第八回島清ジュニア文芸賞「散文賞」(高校生の部2)「我吾子(わがこ)」

ページ番号1002713  更新日 2022年2月15日

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松任高等学校 三年 羽根 詩織

まだ、人と妖魔がお互いの存在を認識していた時代。
両者はお互いを相容れぬ存在として、何度も衝突を繰り返していた。
本来ならば、力ある妖魔と呼ばれる異形のもの——場所によっては神として崇め奉られる——が争いに有利となるはずだった。しかし、争いが続くにつれて人間側に不思議な力を有すものが現れ始めた。
その者達は妖魔を追い払い、倒すほどの力を有していた。もし力が及ばなければ森羅万象を用いて封印を施すという偉業を成し遂げていった。
そんな両者対立の図式が世界に浸透して数年後、ある集落に嬰児(みどりご)が生まれたことから物語が始まる……。

「流石に、一月も徹夜だと、疲れる」
青々と茂る森林の中を、ブツブツと独り言を言いながら疾走する黒い影が一つあった。
影は狐のような体躯をしていながら、それよりもふた回りほどの大きさがあり、毛色が真っ白であった。その狐から発せられた台詞は、とても人間ではもたないであろう事柄を疲労の一言だけで終わらしてしまうあたり、人外の、異形のものだと推測できる。
「サッサと社に帰ってゆっくり寝たいものじゃ……ん?」
勝手気ままに伸びている木々の間を駆けながら、微かに聞こえてくる泣き声にピクリと反応を示す。
——なんじゃ? この声は……。声に混じって“力”が漂っておるではないか。しかもかなり弱弱しいのぅ
声に含まれている“力”に気付くことができるのは力の強いものだけだと思えるくらい微々たるものだった。
——まるで、我に、この白狐(びゃっこ)様に見つけて欲しいと言わんばかりではないか!
「これは是非ともお目にかからねば、のう?」
声と力を感じるため、止めていた歩を徐々に進めていく。
風が運んでくる、声の下へと……。
「なんとっ! 声の主は嬰児であったか……」
近付いていくにつれて、気配は感じるようになったが声と力が小さくなっていくことに疑問を覚え、更に興味を募らせて辿り着いた先にいたのは生後間もない嬰児であった。
「はて? この家に力の強い者などおったか……いや、待てよ。確か娘が一人おったな。それも大層不出来な女童がおった」
ここ数年、集落の様子を見に来てはいたが村人との交流などないに等しい。
「さては婿を娶ったのだな。でなければ、この家から力のある者が生まれる訳がない」
それは、白狐が見守る領地の一つに加えてからずっと変わらぬ村の体制から導き出された言葉であった。
力のある者は、実は異形に気に入られた人間が妖魔や神に近い異形のものから力を分け与えられた者たちだ。この嬰児の生まれた家は世襲制で村長を勤めている家系で、白狐の配下である異形のモノたちからも毛嫌いされているくらいだ。そうなると力のある家系から良い血筋をもらったとしか考えられない。
「それにしても……なんと愛らしいことか」
——どれ。我も力を分け与えてみるかの!
人の気配の薄い場所ですやすやと寝息をたてる嬰児に、白狐は口元を綻ばせながら噂で聞いていた力の譲与を試してみることにした。異形のものから力を譲与された人間は、譲与した異形が強ければ強いほど、強力な守護を得る。
白狐。その名の通り、月夜を髣髴とさせる白い毛並みを持つ狐。またの名を泉珂(せんか)という。周囲の山々を領地とし、妖と人を守護する大妖。その力は神にも劣らぬほど強力なもの。そんなモノの守護を受けた嬰児の運命は、知らぬ間に大きく変わることとなる……。

