暁烏敏賞 平成2年第1部門本文「日本人の宗教心批判」3

ページ番号1002646  更新日 2022年2月15日

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第6回暁烏敏賞入選論文

第1部門:【哲学・思想に関する論文】

4 『歎異抄』第九条の問題

肉親の情と言えども、死んでゆくものの心を慰ある事は出来ない。それも、所詮生者の自己愛の範疇を出ない。と言うより、生者の自己愛の最たるものかもしれない。しかし、人情を蔑ろにしろというのでもない。本当の宗教心とはどういうものであろう。それと人情・人間的感情とはとうかかわるのか。これらを親鸞に学ぶ形で考えよう、

なごりおしくおもへども、娑婆の縁づきて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまいるべきなり(14)、。

(『歎黒砂』第九条)

親鸞の言葉だが、この前に弟子唯円の質問がある。極りなき歓喜の心が、念仏を称えると湧くといわれるが、自分には特にそういう事がない。又、急いで極楽往生しようという心が湧くわけでもない。これはどうしたわけだろうか。こういう趣旨の質問である。これに対して、親鸞は、同じ不審をかねてもっていた旨告白する。親鸞の言葉を続けてみる。人間のどうしょうもない煩悩故、限りなく喜ぶべき事を喜ばぬのだ。弥陀の慈悲は、実は、そういう「煩悩具足の凡夫」にこそかけられているものである。そういうわけだから、喜ぶべき事を喜ばないのなら、いよいよ極楽往生は間違いないと確信されるのである。人間は又一寸病気でもすると、もう死んでしまうのではなかろうかと不安になるものだが、それも煩悩の所為である。久遠の昔から今日まで人間は生死流転を繰り返し、苦悩のこの世を営んで来た。その苦悩の故郷をしかし人間は立ち去り難く思うし、未だ行った事のない苦悩のない浄土は恋しく思わない。よくよく煩悩が強いという事だ。
以下、「なごりおしく・・・」の言葉が続く。人間いざ死ぬとなると、そういう心境に襲われるのであろう。まことに弱々しくあわれっぽい。未練がましく、愚かである。とは言え、人間の性情からすると、実のところ、そういう事になるのだろう。
ここで宣長を想起していい。宣長も人間の真情をそういう風に弱々しくあわれっぼく見ていた。両者とも、人間の弱さから眼を逸さない。女々しく愚かであるその性情から眼を逸さず、正確に見、人間生死の問題を考える。両者共、ヒューマニスティックな人とまずは言えよう。但し、問題は単純でない。具に見てゆくと、である。人間性を大事にする事を無論否定するのではない。但し、その観点で、我々がこの世で直面する全問題を解こうとするのは、傲慢だろう。そういう傲慢を宣長は、感じさせないでもないのである。
金子大栄が、「なごりおしく・・・」の親鸞の言葉に対して、以下のように言っている、「なごりがおしいという感情をもって、ものごとに接していく。それがやがて、もののあわれというようなことになるのではないでしょうか。もののあわれもわからないようなものは人ではないといわれていますが、そのもののあわれは、この『歎異抄』のことばで申しますと、その日、その日をなごりおしい心でもって送ることであるといっていいのでありましょう。そうしますと、そこに執着があるようでありますが、その執着がまた、そのまま純化されていくのであります。」(『歎異抄』(15)九、「二つの世界」)。
「もののあわれもわからないようなものは人ではない」、これをそのまま宣長の言葉としてもかまわない。金子も、人情・人間的感情にじっくり眼をおいている。そして、もののあわれの感情の純化を説く。もののあわれの感情は、結局人間のエゴイスティックな側面を払拭しえぬものだが、しかし限りなく、みずからを浄化・純化してゆくのでもある。尤も、金子は宣長の徒ではない。宣長的視点を十分に踏まえつつ、一方明確に、生死の帰依するところの問題を勝義に考えていっている。人情に盤踞するものでない。
死後の事は人知でははかり得ないと宣長はする。これは正しい、としても、直截にそこから死の不安を導き出さなければならない必然性はない。勿論、だからと言って直裁に安心を得るというのでもない。
親鸞では、この辺の問題はどうなっているだろうか。親鸞は、自己を「煩悩具足の凡夫」と自覚した。彼は、人間としての自己に絶望していたと言ってもいい。自己の存在性について、「地獄は一定すみかぞかし」(『歎異抄』第二条)とも言っている。徹底した絶望の人間としての自己の自覚があったわけだ。しかし、こういう罪業に満ち満ちた人間こそ、弥陀の慈悲の対象となるのだ。そして、もし救われようと思ったら、人間は唯念仏を称えるだけでよい。そこで問題だが、念仏を称えれば、本当に救われるのだろうか、死後極楽往生出来るのだろうか。そもそも極楽というような有り難い世界が実在するのか。
現代の我々には、普通に湧く疑問だろう。
念仏を称えれば、本当に極楽往生出来るのかの問いに対しては、我々人間としては、両否の論理的(16)に対応する以外にない。
つまり、本当に念仏者が死後救済を受けるか否かは、双方分らないと人知ではする他ないという事である。死後念仏者が極楽往生出来るという保証はどこにもない。但し、同時に出来ないという保証もどこにもないとすべきだろう。それなら、希望がもてるという事にならないだろうか。この希望に賭けて生きる事こそ、信仰的生だと概言的だが言ってもいい。但し、そうなると、賭けの主体の質が問題になる。もし、人間的主体性において賭けるのなら、救済は根拠のないものとなる。あくまで賭けの主体は、彼岸の側にあるのでなければならない。そう理解して初あて、救済に根拠が与えられる事になる。正しく希望がもてるという事だ。問題は、換言して言えば、こうなる。即ち、もし根底において、一方的に我々が救済を受けているのでなかったならば、我々はいかようにも信仰をもちえないだろう。そして、この事が、現実的には、即ち絶望の人間としての自己の自覚という事に他ならない。そういう自覚以外に、実は我々に根底の救済をあかしするものはない。換言すれは、絶望の人間としての自己の自覚が可能だという事が、根底の救済が実在するという事なのである。『歎異抄』後条に、

