第七回島清ジュニア文芸賞「散文賞」(中学生の部1)「おず薬局」その1

ページ番号1002718  更新日 2022年2月15日

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美川中学校3年 玉井 菜月

『フリーター』。15歳以上35歳未満の学生・主婦でない者のうち、パート・アルバイト・派遣等で働いている者または、働く意志のある無職の者。
僕の名前は安藤 大介。22歳にして「モラトリアム型」のフリーターだ。モラトリアム型というのは職業を決めるまでの猶予期間としてフリーターを選び、その間に自分のやりたいことを探そうとする者や、先の見通しがはっきりしないまま学校や職場を離れた者などのことを言う。僕はもともと地方の人間で、実家にいるときは、とにかく田舎から都会に出たくてしかたなかった。だから大学に入学するのを理由に、とくに何の夢もないまま都会に出てきた。しかし、大学を卒業すると同時にやることがなくなってしまい、あげくの果てにフリーターとなったわけだ。そのうち生活もどん底になるし、住んでいるボロアパートの安い家賃も払うことさえ苦しくなってきた。とにかく節約するように、近くのパン屋のあまり物を求めるようにもなった。
週5日、1日平均9時間くらい、正社員並みに働いているのに給料は安かった。でも一度フリーターになったらそう簡単に抜け出せるものではないから毎日耐えるしかなかった。就職活動をしても、就業中にトラブルを起こしやすいということを理由に正社員採用試験を不合格にされたりした。最近ではそういうのを理由に不採用にする傾向が年々強くなっているらしく、「フリーター=悪」という差別的な風潮が広がっていることから、ますます就職が困難になっている。つまり、フリーターでいる期間が長期間化するということだ。
ある土曜日。僕は午前10時くらいに起きた。起きてから少しして僕はこんな中途半端な時間に起きたことを後悔した。どうせならもっと昼近くに起きて朝食と昼食を一緒にすればよかった・・・。貧乏人にとっての痛い失敗に、僕は機嫌が悪くなった。意識がはっきりしてきて脳が働き始めると空腹感もでてくる。昨日の夜はコンビニで買った小さいカップラーメンしか食べてなかったのでひときわ空腹感がひどかった。なにも口にせずにはいられなかったので仕方なくいつものようにパン屋のあまり物を頼りにすることにした。
アパートから出たときの天気は快晴で、僕の不機嫌さに似つかわず爽やかだった。パン屋は僕の住んでいるボロアパートから200メートルと離れていない所にある。人通りの多い商店街から一つはずれて、民家が立ち並ぶ路地裏にヒョコッと建っている。でも、だからといって目立っていないわけではない。全国的にも評判のいい、雑誌などでも紹介されるような穴場なのだ。商店街のパン屋・ケーキ屋などよりよっぽど人気がある。そんな店のパンの耳を食べることができるだけでも感謝しなければと思っている。
僕が店に行ったとき、いつもは十人ほどの人が狭い店内にいるだけなのに、今日は休日ということもあり、三十人以上の人が店にごったがえしていた。さすが人気のパン屋だ。路地裏にあって、店が小さくて、店員も少ないのに客はたくさん来ている。こういうときは、「正面の入口じゃなくて、裏の勝手口から入ってこい」と前に言われたので、今回も裏に回って勝手口からお邪魔することにした。
ここのパン職人の名前は高松さんという中肉中背で中年のおじさんだ。温厚な性格で、全国にチェーン店を出して一儲けできるほどの有力な店を、「地元だけの名物にしたいから」といってここだけにとどめているのもこのおじさんだ。とても人柄がよく、誰にでも人気がある。
「すいませぇん、安藤です。」
僕は勝手口から店の中に向かって小声で挨拶した。勝手口は直接調理場に続いている。そこで高松さんがパン生地をこねていた。
「おぉ、安藤くん、パンの耳ならそこに用意してある。悪いが今手が離せないんでね・・・、勝手に取っていって構わんよ。」