森の奥深く、人が寄り付かぬであろう位置に一軒の小屋と呼ぶには少々大きめの平屋が建っていた。そして、その縁側で何をするでもなく、ボケッと木々の隙間から射している木漏れ日を身体一杯に浴びている子どもがいた。
「コウッ! 遊びに行こうぜ!」
そこへ、人であれば怯えながら進むであろう暗がりから元気良く三つの小さな影が飛び出して叫んだ。
「うん。行く!」
「じゃあ二之宮(にのみや)まで競争よ!」
「乗った!」
「ええ? ずるいよ、アキ! シンまで!」
コウと呼ばれた子どもは、シンと呼ばれた子どもの問いかけに元気良く返事をした。すると、アキと呼ばれた子どもがいきなり走り出す。どうやら、遊びに行く目的地は二之宮らしい。
「……我等も走るか? コウ」
「バク。ううん。僕たちは歩いて行こう? 走ると疲れちゃうし」
三つの影のうち、バクと呼ばれた子どもはコウを待っていた。先に行ってしまった二人に合わせて走るかどうかを問われたので否と返す。理由は簡単。ここから二之宮までは結構な距離があるからだ。
二之宮とは、人の住む集落の一つだ。他にも、一之宮(いちのみや)から九之宮(くのみや)まである。
全て、コウの親である白狐・泉珂の治める領地である。今は、コウにその統治権が譲られている。ただし、人間の感知していない人ならざるモノたちと領地を、統治する権利だ。
「走るのが嫌ならその辺りにいる動物たちに運んでもらえばいいではないか。それが嫌なら我に乗るか?」
よって、コウには眷属(けんぞく)もいれば自称下僕まで存在する。バクはそんなことは言わないが、コウが正統な領主であると認識しているようで、稀に主を気遣う家臣のような発言をする。
「いいって。森の中をゆっくり歩くの好きなんだ、僕」
「そうか。我もそうだ。恐らく、この辺りの住人は皆そうであろう。この森には心地よい風が吹く」
お互いの意見が合致したことに、思わず噴き出してしまった。
穏やかに流れる時間と風を全身で感じながら、待ちくたびれて喧嘩でも始めていそうなアキとシンの下へと歩を進める。

「おっそーい!」
二之宮へと入る森の前で、コウとバクが来るのをずっと待っていたらしい二人の非難の声と姿を見て、苦笑と溜め息がこぼれた。
「ごめ〜ん。でも二人が僕の話し聞かないで先に行っちゃったのも悪いんだからね?」
「その通りだ。というかお前たちに進歩と言うものはないのか? 案の定喧嘩しおって」
「うっ……そう言われると……返す言葉も御座いません」
いくら森の中で、普段は人が近寄らない場所だと言っても集落の入り口で騒げば何かあったと人に教えているようなものである。擦り傷をこさえている二人にバクは呆れ顔だ。
「べ、別にいいじゃない! 喧嘩っていっても遊びの一種みたいなもんなんだしっ」
「そうでなければ困る。シンが本気でアキと喧嘩すればどちらが重症を負うか分かっているんだろう?」
「……分かってるわよ」
諭すように紡がれた言葉に、アキもぼそりとではあったが、しっかりと返した。
「な、なら早く遊びに行こう? 折角ここまで来たんだし!」
「そ、そうだな! ほら、アキもバクもサッサと行こうぜ」
四人の周りの空気が重くなってきたのをなんとか霧散させようと、コウが二之宮を指差して声をあげた。シンも、それに倣っていつものように声を張り上げた。
声をかけられても、少しだけ視線で会話をしていたらしく、動きがなかった。
しかし、一度動き出してしまえば四人を包む空気は自然と穏やかで、楽しいものへと変わる。

そして、楽しい時間程流れるのは早い。あっという間に夕闇が空を覆う時刻となった。
「楽しかったわね! また来ましょ?」
「うん。また皆で来よう」
「今度はもっと大勢の人間を驚かせてやろうぜ?」
「それは駄目だ。シン。大勢の人間に見られて騒ぎになれば我等の手だけでは処理しきれなくなる。そうなると “大人 ”が出てくるぞ」
「げっ」
大人という単語が出た途端に、シンとアキは顔を歪め、発したバクでさえ渋面を浮かべている。一人だけ、三人の様子を見守るしかないコウは過去に起きた出来事——長時間お説教を食らった後に食事なしを言い渡され、終いには一週間の自宅謹慎を言い渡された時のこと——を思い出して……顔を逸らした。

食事なしはまだ我慢しようと思えばできるのだが、怒った大人たちは物凄く怖い。異形の本性丸出しで怒号を落とされるため、身が竦む思いをする。そこへ、自宅謹慎となれば親に睨まれ暫くはずっと小言を貰い続けるのだ。これには我慢ならない。
コウはその親たる白狐の存在と日頃の行いによって刑が激減するのだが、シンとアキはそうもいかない。特に、親が白狐の側近をしているシンなど堪ったものではないらしい。
ちなみに、森の長たる白狐は現在遠方で開かれている異形の会議とやらに出席するために森を離れているのでコウの刑は更に軽くなる。
「とにかく、家に帰ろう? 帰りが遅くなり過ぎても皆が心配して探しに来ちゃうよ」
「そーだった!」
「確か今夜から明日にかけて泉珂様が帰ってくるかもしれないのよね!?」
「そう聞いている!」
一応、帰りは四人とも森を走っていた。暗い道だというのに誰一人として木の根や隆起した地面に躓(つまず)くものはいない。
「なら早く帰らないと……バク!」
「うむ。コウ! 我に乗れ!」
「ちょ、わぁ!」
「いいから早く乗れ!」
目的が決まればこの三人、とても見事な連携を見せる。
森の長が帰還した際に吾子(あこ)の姿がなければ長自身が探しに来る可能性が高い。それだけはなんとか回避しなければならない。
コウだけでも、先に家へ帰さなければならない。
アキの言葉の意味を理解して、二つ返事で頷くとバクは微かな気を発して姿を一瞬にして変えた。それにコウが静止の声をかける前にシンが変化したバクにコウを抱えあげた。
三人の中で、変化をして一番足が速いのはバクだ。その姿は狼に近く、四肢はスラリと伸びている。一回の跳躍でかなりの距離を駆ける。
「……相変わらず、速いね。バク」
「当然だ。我の一番秀でている能力はこの脚力だからな」
駆け出したバクの上に乗せられてからは大人しくしているコウは、ここ暫く感じなかった速度ある風を身に受けていた。舌を噛まないように気をつけながら話しかければ、しっかりとした調子で返される。
普段人型をしているから忘れがちになってしまうが、やはり自分に合わせてくれているのだと再認識し、嬉しさと感嘆の溜め息がコウの口からこぼれた。

