっかり植木鉢の中におさまった直後に、ハートの王さまと女王さまの行列がやって来た。知ってのとおり、みんなトランプ。まあ、庭師たちもトランプだったし、今更驚くこともないね。
「あれが女王さまか」
カレンがつぶやいたとき、「だめじゃないか、お話を変えちゃ」と、聞きなれない声が上からふってきた。びくっとして上を見るとにたにた笑っているネコの頭だけがある。
「あ、あなたは………?」カレン、おどおど。
「当ててごらん」ネコ、にたにた。
カレンはどうしても思い出せない。
「降参だよ」
「しょうがないなぁ。おれはチェシャネコ」
「チェシャネコ」忘れないように口に出すカレン。「でも、お話を変えちゃだめって……?」
「きみったら、忘れんぼなんだなぁ。きみはアリスを演じなくっちゃいけない。きみが本で読んだアリスの行動を、そっくりそのまま、しなくちゃいけない」
その言葉でようやく思い出して、「ほんとだ」とカレンはつぶやく。「ここにくるのが早すぎて、イモムシや帽子屋に会ってない!」
「まあ、いいさ。何回もやってるんだから、少しくらい違っててもいいだろう」
「何回も?誰のために?」
「あそこの女の子のためさ」
ネコが示した場所を見ると、なるほど、可愛らしい金髪の女の子が、こちらをじっと見てる。でもカレンが自分を見てると気付くと、女の子はぷいっとあっちを向いてしまった。
「あの子って、もしかして『お嬢さま』ってよばれてる子?」
「そうだよ」
「なんであんな女の子のために?」
「実はね」声をひそめるチャシャネコ。「この国には、王さまより権力を持ってる人がいるんだよ。ジョーカー公爵(こうしゃく)っていうんだけど、かなりのキレ者でね。王さまより、ジョーカー公爵の方が支持率が高いものだから、いつでも今の王さまを王位から引きずりおろすことができるんだ。だから王さま、公爵に頭が上がらないってこと。そして、公爵には一人娘がいて………」
「それがあの子」難しい話にカレンは頭がくらくらした。「でも公爵、なんでさっさと王さまにならないんだろう」
「王さまになると、肩がこるからだって」
「ふうん、よくわかんないや。でも、あの子、何回もこの物語ばっかで飽きないのかな」
「飽きてると思うよ。だから細かい事にケチをつけて、みんなを困らせる。それが楽しいらしいんだ。ほら、今も………」
見てみると、確かに『お嬢さま』がハートのジャックに、王冠をのせてあるビロードのクッションの色が違うというような文句を言っている。
「わがままだなぁ」と、カレン。
「そこの者!」と、女王さまが怒鳴る。「そこの小さき者よっ!なにを話している!質問に答えろ!」
その場の全員が一斉にカレンの方を向く。
「えっ、私?」
カレンはまったく女王さまの話が耳に入ってなかったので、質問がわからなく、おたおただ。
「おっと、じゃあおれはそろそろおさらばするよ。頑張ってね。」
チャシャネコはそう言うと、だんだん姿を消していく。
「ええっちょっと待ってよ!なに訊(き)かれてるのか、教えてよっ!」慌てて言ったけど、にたにた笑いのチャシャネコは、もうそこにはいなかった。
「早く答えろ!」女王さまが急かす。
「え、ええー、今日はとっってもいい天気でございますね」苦し紛れにカレンはそう答えた。
すると女王さま、かんかん。
「バカ者!名前を訊いておるのだ!この者の首をはねよっ!」
いくら物語の中だとしても、首を切られるのはごめんだ。カレンは「追え!追うんだ!誰をって? バカ者! この男の首をはねぃ! それが済んだらあの娘を追えーっ!」という女王さまの声をあとに、一目散に逃げ出した。

3 物語のおわり
ごつん!
カレンは後ろを振り返り振り返り走っていたものだから、とうとうなにかにぶつかった。
「な、なんだぁ!?」
こう言ったのはカレンじゃない。ぶつかったなにかだよ。
「ご、ごめんなさい」カレンは一応謝ったけど、相手を見ると、ぞおっとしながら一歩退いた。だって相手の姿があまりにも見なれないもの、鳥の頭に、ライオンかなにかの獣の下半身という姿をしてたから、無理もない。
それにカレンは今、三十センチの背丈(せたけ)なので、ただでさえ大きそうな相手が、もっともっと大きく見えた。
「ん?お前か、オレにぶつかったのは」
それ、がカレンを見下ろしながら尋ねた。
「あ、あなたは、なんていう名前なの?」
言いながら逃げる準備。踏みつぶされては、おしまいだ。
「オレ? オレはグリフォンだ」
「へえ、グリフォン。素敵な名前ね。」
「なあ、あんた、ニセウミガメに会ったことあるか?」
「ニセ………ウミガメ?」いきなりこいつはなにを言い出すんだろうと思うカレン。
「ああ、ニセウミガメ。そのぶんだと、会ったことないな。オレ、ちょうどそいつのところに行くからさ。こいよ」
カレンはグリフォンが自分を食べたり踏みつぶしたりする気が今のところないことに気付き、ひとまずほっとした。「でも、なんで私を?」
「あんたのことがなんとなく気に入ったからさ。いいからこい!」
やっかいなものに気に入られたなぁ………と思いつつも、他に行くあてもないので、言われるままについていった。

