第九回島清ジュニア文芸賞「散文賞」(中学生の部)「ぼく、夏の三角形」

ページ番号1002706  更新日 2022年2月15日

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美川中学校 三年 木村 歩

10年後のぼくへ。10年後のぼくは、タイムカプセルを覚えていますか?

「いつまで寝てるの!もうラジオ体操始まってるわよ!」
母の怒声とともに、ぼく田村圭太は、大急ぎで家を飛び出した。早く行かなきゃという意識と、朝からこんなに走れるわけがないという体がうまくかみ合わなくて、途中で何度も転びそうになりながらぼくは、最近ずっと朝からも猛ダッシュを繰り広げている。
家から走って五分の所にある三ツ星公園は滑り台、ブランコ、砂場があるくらいの小さな公園で、普段はあまり人がいない。この公園が活躍するのは夏休みのこの時期、ラジオ体操の時くらいだ。
黄色の小さな車止めの柵に片手を乗せて、すでにあがっている息を必死で整える。はぁはぁという自分の息と、ラジオ体操の、聞くたびに息が苦しくなりそうな音楽が聞こえた。
顔を上げると、目の先には黄色い縁の、三角形の砂場。その近くで近所の小学生達とお年寄り達が、息の上がったぼくとは正反対に、ラジオ体操の終わりを告げる深呼吸を、爽やかにこなしているのだった。
ラジオ体操のカードにスタンプを押し終わった小学生達が、公園の入り口でバテているぼくを、「何でいるのかな」という目で見てくる。そんな小学生から目をそらし、ぼくは雲ひとつない真っ青な空を見上げた。
太陽が、まぶしい。
ああ、中学生になったらラジオ体操にも行かなくていいと思っていたのに。最近、体操にまともに参加できていないのだから、来なくてもいいんじゃないか。と毎日のように考えている。もともとこんなのに参加するようなキャラじゃないのに。
あいつらが参加すると言わなければ・・・いや、もういいや。こんなこと考えてないですぐ帰ろう。そして寝よう。こぶしに力を込めて意気込んだ時だった。
「あ!圭太!来るの遅いわよ!」
ぼくはゆっくりと振り向いた。・・・出た。ぼくがラジオ体操に来なきゃいけない事情たちが。
「圭太、最近ずっと遅れて来てるでしょ」
ぼくらは歩けば十分の道を歩いている。歩きながら、ぼくの右手で奈緒が言う。
「ぼくは参加したくて参加してるわけじゃないし」
「じゃあ何でお前参加してんの?」
「奈緒と砂月のせいだろ!」
ぼくと奈緒と砂月は、同じ病院で生まれて、同じ幼稚園、小学校で育った。今も同じ中学校に通っている。いわゆる幼馴染っていうやつだ。当然、親同士も仲がいい。学校から家に帰ってきたら、玄関の前で母親達の井戸端会議、なんて毎日のようにあった。だから、急にぼくの母親がぼくにラジオ体操に行きなさい!と言ったのも、
「今年は奈緒、早起きのためにラジオ体操に参加するそうですの」
「そういえば、うちの砂月もそんなことを言っていましたわ」
「そうですの?じゃあ圭太も行かせなきゃ」
なんていう親同士の会話があったからに違いない。今年の夏も午前中は寝てすごそうと思っていたのに。
「なんでわざわざこんなの行かなきゃいけないんだ・・・」
「圭太は絶対遅く起きるんだからいい機会じゃない」
「一応中学三年生だし、早く起きて涼しい午前中に勉強するのもありだと思うけど?」
