第五回島清ジュニア文芸賞「散文賞」(中学生の部)「希望の扉」その2

ページ番号1002737  更新日 2022年2月15日

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美川中学校三年 福村美緒

退院当日、あいにくの雨だったが担当医師や看護士に見送られ、ユウキは家族とともに家へ帰っていった。だがユウキの顔に笑顔は無かった。帰りの車の中、家族は気を使ってユウキに話しかけられずにいた。父は息が詰まる思いで運転していた。家族にとっていつもはわずか十五分の道のりが三十分にも一時問にも感じられた。ユウキは窓から見える、降り続く雨ばかりを遠い目で見ていた。いつしか車は家に到着していた。家族が先に入り、ユウキは一呼吸おいてゆっくりと車いすのハンドリムに手をまわし家に入った。ユウキは驚いた。家の中がリフォームされていた。ユウキが生活しやすいようにと段差がなくなり、階段には自動昇降機が設置されていて、廊下も広くなっていた。父が「ユウキが車いす生活になると聞いたから早いうちにと思って。」と言った。「俺用?」ユウキは声には出さないが心の中で思っていた。「余計なお世話だよ。」そう小さく眩いて自分の部屋にさっさと入っていってしまった。部屋の段差も無くなっていて、ドアも開き戸から引き戸に変わっていた。ユウキの部屋は何もかもが二年前のときそのままだった。当時のマンガやゲームを見てユウキはやり直せない日々を後悔した。

何日か経って友達の尋と梨緒が家に来た。尋は、俺が入院していたとき何度も冷たくあたってしまったのに、気を悪くせず親身になって話を聞いてくれたいい奴だ。
「よう、ユウキ久しぶり。退院おめでとう。」
「私からも、ユウキ退院おめでとう。調子はどう?」
「まあまあかな。」
「すげーなあお前の家すっかりバリアフリーになって。」
「ああ、かなり生活しやすくなったよ。」
「その割には元気無いわね?」

ユウキは口を止め、再び喋り始めた。
「…俺が、自分が悪いってわかってんのにどうしても事実を受け止められないんだ。病院で過ごした空白の二年間をやり直したくてしょうがないんだ。」
「…。」

二人はユウキの言葉を聞いて何も言えなくなってしまった。ただ時間だけが流れていく。何分か経ってユウキが口を開いた。
「ごめんな二人とも。困らすようなこと言って。」
「ううん、いいの。ユウキの本当の気持ちを聞けた。そこまでユウキが考えてるなんて知らなかった。」
「お前のことだから、とっくに開き直っているかと思っていた。けど俺が間違っていた。俺こそごめん。」
「いいよ。なんかスッキリした。」
「あっそうだ。今度の二十三日の日曜日に車いすバスケットの世界大会が隣町のスポーツセンターで開催されるんだ。俺もまだ観たこと無いから、もしヒマだったら三人で行かないか?ユウキも車いすだからといって落ち込んでないで新しいこと見つけろよ。」

ユウキは迷った。もう自分で移動出来るが、不安だった。自分を違ったように見る人の目が怖かった。だがそんな心配は尋の一言で一瞬のうちに吹き飛んだ。
「ユウキ、俺達を信用してくれ。」

尋とは小学校のときずっと仲が良かった。梨緒は幼なじみでいつも何かとリードしてくれた。
「うん。観に行こうぜ。でもまだ親に言ってないし。」
「いいわよ。」

ドアの方を見ると母がいた。
「えつ?」
「ユウキのそんなイキイキした顔久しぶりに見た。行って来なさい。」
「よし、じゃあ隣町といっても近いから、みんなで歩いて行こうぜ。」
「うん。わかったわ。」
「決まりだ。じゃあ、朝八時にユウキの家の前に集合だ。じゃあなユウキ忘れんなよ。」
「おう。」
「寂しくなったらいつでも家に来てね。隣なんだから。」
「もう寂しくねえよ。元気元気。じゃあな。」

改めて、友達の大切さを知らされたユウキだった。この日からユウキは以前の前向きさを取り戻したとともに、家族にも笑顔が戻った。他の家庭に負けないくらい活気がみなぎった。