長の帰りになんとか間に合った四人は、白狐の側近たちから小言をもらいはしたものの怒号を受けることは免れた。
よって、暇を持て余した四人はまた人間の住む集落へと足を運ぶ。
会えなかった間何をしていたか、次はいつ遊べるかなどを話しながら森の中を進んでいった。

その先に、何が待ち受けているかも知らずに。

「やっぱさ、今日も人間驚かして遊ぶか?」
「シンはそればっかりだね」
「だってあの表情! 止められる訳ないだろ!?」
四之宮の森に入って少しした頃、シンが本日の遊ぶ方法について提案した。もっとも、彼の中では既に自分の案が通る、と確信があった。それは、この四人の中での力関係が少なからず関係していた。コウが反対しない限り、シンの言葉は通るのだ。
「力の使い方を間違っている」
「でも、大丈夫かしら? 四之宮は異形を極端に排除したがる地域だって母様言ってたんだけど」
「我の親父もそう言っていた」
側近ほどではないが、異形の中でもそれなりに力のある親をもつアキとバクの親が悪い評価を出しているということに、一抹の不安が過ぎる。
「ねえ、引き返さない?」
「人里へはまた来れば良い。今日は森の最奥にある泉にでも行かぬか?」
「急にどうした? 二人とも?」
早くこの場から離れたいと全身で訴えているように見えるアキの様子に、コウは徒ならぬものを感じた。バクも勘は良い。
二人して今日は森へ帰ろうと訴えているということは、そうした方が良いのかもしれない。
「アキ、何か感じたの?」
「え?……良く分かんない。でも、ここ嫌だ。母様もあまり四之宮には行くなって言ってたし」
アキの一族は感知能力が優れている。負の感情や人の気配、異形の気配も察する能力が秀でているのだ。もちろん人間の使う力に対してもその能力は有効。噂が本当だとすれば、この先には巧妙な罠が仕掛けてあるのかもしれない。
「分かった。それじゃ今日は」
「そこに誰かいるのかい?」
森へ帰ろう、そう言おうとしたコウの言葉を遮った音があった。
「!?」
突如かけられた声に、四人は驚いた。勢いづいて振り返った先には木々の隙間から体を乗り出してくる人影があった。
そのことに、動揺した。声をかけられるまでその存在にまったく気付かなかったことを、無言で視線を交わすことで確認しあう。
「君たち! こんな所でなにしてるんだい? 子どもたちだけでここまで来たら駄目じゃないか!」
「えっと……どうして駄目なの?」
「どうしてって、危ないからに決まってるだろう。そんなことも……ってあれ? もしかして君たち、別の集落の子たち?」
四人は得体の知れない人間に、警戒していた。
お互いに視線で会話を交わしている様子を見て、どう思ったのか人間は四人を叱った。
人間が、真剣に自分たちを心配して声を荒げているということを理解した四人はアキが代表として戸惑いながら疑問の声をあげた。
「あ、ああ。俺たちは四之宮の民じゃないぜ」
「そっか。それなら森伝いに来るしかないね。でも、どうして態々四之宮に?」
「家にいても暇だったから色々見て回っているのだ」
何やら身近に似た思考回路を持ったモノがいるな、と思わせる話の流れを紡いでいく人間を、ジッと観察する。漸(ようや)く平常心が戻ってきた。
ある意味正確に人間の問いに答えているのだが、核心には触れない言い方で逃れる。それくらい出来なければ、人里へは気軽に遊びに行かせてもらえない決まりがあったりする。
「それで、おじさんは何してんのさ」
「危ないって言う場所になんで一人でいるの?」
それだけ、四人の力が異形たちの中でも上位に位置しているからこそ、こうして長の跡継ぎであるコウと気軽に人里へと何度も訪れることが可能なのだ。
だから、目の前にいる人間が自分たちの脅威となりうると予測した。
「お、おじ……それってもしかしなくても俺のことだよね?」
「もちろん。まあ別にお兄ちゃんでもいいけどね〜」
「そうだな」
シンの言葉に得も言えぬ衝撃を受けたらしい人間は、肩を落として落胆の色を見せた。そこへ悪乗りしたアキの言葉に四人は小さく笑い出す。当然である。シンたちの外見はコウと同じ十二、三歳くらいに見えるが、実際はその倍近く生きている。異形の寿命は永い。とは言っても、永い寿命を持つ異形の中で育つのだから周りは更に長生きのモノたちばかりのため、未だ子ども扱いをされるときがある。
人間としては、何故笑われたのか分からなくとも、自分の行動によって起こった笑いだと察知したのだろう。恥ずかしそうに頬を掻きながら四人に名前を尋ねてきた。
「……駄目。お兄さんには教えられないよ」
「ええ!? どうして?」
それまで、三人と人間のやりとりを静観していたコウが名乗ろうか迷っている三人に釘を刺した。釘を刺された三人はコウの視線を受けて、首肯で返した。コウの言いたいことを理解した、との意味も込めて。
「だって……お兄さん、力持ってるでしょ。それも、結構強い」
「!」
「僕たちもね、力あるから分かるんだ」
ゆっくりと、一つ一つを区切るように紡がれる言葉は拒絶と不審を含むものだった。