最初から小さかったぼくの肩身はさらに狭くなっていく。奈緒と砂月は二人とも勉強が出来る。今の会話からも、二人の成績がとてもいいことが分かるだろう?ついでにいうと、今までの会話だけでも、ぼくの成績が、ただいま発展途上であることも分かってもらえると思う。ただ、これから発展してくれればいいんだけど。このまま落ちるだけ、なんて事態は極力避けたい。
あと数メートルでぼくの家。帰ったらご飯を食べる前に寝よう、そう思ったときだった。どこから出てきたのだろうか。赤い自転車に乗った郵便屋さんが、ぼくらの前に止まった。深くかぶった帽子のせいで、郵便屋さんの表情は分からない。
「ここに、田村圭太君はいるかな?」
「え・・・?」
「これを届けに来たんだ」
郵便屋さんは、静かに手紙を差し出している。ぼくは受け取るのを少しためらった。なんでわざわざここに届けに来たんだろう・・・受け取っていいのかな・・・。奈緒と砂月の顔を交互に見てから郵便屋さんの顔をもう一度見る。やっぱり表情はわからない。でも腕を伸ばしてさらにぼくの方に手紙を差し出してきたから、ぼくは慌てて郵便屋さんから白い封筒を両手で受け取った。
ええっと?何だろうと思いつつ、ぼくら三人は、その白い封筒を覗き込んだ。
たむらけいたさま
封筒にはヘタクソな字でそう書かれていた。
「これ何ですか?」
視線を手紙から郵便屋さんに戻した。目の前には、すでに郵便屋さんの姿はなかった。
「なんて書いてあるの?」
ぼくらは手紙を受け取った後、この手紙をどうすればいいか分からないまま、とりあえず目の前にあるぼくの家に入ることにした。
ぼくの名前が書いてあるし、(一応)郵便屋さん(らしき人)から受け取ったんだからぼく宛の手紙なことは確かだと思うし。ただ気になるのは、手紙に切手が貼ってなかったことと、ぼくの家の住所も書いていなかったということだ。
ぼくの部屋は朝だけど少し蒸し暑い。本当はクーラーをつけたかったけれど、いらないと二人に言われ、窓を開けて我慢することにしたのだ。ときどき吹き抜ける風が気持ちいい。
「早く見てみようよ」
そんな奈緒の声でぼくは、のりもテープも何も貼っていないその封筒から、二つ折りの一枚の紙を取り出した。開いてみる。
「・・・10ねんごのぼくへ。10ねんごのぼくは、にぼしのタイムカプセルをおぼえていますか?」
ぼくらは声をそろえて読んだ。そしてお互いの顔を見合わせる。
「昔、十年後の自分への手紙なんてした?」
奈緒の問に、ぼくと砂月はまた顔を見合わせて首を振った。
「俺そんな覚えない。圭太一人でやったんじゃないか?」
「ぼく、そんなことした覚えがない」
でも、この字には少し見覚えがあるような気はする。幼い頃に、友達より先に字が書けることを自慢したくて必死に字を書く練習をした、十年前のぼくの字にそっくりだ。でもぼくはこんな手紙を書いた覚えがない。じゃあこの手紙は一体何?そして、もう一つ引っかかるのは・・・、
「タイムカプセルって・・・」
「・・・」
「十年前の?」
手紙にあるタイムカプセルのことだった。
「確かにタイムカプセルを埋めた覚えはあるけれど・・・」
「けれど」の後に続く言葉はきっと皆同じだろう。つまり、どこに埋めたのか覚えていないのだ。ぼくが覚えているのは、タイムカプセルを埋めたこと。そしてそれが十年前だということ。十年後に掘り起こす約束をしたこと。あともうひとつ、満天の空の下、ぼくら三人が笑っていた、これだけだ。