そして約束の日曜日になった。ユウキはワクワクしていた。「おはよう。」と起きている母にとびきりの笑顔で元気良く言った。朝ご飯をすぐ済ませ、久しぶりに外に出て新鮮な空気をいっぱい吸った。天気は少し曇ってはいるものの、晴れていて気温もあまり高くないので絶好の出かけ日和だった。まず尋が来た。
「ようユウキ。元気してたか?」
「元気だよ。ていうか、会ったの五日前だろ?」
「まあまあ、天気もユウキの調子もいいし最高の日だな。あとは梓だけだな。」
「そうだな。でもアイツいっつも時間ギリギリだし今日も慌てて来るんじゃない?」
「アハハハ。そうかもな。」
「誰が慌てて来るですって?」
「聞いてたのかよ。」
「嫌でも聞こえるわよ。家が隣でしかも大きい声で話してるから聞こえない方がどうかしてるわよ。」
「すいませんでした。」
「わかればよろしい。じゃあ、みんな揃ったから行こうか。」
「よし出発だ。」

尋の出発の合図で三人は隣町へと向かった。道中は会話が途絶えなかった。今だから言えるユウキの入院中の話しや、新しい中学校生活の話し。とここで尋がユウキに尋ねた。
「なあユウキ。ユウキは学校に来ないのか?」

ユウキは中学校にまだ行っていなかった。本来ならばユウキは中学一年生。学校に行かないといけないはずだ。
「俺、まだ学校に行く自信無いんだ。退院したばっかりだし、まだ怖いんだよね。」
「そうか、俺達はいつでも待ってるぜ。ユウキと俺は同じクラスなんだ。梓も隣のクラスだし、ユウキが困っているときはいつでも助けるぜ。」
「えっ、同じクラスなんだ。なんだか行ける気がしてきた。」
「そうか。じゃあ早く来いよな。」
「おう。」
「なんなら私が毎日ユウキの家まで迎えに行ってあげようか?」
「いいよ!」
「なによ、その断り方。」
「ごめんごめん。」
「おつ、スポーツセンターが見えてきた。」
「本当だ。よしもうちょっとだ。」

あっという間に隣町に到着した。だがここらが難関だった。隣町はユウキ達が住んでいる町より建物が多く、都会だった。道路もあまり広くなく、たくさんの人が絶えず行き交っていて、車いす利用者にとってはお世辞にも環境が良いとは言えなかった。
「俺、行けるか?」
「何言ってんのよ。行けるに決まってるじゃない。ほら私が押してあげるから。」
「俺もついてるぜ。」
「うん。ありがとう。」

けれど、やつぱりそう簡単には行けなかった。車いすに乗ってみないとわからないような段差がたくさんあった。普段何気なく通っている道が車いす利用者にとってこんなにも問題になっているなんて、尋と梨緒にとって思いもよらぬことだった。しかしユウキは二人がついていたから、段差をものともせず進んでいった。二人も出来るだけユウキに負担がかからないようにサポートしていた。そしてスポーツセンターに到着した。時間はかかったが、その分三人の中に大きな信頼関係が生まれていた。
「ありがとうな、二人とも。」
「いいよ礼なんて。それより早く観ようぜ。」

三人は中に入っていった。階段の他にスロープがついていたので、中での移動は楽だった。そして三人は観客席の扉を開けた。と同時に中の光景に圧倒された。試合をしている選手の真剣な顔つき、一心に一つのボ—ルを追いかけている姿、頑張っている選手達を応援している観客。尋と梨緒は一緒になって応援しているが、ユウキはまだその場を動けずにいた。
「すげえ。」

自然と口からこぼれ出た。ユウキもそれから一緒になって応援した。自分は車いす利用者だということも忘れて…。

あっという問に全試合が終わり、結果は世界の強豪が揃っている中、日本の、しかもユウキの住んでいる町からバスで二十分で行ける浜松町の「ミルディアンズ」というチームが優勝した。ユウキが二人にこう言った。
「なあ、俺も車いすバスケ出来るかな。」
「えっ。」

二人は一瞬動揺したが、顔を見合わせて揃ってこう言った。
「ユウキなら絶対出来る!!」
「俺、やるよ車いすバスケ。やりたいこと見つけた。今まで車いすを理由に何事も出来ないって逃げてきたけど、これなら俺でも出来るし、むしろ俺だから出来る。今の一生懸命な姿を観て感動した。俺、ミルディアンズに入る。今から監督に直接言ってくる。」
「そうか、じゃあ俺達もついてくよ。」

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