力のあるものに名を知られるということはその存在に縛られるということ。力のない人間が別の人間の名を使っても縛られることはあまりない。力のあるものが縛ろうと思えば人間が人間を縛ることも可能だ。
しかし、異形の名を知るとなると話は別だ。異形は全てのものが少なからず力を有している。そうなれば、名を知っていればいつでも力の強いモノが弱いものを縛れるという訳だ。人間と異形では更に異なる。力のない人間でも、力の弱い異形ならば名を知ることによって、その存在を縛ることができる。それが力の強い人間となれば相当力の強い異形でなければ名の束縛から逃れることはできない。
だから、四人は目の前の人間を脅威として認識したのだ。
自分たちならば縛られなくとも、その他のモノたちが縛られる可能性があるから。
「なるほど……だから、集落から集落を行き来できるんだね?」
「うん。お兄さんも、自分の力を自負してるから一人で森の中で見張りしてるんでしょ?」
「まあね。一応、それなりには力を扱えていると思ってる。でも、それだけじゃないんだ。俺の場合」
自分の発言で、もしかすると人間は気付いたのかもしれない。
力のある人間の子どもではなく、異形のモノが遊んでいるのだと。けれど、人間はそのことには触れずに話しを続けた。聞いてくれるかな、と視線で問われて、頷く。
「俺もね、今は四之宮の民だけど婿入りする前は六之宮(むつみや)の民だったんだ」
「六之宮だと?」
「知ってるの?」
「そりゃ知ってるだろ。あんな力の強い奴がうじゃうじゃいる集落、あそこだけだぜ」
「はは、それもそうか」
「それに、物凄くお人好しが多いってことで有名だもの。知らない方がおかしいわ」
「お人好し……本当にそうだね。俺も、その情に流されてここにいるようなものだから」
話し出すと長くなると言って、人間は近くの拓けた場所へと四人を案内した。周囲に仕掛けがないか確認しながらついていき、座り込んで話を聞いた。
「……要するに、六之宮と四之宮の仲を取り持つために四之宮へは婿入り、六之宮へは嫁入りがあったということだな?」
「うん。君、話し纏めるの上手いね」
大雑把に主観客観の混じった話を粗方聞き終えた所で、バクが人間の話を要約して確認した。その様子を見て、褒められたのだがあまり嬉しくはない。
その心境からすれば、何故強敵となりうる者と仲良く昔話に興じなければいけないのか甚(はなは)だ疑問である。まだ帰らないのか問うようにコウを見れば、苦笑で返された。どうやら、人間はまだ喋り足りないらしい。それが終わるまでは、と穏便に済まそうとしているコウの意思を汲み取って、大人しく三人は話しに耳を傾ける。
「それでね? 最初は婿入りをしたと言っても俺としては相手に情があった訳じゃないんだ。向こうが俺を一方的に気に入って、村長であった父親に頼んだらしい」
「わっがままな娘だな、おい」
「まあね。性格は確かに難有りだったけど、慣れてくればそれなりに情が湧くんだよ。だから、婿入りして二年ほどしたら子どもにも恵まれた」
「……お兄さん、その顔で子持ちなの?」
「その言い方ちょっと傷付くんだけど……力が強いせいかあんまり老けないだけなんだよ? まあ、実際もそんなに歳取ってる訳じゃないんだけど」
次々と述べられていく人間の情報に、コウは穏やかな表情で相槌を打ち、それを横目にシンたちは頭を小突き合わせて小声で会話を交わした。
「おい、もしかしてこの人間俺たちより年下か?」
「かもしれないわ。老けてない、って言っても限度があるでしょ」
「うむ。本人も元々そんなに歳はとってはいないと言っているしな」
「でもでも、コウにとっては年上なのよね?」
「ああ。だってコウはまだ成長止まってねーから外見通りの年齢だ」
「……我としては年の差などよりもあの二人の醸し出す雰囲気が酷似していることを話題にしたいのだが?」
結構深刻な話を聞いていたはずなのに、どうにも観点がずれてしまうのは人間と異形の差か。特に自分たちと関係のないことならばどれだけ深刻な話でも気に掛かった方を優先してしまう性があるらしい。バクの一言により、その一部だけ爽やかな風が吹き抜けているような気さえしてくるコウと人間をジィッと見比べて息を詰まらせる。
「確かに……」
「似てるわ」
「であろう?」
「どうしたの? 三人とも」
凝視し過ぎたのか、不思議そうな顔でコウに見られてしまった。
慌ててなんでもないから話を続けるように話を人間へと振ることで詰問を避ける。もし話していた内容をコウに洩らせば意識しだすのは目に見えている。
「それで? その子どもは今何してるんだっ」
「お母さんが面倒見てるの?」
取って付けたような台詞だったが、コウと人間の気を逸らすには充分な効果を発揮した。
「今、何してるか、分からない」
「主の子どもであろう? なぜ分からんのだ」
「……百合がっ、俺がいない間に子どもをどこかへやってしまったんだ!」
穏やかだった雰囲気を一変させ、激情のままに怒鳴る人間を見て、触れてはまずい琴線に触れたのだと気付く。