この手紙が届いたのは、きっと十年前のぼくらから、今のぼくらへ、掘り起こす催促をするためだろう。
蒸し暑い中、沈黙が続く。流れる汗が冷たく感じるようだった。
さて、これからどうしようか。

十二時のチャイムとともに、ぼくらは解散した。このままでは埒も明かないし、何より朝ごはんすら食べていないぼくがお腹すいたとうるさかったし。
二人に手を振って別れたあと、ぼくはクーラーのついているリビングへ飛び込んだ。リビングのテーブルに座り、この涼しい部屋を堪能する。
開いたドアの向こうに、流し台と、そこに立っている母さんの背中が見える。「ごーはーんー」と叫ぼうとした時、濡れた手をエプロンで拭きながら母さんがこっちへ来た。
「二人とも帰ったの?」
「うん。さっき」
「一体何していたのよ」
「・・・うーん・・・」
首をかしげながら悩んだけれど、結局なんて返したらいいのか分からなくて曖昧に微笑んだ。悩んだ結果、
「しいていうなら会議かな」
これが精一杯の答えだ。一応嘘ではないと思うからさ。ま、会議っていっても話しが進まない会議だったけど。
「なになに?三人で秘密の会議?」
「な、なんだっていいだろ!」
立っている母さん。ぼくは少し顔をあげて、反抗する。ああ、動揺していることがバレバレだ。
「ふーん。まぁいいわ」
いつもはいろいろ追及してくる母さんが今日はあまり追求してこない。ぼくがこんな反抗的な態度を取っても怒らない。逆にいつもは吹かない口笛なんて吹いている。
・・・なぜだろう。
答えは簡単だ。つまり、母さんの機嫌がいいのだ。久しぶりに僕たち三人がそろっているのを見て、微笑ましく思ったらしい。昔に戻ったみたいで嬉しいようだ。
でも、こんなぼくみたいな子どもを持つ母親だ。きっと心の底では、あの二人と一緒にいることで、ぼくの成績が少しでも上がらないかな、とか思ってるんだろうな。
「そういえば、幼稚園の時も三人で部屋にこもって会議していた時あったわね」
母さんがついにぼくの前の椅子に座ってしまった。さらにテーブルに肘をついた。・・・どうやら、ぼくのご飯を作る気、なさそうだ。
「ふーん。全然覚えてないや」
なんか眠くなってきたかも。頭が重いや。腕をテーブルの上に乗せて、ウトウトとぼくは、重い頭をテーブルに伏せた。
ぼくが眠った頃、母さんが微笑みながら
「タイムカプセル埋めるんだ!って騒いでいたの、ちょうど十年前くらいかしらね」
そう呟いたのを、ぼくは知らない。

ぼくが目を覚ましたのは眠り始めてから二時間後だった。ん、と小さな声を上げて目を覚ました時にまず目に入ってきたのは、食べ終わったあとの素麺の皿。まるでまだ起きてから今まで何も食べていないぼくに見せつけるかのように置いてある。(本当は母さんが片付けていないだけなんだけど、空腹のぼくをイラつかせるには強力だった!食べ飽きたはずの素麺が、今は無性に食べたい!)
どうやら、午後二時の中途半端な時間に何か作る気は母さんには全くないらしく、ぼくは夕ご飯の六時まで、食べ物はお預けになった。
イライラと落ち着きのないぼく。机の上に山のように積んである宿題と、解けないタイムカプセルの手紙という夏休みの最大の課題を見るたびにイライラは募るばかり。この、問題集は夏休み残り三日で終わらせられると考えて。
十年前のぼく・・・どうしてタイムカプセルの場所を書いてくれなかったんだよ!