高松さんは太っ腹で誰にでも気前がいい。僕は
「マジすか?それじゃあ遠慮なく・・・。」
と言いながらパンの耳を取りに中に入った。大量のパンの耳がビニール袋におさめられていて、しかもそれが2袋もあった。
「あれっ?前より増えてませんか?なんで二袋も・・・?」
僕は嬉しかったが、不思議に思って質問した。
「あぁ、新メニューを一つ加えたんだ。フルーツサンドなんだがね、前からリクエストがあって、今回やっと出すことにしたんだ。」
高松さんはパンをバンバンと台にたたきつけながら返事をしてくれた。
「あぁ〜、なるほど、それはいいっすね!」
僕がこう返すと高松さんは、
「君にとっても得だろう?」
と笑って返してくれた。
いやぁ、それにしても助かる。こんなにもらえるとは思っていなかった・・・。僕は店からアパートに帰る途中、大きなビニール袋を両手に提げて歩きながらそう思った。パンの耳は僕にとって主食同様、一般人にとっての米のようなものだ。気分はいつのまにかすっかり晴れていた。でも、家から出たときとは逆に、天気はさっきより雲行きが怪しくなっていた。
だいたい100メートルほど歩いたとき、ひときわ大きな雲が西の空から流れてきた。雨雲かどうか僕には見分けがつかなかったが、太陽を隠して直射日光をさえぎった。空の6〜7割は覆っている。わずかに風も吹いてきた。やはり、日陰で吹く風は日向で吹く風と違って、涼しいし、心地がよい。でも涼んでいるのもつかの間、さっきの雲はあっという間に空全体に広がってにわか雨の気配を感じさせはじめた。「雨雲か・・・」僕は雨が降り出さないうちにアパートに帰ろうと、残りの100メートルを走った。
アパートに帰ってすぐ、雨は降り出した。予想以上に激しい雨だった。途端に僕は、洗濯物を干したままだったことに気付いた。僕の住んでいるアパートは激安なのでベランダはない。なので僕が勝手に窓の外壁に釘を二本打ち、それらを丈夫な紐で結んでハンガーを掛ける場所を作った。しかしこのシステムはハンガーの取りはずしが難しい。なぜかと言うと、端のほうは窓からの距離があるからだ。
「しまった・・・!」
僕は急いで洗濯物を取り入れた。が、やっぱり間に合わなかった。洗濯物はビショビショまでとはいかなかったが、結構濡れてしまっていた。
「午前中しまっておけばよかった・・・」
独り言は虚しく雨音にかき消された。部屋干しにするしかなかったので、仕方なく部屋の高いところにハンガーを掛けた。ただでさえ狭い部屋がさらに狭くなった。もう洗濯物はないかな?と確認のため窓の外を見てみたら、案の定小さいタオルが一枚、窓から遠いところにさがっていた。手を精一杯伸ばさないと届かない、一番遠い所にある。僕は窓から上半身を乗り出して左手を伸ばした。しかし僕の気はタオルではなく、その向こうの家々に向けられた。いつもアパートから見えるのは、裏道に立ち並ぶ古い家ばっかりだが、その古い家々よりもっと古い木造の家が、昨日まではなかった位置に建っていたのだ。
「・・・。」
僕はあっけに取られて、タオルを取るために伸ばした手を下ろした。どう考えてもありえないことがおきている。目をこすってもう一度確認してみた。が、やっぱり家ははっきりとそこに存在している。しかし、工事の音はひとつも聞こえなかったし、もし工事されていたのだとしても一日で作り上げるのは不可能な話だ。狭い裏道に大きな道具・材料・トラックなんて置いておけそうにないのだから・・・。ショックで唖然としていた僕は、しばらくしてその店に看板がかかっていることに気付いた。きょく・・・・くすり・・・ずお??いや、違う。「おず薬局」だ。今どきの店とは思えなかった。右から文字が書かれた横書きの看板なんて、教科書の資料や映画でしか見た事がない。それにしても、「おず」ってなんだ?僕が最初に思いついたのは「オズの魔法使い」だった。が、ひらがなで表記されているし、そんなおとぎ話みたいな雰囲気は店に漂っていなかった。「おず」・・・「オズ」・・・「小津」だろうか?考えれば考えるほど深みにはまっていった。一体なんなのだろう・・・。僕はこういうときあまり頭を突っ込まず、サラッと流して忘れてしまうタイプなのだが、その時ばかりはどうしたことか、いつの間にか玄関に向かい、傘を手にとって裏道に進んでいた。