仕事のために六之宮へと赴き、七日間も空けてしまった家へと帰ると最愛の嬰児の姿がどこにもなかった。出かける前は、妻とともに家にいたはずなのに、どうして?
「百合! あの子をどこにやったんだ!」
嬰児の姿を求めて集落内を探し回っていると、不穏な噂を耳にした。それは妻が人を雇って嬰児を森へ連れて行き、集落へと帰って来たときには嬰児の姿がなかったのだという。普通は、それを否定したい。けれど、どこかでその噂が真実なのだと確信めいたものが胸の内に凝った。
「捨てたわ! あんな邪魔な子、私いらないもの!!」
妻を問い詰めれば、泣き喚きながら噂を肯定した。更に嬰児を罵ろうとする妻を、夫は叩いていた。
「どうして、そんなことをしたんだっ! まだ生まれて半年しか経ってないのに、どうして!?」
「かおるがっ芳があの時私の傍にいなかったのが悪いんじゃない!!」
「何を」
「あの子、妖魔に憑かれたのよ! 唯一妖魔を払える貴方は暫く帰ってこないし、私、怖くて恐くて……そんな子ども、家に置いておけるわけないでしょう!?」
それは、四之宮で根深く息づく異形を恐れ嫌悪する思考の本に下された判断だった。
四之宮の村長の家に妖魔憑きの子どもがいては困るのだ。世襲制のため、いずれその子どもが家を、四之宮を継ぐことになるからそれだけはどんな手を使っても阻止したかったのだと言う。
「……その、根拠は? 憑かれたってことは、何か見たんだね?」
「見たわ。最初は、狐が、とても大きな白い狐があの子を覗き込んでいたの! 私、大声で狐を追い払ったわ! でも、その狐、私の顔を見て嗤(わら)ったのよ!?」
「それで?」
「朝そんなことがあったから、なるべく目を離さないようにしてた。でも、昼間に昼食の準備をしに少し目を離した隙に、今度は雀や烏があの子を中心に集まってたのよ! そんなのおかしいじゃない!」
長い髪を振り乱しながら、芳と呼んだ己の夫へと必死にその状況を伝えようとする。
芳は、念の為に自宅に結界を張っていた。しかしそれすら容易く破ってしまうほど力を有する異形の目に、嬰児が見つかってしまったということに、自分が子どもを連れていれば良かったと後悔した。嬰児は、もしかすると自分よりも力を持っているのではないかと危惧したからだ。奇しくも、その心配は現実となってしまった。

「……それから十数年、俺はずっと近辺を見回っているんだ。稀に、害のない妖魔が紛れ込んだりすると逃がしてあげる代わりに俺の子どものことを知らないか聞いてるんだ。力の強い妖魔が気に入っていたんなら、何モノかに拾われている可能性があるからね」
確かに、今の話しを聞く限りではその嬰児は拾われている。もちろん、その白い狐自身によって。
「……」
「俺の子どもはね、普通に成長していたら君たちくらいなんだよ?」
何の反応も見せない四人に、芳は様子を伺うようにして言葉を続けた。四人はなんとも言えず、沈黙がその場に漂った。