今日もタイムカプセルのことについて、午後からぼくの部屋で作戦会議。今日はぼくの部屋のクーラーはガンガン効いているから快適だ。
あの手紙が届いてから、ぼくらは家にあるアルバムなどを引っ掻き回した。昔の手紙、絵日記などを重点的に探し回った。でも見つかったのは、自分で見るのも恥ずかしい写真や、今となっては書けない親への大好きという手紙だけだった。

タイムカプセルについて覚えている記憶も出し合ったけど結局出た知識は三人とも似たようなものだった。
唯一のヒント、にぼし。これはもう、何のことなんだか全く分からない。
「多分、星がよく見えるところに埋めたのよね・・・?」
昔のアルバムを見ながら奈緒が聞いてくる。
「三人とも同じ記憶だし、それは確かなんじゃない?」
ぼくのベッドに腰掛けながら答える砂月。
二人ともさすが、真面目だなぁ。ぼくはというと、友達が来た時しか味わえないこの快適さを満喫するために、今は全ての思考回路をストップしている。
目はトロンとしていて今にも眠ってしまいそうだし、顔に力も入っていない。自分で言うのもなんだけど、緊張感のない、しまりがない、そんな感じだろう。
そんなぼくをじとっとした目で見る奈緒。この目はきっと、いや間違いなく「ちゃんと考えなさいよ」と訴えている目だ。
・・・はいはい。今からちゃんと参加しますよ。
「ねぇ、この町内で星のきれいなところってどこかな?」
「そんなところ、この町内にないと思う」
ぼくのことを一回放っておき、話を進めようとする奈緒に、ぼくは即答した。そんなところがあったらすでに気がついていると思うからね。
「図書館に行ったら分かるかもな」
ベッドに寝転がり始めていた砂月がむくっと起き上がった。
「じゃあ何かヒントを探しに天野川図書館行ってみようよ」
「そうすっか」
「えーー」
こんなぼくのやる気のない声で、ぼくの部屋の中がシンとなったのは言うまでもない。部屋の中にはクーラーの音だけが聞こえる。
「・・・圭太、事の始まりは圭太への手紙なんだから、圭太ももっと協力しなさいよ!」
「へいへい」
呆れ顔の奈緒にやる気のない返事を返す。ついでにやる気のない態度も返すとしよう。行きますよ、行けば良いんでしょ!どうせぼくには否定権はないんだから。YES以外の答えは最初からないんだってことは、長い付き合いだからもう分かっている。
人は皆平等で・・・って文章、なかったっけ?歴史で習ったような気がするんだけど、あれなんだったかな・・・。奈緒か砂月に聞けば分かるだろうけど、なんか悔しいからいいや。
奈緒の軽快なレッツゴー!を合図に、ぼくらは家を出た。クーラーで外の温度が分からなくなっていたせいか、外へ出ることに特に抵抗はなかった。
・・・しかしぼくらは、夏の午後をなめていたようだった。もう午後三時だというのに、コンクリートの道路はかなり暑く、少し先には陽炎も見える。黙っていても汗が止まらない。ぼくらはまるで部屋の中に置き去りにされたアイスのように溶けていく・・・。
「ねえ、ちょっと休憩しない?」
あの奈緒が休憩を持ち出すくらいだからよっぽどだ。
「・・・あっちー!」
結局ぼくらは、あまりの暑さから、天野川図書館に行く途中にある駄菓子屋で休憩をとることにしたのだ。三人同時に駄菓子屋の椅子に倒れこむように座る。
ここに来たのは久しぶりではない。来すぎている、ってくらい来ているのに、今日はいつもと違って、ぼくらが座っているこの椅子が、まるで天国のようだ。この椅子は、ちょうど日陰の位置にあるから、休憩するにはもってこいの場所なんだ。あとは飲み物がほしいなって思ったのは三人とも同じのようで、三人で駄菓子屋の奥のほうを覗いて黙り込む。ぼくらはこの駄菓子屋のおばあちゃん、(通称梅ちゃん)と仲がいいから、うまくいけばラムネをもらえるかもしれないからね。
ちなみに梅ちゃんと呼んでいる理由は、本人は苗字の梅原から取ったと思っているみたいだけど、本当の理由は、梅干みたいにしわくちゃの顔だからだ。
あ、梅ちゃんがこっちに気付いた。
「あらあら、そんなに汗をかいて、どこへ行くんだい?」
おばあちゃんらしい、ゆっくりとした口調で、そう言いながら梅ちゃんの登場だ。
「梅ちゃん!私たちこれから図書館に行って来るの!」
奈緒は元気良く梅ちゃんに報告をする。つまり何が言いたいのかというと、あとに続く言葉は、「だからラムネ頂戴!」だ。
「えらいねぇ。勉強しに行くのかい?」
梅ちゃんは分かっているのかいないのか、分からないけれど、奈緒の裏に秘められた言葉をスルーした。ぼくは梅ちゃんの質問をあえてスルー。ぼくが勉強しに行くって言ったって、どうせ梅ちゃんは信じてはくれないんだから。
そういえば、梅ちゃんはぼくの予想だと、きっと七十歳は超えている。もしかしたら星の見える場所のことも知っているんじゃないだろうか。
「梅ちゃん、この町内で星のよく見える場所って知ってる?」
「なんだい、それは。なぞなぞかい?」
うーん残念。どうやら期待はずれのようだった。やっぱりこの町内にはないのかなという思いと、やっぱりこの暑さの中、天野川図書館へ足を運ばなくちゃいけないのかという思いから、ぼくはがっくりと肩を落とした。
「・・・じゃあさ、にぼし、って何のことだか分かる?」
「にぼし?魚かい?煮干は味噌汁のダシにいいんだよぉ」
期待はずれ第二弾。確かに普通「にぼし」って言われたら、「煮干」を思い浮かべて当然だ。
「もしかして二星丘のことかい?」
「・・・え」
にぼし丘。煮干丘。二星丘?・・・そんな名前の丘、この町内にあったっけ?