雨はさっきより穏やかになって、そろそろ止みそうな気配さえあった。傘をささなくても歩けるくらいだったかもしれない。でも、僕はそんなことを考える余裕がなかった。古い一軒家の突然の出現とその不審点の多さに、不気味で心臓がバクバクなっていた。
家・・・というより、「おず薬局」までの距離はかなり近かったので、僕は心構えができていないままその店に正面から向き合うことになった。近くで見ると、さっきよりますます不気味だった。使い古したような戸、何年間も建っていたぞといわんばかりの木の腐り具合・・・。遠い距離を歩いてきたわけじゃないのに、僕は息切れしていた。
そのとき、追い討ちをかけるかのように薬局のドアが開いた。急だったものだから、僕はびっくりして一瞬ひるんだ。でも出てきたのは意外に、腰のまがった優しそうなおばあさんだった。
「いらっしゃい、薬はいかがですか?」
おばあさんは見た目通りの優しい声で僕にそう言った。正直言って薬に用はなかったが、好奇心からか、安堵感からか、僕は
「あ、はい。」
と答えてしまった。
「どうぞ。」
おばあさんは先に店の中へ入っていった。僕もおばあさんのあとに続いて、店の中に足を踏み入れた。
店の中は思ったより広くて、周り中棚に囲まれていた。その棚には見たこともない薬がぎっしり、無造作にならべられていた。僕はその一つ一つをじっくり眺めてみた。怪しいとしか言いようがなかった。液体の飲み薬の瓶のラベルには見たこともないような字が書いてあり、錠剤は気味の悪いほど色鮮やかなものもあった。急に悪臭が鼻をついてきたかと思えば、湿布と思われる袋が原因だったり、僕からみればこれら全部、薬というより毒だった。
「どんな薬が必要ですか?」
おばあさんはいつの間にか、店のレジらしきところのイスに腰をおろしていた。
「あの・・・」
と言いかけて僕はそこらへんにあった瓶をわしづかみにし、
「これって何語ですか?」
とラベルを指して聞いてみた。おばあさんはしばらく黙ってラベルを見ていた。といっても、おばあさんの居るレジから僕の居る場所までの距離は遠かったので、文字が見えているわけないのだが。そして、
「違う世界の言葉だよ」
と答えてくれた。「まさかそんなわけない」と思って、僕は冗談でその言葉を受けとった。
「その瓶が欲しいのかい?」
僕が答えを聞いた後も目を凝らしてラベルを見ていたものだから、おばあさんがそう聞いてきた。
「何円ですか?」
僕が聞くと、
「50円だよ。」
と答えが返ってきた。
「えっ?!たったの50円っすか?!」
「そう、たったの50円。」
買う気はなかったのだが、なにしろ安かったものだから、好奇心で買ってみた。でも、こんなに安い薬なんて絶対に使えないなと思わざるをえなかった。
アパートに帰るとき、雨は完全に止んでいて、空には綺麗に青空が広がっていた。僕は50円で買った瓶を垂直に投げてはキャッチしながら、そして薬局を何度も振り返りながら雨上がりの道を歩いた。
アパートに帰って、僕はまだ朝食を済ませていなかったことを思い出した。空腹感を忘れるほど不思議なことだったのだ。
「まあちょうどいい、これで朝食と昼食を合体させられるし・・・。」
損はないと思って僕は高松さんからもらった袋を開け、居間にどかっと腰をおろしてパンの耳を食べ始めた。食べながら、ついさっき買ってきた瓶をまじまじと眺めた。
「ん?!」
すると新しい発見があった。ハングルでも漢字でもない読めない文字たちの中に、一部だけ読めるところがあったのだ。それは、「全治」という言葉だった。その次には「1」という数字があった。文字は読めたものの、意味までは理解できなかったので、僕はそれを見つけて以来、気になってしかたがなかった。