考えてしまった。
もしかして、と思ってしまった。
分かってしまった。

沈黙が漂う中で、三人は俯いて地面を睨み付けるようにジッとしているコウを横目で見た。微かに、本当に少しだけその体が小刻みに震えていることに隣に座っていたバクが気付き、シンとアキに目配せをした。
「その俺の子どもの名前はね、光って言うんだ」
「ひ、かる?」
特に力を篭めて紡がれた訳ではないのに、コウの肩はハッキリと動揺したことが分かるくらいに跳ねた。
その反応に、芳は目元を和ませて微笑んだ。
「そう。光。やっと、やっと見つけた……俺の子ども」
至極嬉しそうに微笑む芳を直視できず、コウは数歩後退りをした。
しかし、開いた距離を縮めるように芳が足を進めるので意味をなさないかのように思われた。
「触るなっ!」
「っていうか近付かないで!」
「下がれ、人間」
コウが後退りしたことで出来た隙間に、素早くシンたちが割り込む。嫌がるコウへ無理矢理近付こうとする芳は完璧に敵だ。
「君たち、光を還してくれる? 俺は、君たちに用はないんだ。光さえ戻ってきてくれたらそれでいいんだ」
「はっ! 俺たちが人間の言うことなんて聞く訳ないだろ」
「そうよ! 自分勝手な人間の所になんて行かせないわ!!」
「コウは我らの長となる、我の主だ。人間風情が軽軽しく名を呼ぶな。おこがましい」
「どいてくれないんならいいよ。光に、こっちに来てもらうから」
「だからっ!?」
捲くし立てるように言いたいことをぶつけ合っていると、芳は口元に笑みを乗せたまま溜め息を吐いた。
何をしても自分たちが有利だと判断していたシンは、芳の行おうとしていることに思い当たり、青褪めた。
「光、こっちにおいで? 俺と一緒に、父さんと一緒に家へ帰ろう」
力のない人間にすれば、先程までの言い合いとまったく同じだと感じるだろう。だが、異形や力のある人間が聞けばその言葉に篭められている、名を縛る力に気付く。
「っおい! コウ、気をしっかり持て!」
普段の、万全な状態のコウならば芳の呼び掛けを跳ね返せただろう。しかし、今は突然現れた父親の出現により混乱しているため隙がある。
名前を呼ばれたことで、本当の名を呼ばれたことで動きそうになる足を、蹲(うずくま)ることで止める。
「我の背中へ! 白狐様の所へ行くぞ!?」
「うん! コウ、乗って!」
「そうはさせないよ? 漸く見つけたんだ。また攫われるなんて真っ平だ!」
「黙れ! こいつは俺と、……が引き止める! お前はコウを白狐様の所へ連れて行け! 今日は庵に親父たちと集まっているはずだ!!」
「心得た!」
一瞬にして変化したバクの上にコウを乗せると直ぐに駆け出させる。
邪魔をしようとする芳の前にシンが立ちはだかる。
もし、自分たちでも名を知られれば苦戦を強いられることは明白。アキの名を伏せて、目線だけで分担を決める。
「さてと」
「ここから先へは一歩も通さないわ」
「……君たちを縛れば、光の所まで案内してもらえるかな?」
「出来るものなら」
「やってみろ!」