ニセウミガメは、泣いていた。といっても、特に悲しいことはないそうだ。うれし泣きしてるわけでもないのだけど。
「よお、ニセウミガメ」グリフォンが言うと、しばしの沈黙のあと、「やあ、グリフォン」と、ニセウミガメ。グリフォンが「話を聞きにきたよ」。また沈黙。「その子は?」ニセウミガメ、やっと口を開く。
「ああ、そういやあ、名前訊いてなかったなぁ」カレンに向かって訊くグリフォン。「名前は?」
「えっと、カ……」言いかけて口をつぐみ、「アリスだよ」と、カレン。
「じゃあ、アリス。ぼくの話を黙ってちゃんと聞いててね」
かくしてニセウミガメは話し始めたけれど、ここは省略。ものすごく長いんだ。(話の長さじゃなくて、かかる時間がね)
そうして、身の上話がどこでそれたのか、いつのまにやらグリフォンとニセウミガメ、歌を歌いながら踊ることになったんだ。
だけど、歌詞の半分くらいに差しかかったとき、いきなり、「だめだめ!やめて!」という女の子の声が、カレン、グリフォン、ニセウミガメの耳をつんざいた。
見ると、『お嬢さま』とよばれているあの女の子が、バカにしたような顔をしながらこっちへやって来た。
「ニセウミガメ、あんた」『お嬢さま』が口を開く。「拍子が昨日と全然違うわ」
ニセウミガメはかしこまって、「これはこれはぁ、『お嬢さま』。わざわざこんなところまで来てくださいましてぇ。でも、この歌の拍子は、決まってないもんでぇ」
すると『お嬢さま』、大声で、「バカねぇ!ちゃんと決めときなさいよ、こののろま!」と、暴言をニセウミガメにぶつけた。ニセウミガメはしゅんとなる。
『お嬢さま』は満足な顔をしてから、今度はグリフォンの方に顔を向けた。「ごきげんよう、出来損(できそこ)ない。いいかげん、どっちになるか決めたらどう?」
グリフォンは、今すぐにでも怒鳴りたいのをぐっと我慢しているような顔をしている。
カレンはもう頭にきて、「ちょっと、あんた!」と、叫んでしまった。
「あら、あなたいたの?」『お嬢さま』は、悪びれもしてない。
カレンはますます頭にきて、今度は怖いくらい低い声で「訊きたいことがあるんだけど」
さすがに『お嬢さま』も、うろたえたようだ。なにも言わない。カレンは怒鳴った。
「人のあらさがししかできないの? ケチしかつけられないの!? そんなことに使う頭があるなら、もっと人の事考えろよーっ!」
『お嬢さま』も、グリフォンも、ニセウミガメも、すっかり黙ってしまった。
やがてすすり泣く声が聞こえてきて、ニセウミガメかと思ったら、『お嬢さま』だった。「だって、うらやましかったんだもん。みんな、私にないもの持ってて………」ひっく、と言いながらそう告白した。
「だったら、最初からそう言えばよかったんだよ。それに、あなたにもなにかいいところがあるよ。わからなかったら、探せばいいし」カレンは、慰めるように優しい声で言い聞かせる。それでも、『お嬢さま』は納得がいかないようだ。「どうやって?」
「うーん、……そうだ! アリスになって、いろんな人に会えば、きっと見つかるよ!」
「でも、私……」
「大丈夫! 私にできたんだから、あなたにもできるって! いいよね、グリフォンも、ニセウミガメも」
「もちろん!」グリフォンとニセウミガメ、同時に賛成。(ニセウミガメは少し遅れてたけどね)
『お嬢さま』は、それぞれの顔を見回すと、涙でぬれた顔を満面の笑顔に変えて、「ありがとう」と、つぶやいた。
「よし、はじめから、もう一度! アリスもな!」グリフォンの一声で、ニセウミガメと『お嬢さま』は歌い出す。『お嬢さま』ったら、なにしろ何回も聴いてたそうだから、歌詞を覚えちゃったみたいだね。
ニセウミガメが歌うと暗くて悲しいこの歌も、『お嬢さま』の高い声が歌うと明るく楽しい歌に聴こえる。みんなにこにこだから、なおさらだ。
カレンもその場に座りながら笑顔で手拍子してたんだけど、だんだん夢見心地になってきて、そのまま………

目を開けたら、自分の顔をのぞきこむ『お嬢さま』とグリフォンとニセウミガメの顔が見えるはずだった。
だけど。
見えたのは自分の部屋の天井。
「………あれ?」
目をこすり、華連はぼーっと部屋を見回す。特に変わったこともない、平和で、退屈ともとれる一日の朝が始まっていた。
「華連! 学校に遅れるわよ!」と、お母さんの声。
それでハッとして、今日から新学期だと慌てて仕度する。制服を着て、かばんをひっつかみ、朝ご飯のトーストを無理やり口につっこむと、もぐもぐしながら外へ出た。「中学最初の新学期なのに、遅刻しないでよ!いってらっしゃい!」というお母さんの声に、「ふぃっふぇふぃふぁーす!」(まだもぐもぐ)と返事しながら走る。
その足が、ぴたりと止まった。
夢から覚める前まで聴いていた、あの『お嬢さま』たちの歌が聞こえた気がしたのだ。
「また、夢の中で会えるよね」
にっこりしてつぶやくと、華連はいつも通りの朝の道を、特別な気持ちでまた走り出した。

おしまい

より良いホームページにするために、ページのご感想をお聞かせください。

このページは役に立ちましたか。

このページに関するお問い合わせ

観光文化スポーツ部文化振興課
〒924-8688 白山市倉光二丁目1番地
電話:076-274-9573 ファクス:076-274-9546
観光文化スポーツ部文化振興課へのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。