聖人のつねのおほせには、弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がたあなりけり、さればそくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしあしたちける本願のかたじけなさよと、御述懐さふらひしことを、いままた案ずるに、善導の、自身はこれ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしづみつねに流転して、出離の縁あることなき身としれといふ金言に、すこしもたがはせおはしまさず、
とある。善導『観無量寿経疏』(「散書義」)中の、所謂機の深信の引用があるわけだが、法の深信とされるものはない。この点、曽我量深が、コ一種深信というが、機の深信に法の深信をおさある。法の深信がもとで、そこより…機の深信を開顕するものであるが、ひとたび法より機を開けば、機中に法」がある、「機の深信のみでは、地獄一定ということになって、すくわれぬのではないかというが、その機の深信は、法の深信より開いた機の深信である」(『歎異抄聴記』(17)第二講)と説いている。具体的に信が成立する論理を明晰に説いているのである。
ここで、田辺元の念仏論を見てみよう、「行は阿弥陀仏の願力に催されて行ぜしあられるのではあっても、同時に自ら行ずるのであり、念仏は仏の廻向する所ではあっても、之を採るか採らないかは信者自身の計らひなのである」(『種の論理の弁証法』(18)四、「絶対の観想と行信プロティノス並に西田哲学批判−」)。

念仏は、称えさせられて称えるものである。人間の非力を思えば、それ以外考えられないだろう。又そうでなかったなら、念仏自身に根拠が出得ない。田辺もその点は認あるのだが、但し彼は、同時に人間が称えて称えさせられるのでもあるとする。彼は、仏の人間に対する廻向(仏の慈悲)とそれを受けての人間の廻心(人間の念仏行為)を相互媒介的なものとする。
弁証法的関係にあると言うのだ。しかしいかがであろう。人間の廻心の根拠として働く仏の廻向と、それを受けての人間の廻心を媒介にして見られる仏の廻向とでは質が違おう。両者の相即性を言うのなら、その相即性の根底に仏の絶対の慈悲が働いているとすべきである。「念仏は仏の廻向する所ではあっても、之を採るか採らないかは信者自身の計らひなのである」とする。だが、根底の救済(弥陀の絶対の慈悲)を前提にせずして、どうして不信者としての自己が立ち得るのか。田辺のような発言になるのは、問題を主体的に考えないからである。親鸞が自己を「煩悩具足の凡夫」と自覚した時、それは根底の救済の自覚でもあったのである。
さて、親鸞の「なごりおしくおもへども・・・」の言葉。人間実際に死ぬ時は、そういう心境になるのだろう。実に弱々しく女々しく愚かである。だが、それが人間の性情である。それから眼を逸すべきでない。このように言ってみると、親鸞は、宣長と同様の人情主義者ではないかとも思われて来るわけである。しかし、違う。焼鳥敏が、『歎異抄講話』(19)(第十章)中、人間的感情は、信仰の主体でもないし、又要件でもないというような事を言っている。考えさせられる言葉である。だからと言って、焼鳥は、一方的に又人間的感情を否定するのでもない。
要は、信が獲得されているかどうかである。この際、信とは、根底の救済の自覚の謂いとしていい。さらに換言して、どうしょうもない不信者としての自己の自覚の事としてもいい。そして、そういう自覚のあるところでは、死の悲しみは、逆説的だが、弥陀の慈悲の色彩を帯びている。頂度その点で、死の意味と平安の原理性が開示される。

(1)『玉勝間』の引用は、全て、岩波書店、日本思想大系本(『本居宣長』)に依る。又、意訳するに当って、筑摩書房『本居宣長集』(日本の思想)を参考にした。
(2)『徒然草』の引用は、全て、岩波書店、新日本古典文学大系本(『方丈記徒然草』)に依る。
(3)引用、岩波書店、新日本古典文学大系本(『中世和歌集室町篇』)に依る。
(4)引用、新潮社『新訂小林秀雄全集第八巻』に依る。
(5)以下、時代論等、家永三郎『日本思想史に於ける否定の論理の発達』(新泉社)に学ぶところが大きい。
(6)『排芦小船』の引用は、全て、風間書房、日本歌学大系本(第七巻)に依る。
(7)講談社現代新書。
(8)小林『本居宣長』の引用は、全て、新潮社『新訂小林秀雄全集第十三巻』に依る。
(9)『答問録』の引用は、全て、岩波文庫本(『うひ山ふみ鈴屋答問録』)に依る。
(10)引用、新潮日本古典集成本(『本居宣長集』)に依る。
(11)引用、筑摩圭旦房『本居宣長全集第四巻』に依る。
(12)引用、岩波文庫本(『戦争と平和』4)に依る。
(13)引用、日本聖書協会『聖書』に依る。
(14)引用、岩波文庫本(『歎異抄』)に依る、以下同じ。
(15)徳間書店。
(16)山内得立『ロゴスとレンマ』(岩波)参照。
(17)東本願寺出版部。
(13)秋田屋。
(19)講談社学術文庫。

補注
文献引用に当たっては、漢字の字体、促音表記、又振り仮名等に関し、適宜改めたところがある。又、トルストイ『戦争と平和』の理解に当って、メレジコフスキイ『トルストイとドストエフスキイ宗教思想篇』(朱雀書林、香島次郎訳)に学ぶところがあった。

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