「ご、めん、」
「いい。喋るな。舌を噛むぞ」
「うん……」
勢いよく駆け出したバクは数分もしないうちにコウの、自分たちの家のある辺りまで辿り着いた。それでも足を止めることなく、全力疾走で白狐の下へと駆ける。
芳から離れたからなのか、時間が経ったからかは分からないがコウは自分を取り戻しつつあった。だが、まだ安心は出来ない。
「見えたっ」
力ない異形を奥まで入れないようにするための結界を摺り抜け、見えてきた庵と漏れ出る気配に安堵が浮かぶ。
「白狐様! お出ましを!!」
「ど、どうしたのだ? バクよ?」
態と小さめに造られている庵へと変化を解いたバクが入る訳には行かず、開け放たれている縁側に文字通り飛び付いて叫んだ。
普段は冷静沈着、声を荒げることなど滅多にないバクの絶叫に驚きながら白狐が縁側へと近付いてく。そして、バクの背にしがみついているコウを認め、何か起こったのだと嫌でも理解できた。
「どうしたのだ、コウ! しっかりするのじゃ!」
「母様っ」
「ぉお……コウ……!?」
「バク! 何があったのじゃ!?」
慌てて駆け寄れば、何かに恐れ、白狐に縋りつくように手を伸ばしてくるコウを掻き抱く。肌が触れれば小刻みに震える身体の異変に気付いた。白狐が驚愕に目を見開いていると、側近たちも徒事(ただごと)ではないと人型へと変化したバクへと詰問の声をあげた。
「コウ様は泉珂様の次に力を有しておられる御方ぞ!? 如何様(いかよう)にしてこのような事態に陥ったのだ!」
「伯母上……そ、れは、人間が、四之宮の人間がコウに名の縛りを……」
「なんじゃと!?」
未だバク自身も動揺から立ち直れていないのか、普段よりも要領を得ない喋り方だったが、伝えねばならぬ情報は正確に大人に伝わった。
「そ、そう言えばシンはどうした? お前たち三人でコウ様と遊びに出かけたのだろう?」
「四之宮の人間を足止めしています。アキもシンと一緒です」
「なんと……」
「……バクよ。それほどまでに力の強い者が四之宮にいるのか?」
それによって、二人の姿が足りないことに焦りを覚える。
シンの父親であるダンはコウと泉珂を気にしながらもバクへと詰め寄り、アキの叔父であるフジは冷静に現状を見詰めていた。
「いえ、力はフジ様ほどあるか否かくらいです。ですが……コウの、人であった時の名を知っている者だったので、どうしても抗えなかったのではないかと」
「今の話、本当かえ!?」
「泉珂様? いかがされました?」
側近三人とバクの話を横で聞きながらも、コウを懸命に宥めていた泉珂が過敏に感応した。
しかも、幾分顔色が悪くなったようだ。
「いかん! シンとアキを助けにっ!? コウ? どうしたのじゃ?」
普段は余裕ありげに構えている泉珂の表情が焦りへと染まった。側近たちは直ぐに駆け出そうとするも、コウから制止の声がかかった。
「僕が、シンとアキを助けに行く」
「じゃが、お主はまだ!」
「大丈夫、母様。だいぶ良くなりました。今なら縛られることもありません」
「だが」
「母様。お願いします」
正面から、真剣に言い募ってくる子どもに泉珂は断り切れなかった。
確かに、今の状態ならば名を呼ばれたとしても縛られはしないだろう。それは分かっている。白狐としてこの森を治め続けてきた自分の後継なのだ。冷静であれば力で負けるはずがない。
しかし、泉珂の本音は別の事態を心配していたのだ。
「嫌じゃ!」
「母様!?」
「コウを育てたのは我ぞ!? 今更生みの親だと言ってコウを連れ去ろうなど許せぬっそんな人間、近付けたくもないわっ!!」
激昂して、正面で起立していたコウの肩に手を添えたまま膝をついてしまった泉珂に、誰もが声を失った。
永年時を供にしてきた側近たちでさえ、このように取り乱した長を見たことはなかった。慰めようとしても、どう動けばよいのか皆目検討もつかない。
「……」
「……大丈夫、母様」
「コウ?」
「僕は十之森(とおのもり)の長、白狐・泉珂の子どもにして後継ぎだよ? ここが、僕の生きる場所で守る場所。今更顔も知らなかった人間の所へ行ったりしないよ。ずっと母様と一緒にいるよ」
重苦しい空気の中、コウの言葉は凛と響いた。
その意味と、発するために己の中で決められた決意が滲み出るような、声音。誰知らず、その声音に秘められたものに圧されるように咽を鳴らした。
周りの反応など気にせずに、コウはとても柔らかい微笑みを母へ向けながら、自分と同じ目線にある母の頭を過去に己が泣いている時にしてもらったように、優しく、ゆっくりと撫でた。
「ほ、本当じゃな?」
「本当だよ。僕、母様に嘘ついたことないでしょ?」
「そ、そうじゃな! コウは我に嘘はつかんな!」
時間にすれば、僅かな出来事だったかもしれない。しかし、その場に居合わせたバクとダンたちは森の命運を垣間見た気がした。
森も、そこに住むモノたちの未来は希望に溢れたものとなるだろう。
「では、早速愚息を迎えに行きましょうか」
「そうじゃな。バクよ、コウ様を乗せて参れ。泉珂様は我にお乗り下され」
「え? 僕とバクだけで」
「それは駄目じゃ。我らと供に行こうぞ? コウ」
宣言通りに素早くこの場を離れる準備を整えているダンたちと、自分の目の前に差し出された母の手を交互に見て、苦笑をひとつ。
「過保護ですよ、母様」
「良いのじゃ。吾子にだけじゃからな」
細くしなやかな腕のどこにコウを持ち上げるほどの力があるのか疑問を覚えなくもないが、母は森の長だ。見た目に惑わされればかなり痛い目を見る。
変化をしたバクへと無理矢理乗せられることに、恥ずかしいよりもこの先の将来に少し不安を感じたのだった。