「最近はオレンジ丘とも呼ばれているみたいだけどねぇ」
オレンジ丘・・・オレンジ丘!
オレンジ丘とは、ぼくらがまだ小さい頃、立ち入り禁止になってしまった隣町の小さな丘だ。夕方になると夕焼け色に染まることから、オレンジ丘と呼ばれているそうだ。そういえば本当は二星丘というと聞いたことがあるようなないような。
そうだ。ぼくらは十年前にオレンジ丘が入れなくなると聞いて駄々をこねて、無理に連れて行ってもらったことがある。今思い出した。
「じゃあ、行こうか」
誰が行こうと言い出したか分からない。目指すは、オレンジ丘だ。

久しぶりにここまで来た。
目の前には立ち入り禁止の看板。
奈緒も、砂月も、顔がオレンジ色に染まっている。それは今日一日で日に焼けたせいなのか。それとも、午後五時半の夏の夕日が、ぼくらを照らしているせいなのか。
「入っちゃう?」
奈緒が、ぼくらの様子を見ながら聞いてきた。
そういえば、いつも提案をするのが奈緒であるところは許してほしい。奈緒はいつも先頭に立ちたがる女の子なんだ。ぼくらもそれを理解しているし、今さらそんなことは何とも思っていない。
さて、奈緒の提案に、ぼくらは静かにうなずいた。
確か、オレンジ丘が立ち入り禁止になった理由は、観光客が減ったから、だったような気がする。だから、多分安全性の問題はないはず。
オレンジ丘は小さな丘だが、一番上にたどり着くまでには少し長い階段を上らなければいけない。ぼくらはその階段をゆっくり上っている。
上にたどり着くと、オレンジ色に染まった原っぱが目の前いっぱいに広がっていた。
ぼくらは無言で走り出して、適当な場所にごろんと寝っ転がる。
寝ているから、お互いの顔は見えない。目の前にはオレンジ色の天が広がるだけ。
「はは・・・」
「あはは・・・」
「ふふふ・・・」
不思議と笑いが漏れた。そういえば、最近中学生になって「忙しい忙しい」とばかり言っていた。こんなにゆっくりと、三人ではしゃいだのは何年ぶりだろう。
「砂月はさ・・・」
「なに、圭太」
「・・・どうして勉強してるんだよ」
「・・・え・・・なんだよ急に」
「別に。ただ気になったから。なんでそんなに熱心に勉強できるのかなって」
視線は天に向いたまま。ぼくらの周りは、風のぬけていく音しか聞こえない。ぼくらのところだけ別の空間にいるようだ。
「・・・たいした理由はないよ。ただ、俺はいい高校、いい大学に入って親を楽にしてあげたいって思ってるだけ」
空がどんどん群青色になっていく。黒が、どんどんオレンジに溶け込んでいく。青とオレンジのグラデーションは優しささえおぼえるものだった。ただ、同時に天が、自分から離れていくような感覚が、妙に寂しかった。
「奈緒は?どうして勉強するの?」
「・・・私は・・・私は夢があるから。頑張って勉強して、将来は医者になるの」
ぼくは、奈緒の夢を初めて聞いた。今までしていた話は、ゲーム、テレビ、そんな話ばかりだった。夢、なんて、そんなのバカらしいと思っていた。でも今の奈緒は堂々としていて、夢を馬鹿らしいなんて思っているぼくがすごく恥ずかしくなった。
「あ、一番星」
ぼくは天を指差した。そこには確かに、一等星級の一番星が輝いている。
「二番星だ」
と奈緒。
「三番星」
砂月も天を指差した。
三つの星は、三角形のように並んでいる。
「夏の大三角形みたい」
この言葉は誰がつぶやいたんだろうか。ぼくらは三人同時に起き上がり、目一杯目を見開いたお互いの顔を見合わせて、大声で笑った。天には、ぼくらの大三角形。