月曜日、僕はアルバイトのため、ボロアパートのある町から電車で隣町まで出勤した。ボロアパートのある町は比較的人口が少なく栄えているとは言えないが、都心からは遠くないし、一つ隣の町に行くとビルが立ち並んでいる。僕はガラス張りの洒落たビルで窓拭きなどのバイトをしている。アパートを出るとき、僕は直感的にあの瓶を持っていくことにした。持っていると何か役に立ちそうな気がしたからだ。とんでもない効果があるかもしれないとも考えていた。しかし、殆どは冗談半分な行動だったので、本気で「とんでもない効果」を信じていたわけじゃない。まさかそんなアニメみたいなことが起こるなんて、期待していなかった。
駅のホームから改札口に向かうとき、いつものように人ごみに流され、けだるく階段を上っていた。そのとき、階段を上りきった場所付近から、女の人の短い悲鳴が聞こえてきた。辺りは一時騒然となった。何が起こったのか気になって、僕は少し足を速めた。そして階段を上りきって、悲鳴の聞こえた現場を見わたした。目にとびこんできたのは、改札口の向こうでしゃがんでいる女の人だった。その人は痛そうに足首をおさえていた。近くには、大きくて重そうな看板が落ちている。
そこへ駅員さんが慌てた様子で近づいていき、携帯を取り出して電話をかけだした。病院に連絡を取っているのだろう。駅員さんが携帯を使っている間、何人もの人がその近くを通っていったが、皆、「自分は仕事があるから」というふうに平然と素通りしていった。僕もはじめはその人たちのように、なるべく駅員さんや女の人と目を合わせないように素通りしてさっさとバイトに行こうとした。が、現場を通り過ぎた直後にあの瓶のことを思い出して立ち止まった。そして、しばらく考えた後決心して、駅員さんの近くまで戻り
「何があったんですか?」
と尋ねてみた。駅員さんは、
「時刻表の裏側にかけてあった看板がおちてきたんだ。」
と焦った様子で答えた。時刻表は改札口を出てすぐの低い天井からぶら下がっている。確かに、その裏から突然看板が落ちてきたのだとしたら、気付くのは難しい・・・。
「頭に当たらなかったのが不幸中の幸いだ。」
駅員さんは女の人の患部を冷やしながらボソッと呟いた。女の人の足首はひどく腫れ上がり、内出血していた。
「何か手伝えることないっすか?」
このままつっ立っていては意味がないので、僕は駅員さんに聞いてみた。
「それじゃあ一つ、この人をここに居させたままじゃまずいから、他の駅員をつかまえてきて、その人に担架持ってくるように伝言してもらえるか?」
「はい、今すぐ・・・」
「それで君は仕事に行ったほうがいいだろう。遅れるとまずいから、後は任せて。」
「はい、わかりました。それじゃあ行ってきますね。」
僕は他の駅員を探しに行くことになった。
「あああ、ちょっ、ちょっと待って!君、名前は?」
走り出そうとしてすぐ駅員さんに呼び止められた。
「安藤大介です。」
僕がそう答えると駅員さんは「ありがとう」と言って僕の名前を自分の手帳にメモした。
そのあと僕は改めて走り出そうとした。でも、走り出す前に「今しかない」と思い、鞄の中から例の瓶を取り出した。
「信じてもらえないかもしれないっすけど、この薬効果抜群なんですよ!てか、打撲が飲み薬で治るとか意味不明だけど・・・とりあえず使ってみて下さい!」
女の人にその瓶を渡して僕は駅員を探しに行った。
焦りのあまり理解しにくい日本語を口走ってしまったな・・・と、その日の夜、僕は反省した。しかも、「効果抜群」という言葉を何の根拠もなく使ってしまった。なんて無責任なんだろう・・・。
あのあと、代わりの駅員を担架と一緒に現場に送って僕はバイトへと向かった。ゴンドラに乗ってビルの窓を拭いているとき、一応バイト仲間に
「打撲って飲み薬で治ると思う?」
と聞いてみたのだが、
「治るわけねぇだろっ!」
とつっ込まれてしまった。やはりあの薬はほかの事に使うべきだったかな、と後悔した。