「では、未来の十之森が栄えることを称えて……乾杯!」
「乾杯っ!」
月夜が照らす森の広場で広がる輪を全て見渡せる位置で高々と盃を掲げた泉珂の号令に、広場に集まっていたモノたちの歓声が地面を揺らすように響き渡った。
一度乾杯の音頭をとれば、宴の場は一気に盛り上がりをみせる。特に長が静止をかけなければ位など関係なしに騒ぎの輪は広がっていく。
「うむ! 今宵は良い宴になりそうじゃな」
「はい。これも一重にコウ様のおかげですね」
「だな。コウ様が泉珂様と人間をお止めにならねば四之宮は地形を変えていただろう」
騒ぎの輪に混ざりながら発せられた言葉とは裏腹に、少し距離を置いて吾子を中心に何やら言い合いをしている三人へ暖かい眼差しを向けながら盃を交わす。
「一理あるな。それに、泉珂様だけでなくあの人間も中々の力を有しておるからな。二人が争わなんで良かった」
「四之宮だけでなく、こちらにまで被害があったかもしれませんからね」
「それだけは御免被りたいな。それから、エン。これからは人間、ではなくホウと呼ばねば小言が飛ぶぞ?」
「おお。そうであったな。すまぬ、ダン」
「気にするな。実を言えば俺もまだ慣れぬ」
「しかし、あのモノも良い度胸をしておるわ。コウ様の傍に居られるのなら人を捨てると断言するとは」
「まあ、一応コウ様の父親にあたるモノですから。一度お決めになられたことには躊躇なさらない性質なのでしょう」
見られていると分かっているのかいないのか不明だが、コウの気を引こうと左右から身を乗り出すほどの勢いで話しかけている親たちに苦笑いを浮かべて辛抱強く答えているコウの姿が眩しく見えた。

一番効果的な方法でコウを逃がし、自分たちは足止めをし続けていたシンとアキの下へと森を駆ける間に、他の異形たちにも話が伝わった。泉珂を乗せたエンの後ろには、無数の異形たちの姿があった。そのモノ等に凄絶な笑みを向けて放たれる言葉はいずれコウの側近として名を馳せるであろうモノたちに苦戦を強いている者への宣戦布告。
その数でかかれば四之宮にいる人間を懲らしめることも容易いだろう。命を奪わずとも、危険な芽を摘むために奇襲をかけるのも必要なことならば致し方ないこと。
子を持つ親として。
森を治める長として。
脅威となり得る人間を野放しにして置く訳にはいかないのだ。しかも、コウの父親となれば尚のこと放って置けない。戦闘が行われている森へと向かう中で、泉珂の浮かべた暗い笑みを見たのは泉珂の足として駆けているエンのみ。ここ数十年、見ることも聞くこともなかった白狐・泉珂の二つ名のついた理由とも言える笑みに、頼もしさとともに畏怖を感じざるを得ない。
十之森の長、白狐の泉珂。二つ名を……白狐の戦渦。戦渦の通る痕には何も残らぬ。
そう言われ続けてきた泉珂を前にしても人間、芳は一歩も引かずに闘いを挑んだ。もちろん、コウを賭けて。それを泉珂が許すはずもなく、四之宮のみならず、異形のモノ達が暮らす森にまで影響が出るかと危惧された争いは鶴の一声ならぬコウの一声によって阻止された。
そこで芳が提案したのはコウが自分の下へ来ないのなら、自分がコウの下へ、異形の下へ行くと宣言したのだ。これには流石の泉珂も驚愕に目を瞠った。だが、その一身に吾子を思う気持ちに折れたのか、森の一員となることに許可をだし、現在の宴へと繋がった訳である。
「というかフジ? それを言ったら泉珂様も一度決めたことには躊躇せんぞ」
「なら元々の気質と育った環境の両方が影響しているということにしておきましょう」
「フジ。それをあの二人の前で言うでないぞ?」
「心配せずとも、分かっていますよ。エン」
ただでさえ人間離れした力を有していた芳が異形へと堕ちたために、ホウとしての力は側近たちと並ぶ。そこへ今の会話が泉珂とホウの耳へと入れば軽症ではなく重症を負うこと間違いなしである。
「それに、もしお耳に入ったとしてもその時は素直にコウ様に庇護を頼みましょう」
一番二人に有効な手段で、一番手っ取り早い方法である。
無言でその言葉を心の隅へと置き、盃と肴へと意識を集中させる。恐らく、これで数百年はなんの心配もなく暮らせると、確信をしたから。

それから数百年経っても、十之森は色褪せることなく若葉を芽吹き続けたそうな。

終わり

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