翌日、ぼくらはいつも通りラジオ体操をするために三ツ星公園に集まった。そしていつも通りにラジオ体操を終える。いつも通りじゃないのは、ぼくが遅刻をしないでみんなよりも早く来た事と、真面目に体操をした事くらいだろうか。
スタンプカードにスタンプを押し終わった小学生達が、ぼくの横を通り過ぎていく。今日もいつものように変な目で見られている。なんでいつも遅れて来ていたのに早く来てちゃんと体操したんだろう・・・、っていう目だ。
ただ、今日は目をそらさずにまっすぐ小学生達を見つめて、あっちが先に目をそらしたら、勝った!と心の中でフフン、と鼻をならす余裕があった。
三ツ星公園に来ていた小学生やお年寄りはもう帰った。ぼくら三人は、公園の真ん中にぽつんといるのだった。
「さて」
「間違いなく」
「この公園だよな」
公園には、堂々と仁王立ちして構えている三人の姿があった。寂しい公園でも十分な存在感だろう。
昨日ぼくらは、十年前にオレンジ丘に行ったことを思い出した。そして、そこでの十年前の会話をも思い出した。
「今日の思い出、忘れたくないね」
「どうしたらずっと覚えていられるかな」
「そうだ!タイムカプセル埋めようよ!それで、それを夏の三角形の真ん中に埋めるんだ!」
「・・・そして私達は三ツ星公園の三角形に埋めよう、って言ったんだよね?」
ひとつ思い出すと次から次へと思い出が帰って来るから、人間は不思議だ。忘れたくない、覚えていたいっていうあの時の思いも帰って来た。あんなに思っていたのに、どうして今までぼくらは忘れていたんだろう。
「でもこの公園の三角形ってどこだ?」
ぼくは思い出した。この公園には、三角形の砂場があることを。
「すな・・・」
「言っておくけれど、砂場はありえないわよ?こんな所に埋められるわけないじゃない」
ごもっともです。でも、じゃあどこに埋めたんだ?ぼくは辺りを見回した。左を見て、右を見て、くるりと足を二、三歩動かして後ろも見る。
そして。見つけた。
「あ・・・あそこ」
ぼくの視線の先には、公園の隅の方、不自然に花が咲いている。まるで日陰の中、そこにだけ日が当たっているかのように、明るい白色の花が。
「行ってみよう」
砂月が最初に走り出した。
「あ・・・」
上から覗き込んでみる。小さな、その白い花は、確かに三角形を描いていた。
「ってことは、この花達の真ん中を掘ればタイムカプセルが・・・」
「スコップは?」
砂月さん、それは心配御無用。といわんばかりに、ぼくは砂月にプラスチック製のスコップを差し出した。(効果音は、かの有名な青いネコ型ロボットが、お腹のポケットから便利な道具を出す時の音で!)そのスコップは、さっきの三角形型の砂場においてあった物だ。渡した瞬間、二人に再びじとっとした目で見られたことはおいておこう。
よく子ども番組でドキドキワクワクなんて表現が出るけれど、今のぼくの心境はまさにそんな感じだ。
砂月が順調に砂を掘り進めて行く。
まだか、まだか。ぼくの心臓はドキドキワクワクうるさい。
やがて砂月がおかしな顔をした。今まで進めていた手を止め、ぼくらに言った。
「何かあった」
そう言った砂月の顔も、それを聞いた奈緒の顔も嬉しそうだ。ぼくも自然に手に力が入る。こぶしを握っていることに気付いて、一回手を開く。そしてもう一度強く握り直した。
慎重に「何か」の周りを掘り、砂月は手で取り出した。土を手ではらうと、それは小さな木の箱だった。黒色のマジックで「タイムカプセル!」と書いてある。それは、へたくそな字だった。