今日の夕食はカップうどんだ。台所で湯を沸かしながら僕は裏道側の窓を開け、今一度おず薬局をまじまじと眺めてみた。一昨日、薬局が現れた日と変わらずそこにある。本当にあそこで売られている薬は効くのだろうか・・・?まず、僕はあの薬局に初めて入ったとき、薬じゃなくて毒が並べられていると思ったほどだった。あの薬がもし本当に毒だったら・・・!!僕は考えれば考えるほど不安になっていった。
そのとき、滅多に鳴らない部屋の電話が鳴った。本当に久しぶりの電話だったので、僕は異常に驚いてしまった。ボロアパートならではの黒電話だから、音も不慣れだ。携帯にかかってこなかったことから友達ではないと予想はできたので、僕は電話にでるのにすこしためらい、咳払いをしてから受話器を取った。
「はい、もしもし、安藤です。」
「もしもし、私、今朝駅で助けてもらった者です。」
電話の相手は、今朝の女の人だった。
「あ、え?!なんで電話番号わかったんすか?」
僕はいきなりそんなことを聞いてしまった。
「駅員さんが名前をメモしていたので、私がそれを頼りに調べたんです。一言お礼が言いたくて・・・。」
なるほど。
「いえ、たいして役に立てなかったし、お礼なんてとんでもないですよ!足の怪我、大丈夫でしたか?」
「実は、騙されたつもりであの薬を飲んでみたんです。」
え、飲んじゃったの?!と僕は心の中で思った。
「そうしたら、たったの1時間で治ったんです。足首、2倍くらいに腫れ上がってたんですけど、あっという間に腫れがひいたし、内出血のあざも残りませんでした。」
僕は耳を疑った。1時間?!あれほどひどい怪我が1時間で治った?!しかも、飲み薬で・・・。そして僕はハッとした。ラベルの「全治」と「1」の文字を思い出したからだ。
「あの・・・」
僕がボケーッとして黙っていたら、女の人が遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、はい、すいません!」
僕は気を取り直して返事をした。
「あの薬、どこで買われたんですか?」
女の人が尋ねてきた。
「あの薬は・・・」
僕は一瞬躊躇した。なんだか、本当のことを教えるとまずい気がしたからだ。なので、
「海外です。西アジアの方で。ラベルの文字、読めなかったでしょ?」
適当に嘘をついてしまった。
「え?!そうなんですか?それじゃあ、行くことは難しいですね・・・。」
実は全然難しくないんです、と僕は心の中で思った。
「そんな珍しい品、しかもいい薬で、高かったんじゃないですか?!」
「いえ、さほど高くなかったっすよ。気にしないで下さい。」
さほど高くない、というか50円。
「すいませんでした。でも、今度何か送らせてもらっていいですか?」
「いえ、電話だけで十分です。本当、たいしたものじゃないんで。」
「そうですか・・・。それならそうさせてもらいます。本当にありがとうございました。それでは」
「はい、わざわざ、ありがとうございます。」
カシャン。と静かに受話器を戻した後も、僕は信じられなかった。とにかく、おず薬局は、ただの薬を売っているわけではないということは判明した。しばらくしてやかんがピィーーーと音をたてたので僕は考えにふけるのをやめ、火を止めてカップにお湯を注いだ。麺ができあがるまでの3分間、僕は同じことを繰り返し考えながら突っ立っていた。そして体内時計で3分数え、適当にフタを開け、割り箸を割ると、カップを持って窓のてすりに座った。そしておず薬局を眺めながら麺をすすった。
というかまず、僕は人を助けたのが初めてだった。正確に言うと、助けようと思ったのが初めてだった。あの薬を持っていなかったら、女の人を尻目に通り過ぎてゆく冷めた連中と一緒になってバイトに向かっていただろう。おず薬局を初めて見たときもそうだった。サラッと流して忘れるタイプの僕が、いつもと違って行動に出たのは自分でもびっくりだった。
おず薬局が現れて以来、僕は少しずつ変わりはじめたのかもしれない。

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