「開けるよ?」
ぼくは力強くうなずく。
ぎこちなくタイムカプセルのふたが開く。
覗き込むと、そこには、たくさんの絵と、小さな封筒が三枚。
「これ、ぼくらが入れたものかな」
「なんか、すごくドキドキするね」
二人とも、上から一枚ずつ紙を取り出す。
星の下で笑うぼくら三人の絵を描いたのはきっと奈緒。服が全部ピンクや赤色だ。
タイムカプセルを持ったぼくら三人が描いてある絵はきっと砂月の作品。一人一人に矢印をつけて名前を書いてあるところや、これはタイムカプセル、と書いてあるところなんて、几帳面な砂月らしい。
そしてぼくの作品は・・・。
「これ圭太のじゃない?」
「・・・」
「ぼくはきょう、ほしをみにいきました。タイムカプセルをうめるやくそくをしたのであしたうめます」
「読むな!笑うな!」
「なんで圭太だけ絵じゃなくて日記なんだよ」
二人はぼくのへたくそな字を見て笑っている。多分その字はその頃のぼくの最高傑作なんだぞ!笑うんじゃない!このとき、どれだけ自分の字に自信を持っていたのか・・・。さすが自分のことだ。どれだけ時間が経っていても想像できる。
「それより、十年後の自分へっていう手紙、読んでみない?もちろん一人で」
「そうだね」
ぼくたちは、掘った穴に土を戻し、花にも水をやって帰ることにした。
いつもはどうでもいい話しがどんどん出てくるのに、今日は何を話していいのか分からない。
ぼくの左にいる奈緒は下を向きながら歩いていて、右にいる砂月はさらに右にある田んぼをずっと見ながら歩いている。ぼくはなんとなく上に広がる空を見た。
三人とも、早く手紙を見たいが為か、歩くと十分の道を、今日は七分しか、かからなかった。ほんの少しの差が、ぼくらにとって、とても大きなものに感じた。
ぼくは軽く別れのあいさつをしてから、急いで自分の部屋に駆け込んだ。
部屋のクーラーをかけることなんて、全く頭にない。
机につくなり、手紙をじっと見つめて大きく深呼吸。
さあ、と手紙を両手で握る。
もしかして奈緒か砂月の手紙、間違えて持ってきてないよね!?そう思って封筒を見たけれど、やっぱり宛名はたむらけいたさま。
たむらけいたさま
10ねんごのぼくは、なにをしていますか?なおちゃんと、さつき
くんとなかよくしていますか?たくさんともだちができましたか?
10ねんごのぼくは、ちゃんとべんきょうをしていますか?ゆめを
みつけましたか?ゆめにむかってがんばっていますか?夏の三
角形をみて、なつかしくおもいますか?ゆめを、みつけましたか?
「・・・ははは・・・なんだよこれ。子どものクセにマセすぎ!」
ぼくの独り言が、ぼくしかいないこの暑い部屋に、溶け込んでいく。
・・・どうして、十年前のぼくは、十年後のぼくの悩んでいることを的確に当てられるんだろう。まるで今のぼくの状況をみた子どもが、あのお兄ちゃん駄目だよ!だらしないよ!と、駄目だしをしているようだ。
ぼくは、引き出しの中から、ノートを取り出し、一枚紙を破った。そして机にしばらくはり付くのだった。
あの時会った、不思議な郵便屋さん、ぼくのこの手紙を、十年後のぼくに届けてくれますか?
十年後のぼくへ
タイムカプセルを覚えていますか。
ぼくらの夏の三角形を、覚えていますか。
「奈緒!砂月!」
あの木箱に新しい手紙を入れて、もう一度あの場所に埋めに行ったのは、また次の日のお話。

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