暁烏敏賞 平成6年第2部門本文「学校と地域との"共育"による青少年の健全育成」2

ページ番号1002629  更新日 2022年2月15日

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第10回暁烏敏賞入選論文

第2部門:【青少年の健全育成に関する論文または実践記録・提言】

4、荒れた日本の学校

三年ぶりに帰国をした日本で見たものは悪夢であった。吐き気をもよおす文化の退廃、子供たちの気質の悪化、社会のモラルは低下し、学校には校内暴力の嵐が吹きあれ、家庭は崩壊していた。
二十一世紀を担うべき子供が、親のいうことを聞かず、教師を殴り、警察官をけちらす。こんな日本がかつてあったであろうか。帰国した日本は、まるで戦国時代の下剋上を思わせる寒々しさだった。私は浦島太郎のごとき気分で、立ちすくんだ。これがわが祖国、日本か!
大人は金もうけに眼の色を変え、過労死といわれるほど働き、全てを犠牲にしていた。それはまさに働き中毒"日本病"ともいうべき、重症患者に映ったのである。
テレビからは殺人、暴力、破壊、性が洪水のように流され、マンガには番長グループや暴走族がヒーローのように扱われている。そして酒、タバコ、衛生用品まで売っている自動販売機の林立……。何という大人社会のもうけ本位の無責任さだろう。
そのつけはいつも学校に回ってくる。
非行・暴力が市民権を得ている日本の現状では、環境に染まりやすい若者がまねしないわけはない。私の学校では番長グループが髪の毛を金髪に染めあげ、長らんを着て、自動販売…機で買ったタバコをくゆらせながら登校をした。時にはタクシーを連らねて中庭に降り立つ。サングラスをかけた彼等に、女生徒が黄色い喚声をあげる。喫煙、飲酒がシンナー、不純異性交遊にかわり、外部の暴走族と結託した彼等は、一般生徒への金品強要を開始。それが対生徒暴力へ。ついには対教師暴力へとエスカレートしていった。
大人社会の金もうけめあての無責任さのっけが、子供社会の非行・暴力を量産したのである。トイレ、窓は破壊され、非常ベルは連日鳴り、机、椅子が窓から放り出される。教師は毎日、その対応に追われヘトヘトになる。
学校はPTAや地域と連携し、総力戦で解決にあたった。全国的にも校内暴力はピークを迎え、悩んだ校長の自殺、眼を傘で刺された教師、腹部を蹴られ流産をした女教師、そしてついに生徒を刺す教師まであらわれた。
こうした非行・暴力の修羅場の中で、私は初めて生徒を殴る暴力教師になった。今迄は子供の心を理解する人間教師、ファイトあふれる熱血教師としての自負があった。しかし余りに性こりもなく暴力・破壊を繰り返すボスを本気で殴ったのである。
暴力とは何だろう。人間が人間を殴ることは、たとえ親子であっても許されないはずだ。まして私のように、感情的な怒りの鉄拳を振った者は論外である。半分教師を失格した気持で、ますます自己嫌悪の淵に沈んだ。
暴力は人格を破壊し、憎悪の血しぶきをあげさせるに過ぎない。このことがわかったのは、後日のボスの仕返しであった。
その日、昇降口の靴箱が放火された。近くにたむろしていたのは、いつもの番長グル!プの面々である。私たちはボスたちと激しくやり合った。もみあいの中で、私はボスの強烈な一撃を受けたのである。
生徒の一撃はダイナマイトのように、私の精神構造を崩壊させた。人間としての誇りも、教師として自信も、砂粒のようにけし飛んだ。プライドを傷つけられるということは何という虚しく、また腹立たしいものだろう。自尊心につき刺さった憎悪のトゲは、時と共に血をしたたらせ、傷口は膿んだ。あれから十余年たつが、いまだに自尊心のかさぶたがはがれ、血が滲むことがある。荒れた学校時代の命がけの体験こそ、私の教師としての原点である。
私は教える自信を完全になくし、教師としての資質に深刻に悩んだ。人間として重大な欠陥があることを涙ながらに悟った。
そしてその絶望と沈滞の底から、非行、暴力の原因と対策をまとめるのは現場教師の責任だと考えるに至った。私は三年かかって、教師の苦悩や解決策、現場からの教育改革をまとめ、「非行病」の本として出版した。
この本の中で私は、全国的に猛威をふるった非行・暴力の嵐は一教師、一学校の問題ではなく、経済優先、点数優先のゆとりのない日本人の生き方そのものに起因すると推論した。ヨーロッパの人々の生き方と比べて、日本病ともいうべきこうした生き方の転換こそ、青少年を健全に育成する提言の第一である。
つまり我々は戦後から近年まで、「点とり、物とり、金とり」といういわば計算可能な、物質的、実利的な諸価値の追求に専心してきた。その結果が今日の豊かさを実現した。
しかし先に述べたごとく、学校、家庭は崩壊し、地域の教育力は著しく低下した。物的豊かさの中の貧困は、高学歴化の中の教育荒廃をもたらしたのである。
こうした反省に立ち、今後は「心・命・道」といったいわば目に見えない、手に触れない計算不可能な、精神的、文化的な諸価値の充足に時間を費す必要がある。「点・物・金」から「心・命・道」への価値感の重心移動をはかること、それが最初の提言である。

5、学校と地域との"共育"実践 四年間で100余名の講師の授業

荒れた学校で卒業生を送り出し、新しい学校に転勤した。私は贖罪の気持をこめ、奉仕クラブを新設した。仕事は校舎内外の修理やドブさらい、駅や公園の清掃、近くの施設へのボランティア活動等だが、前任校で迷惑をかけたぶん、幾分でも奉仕活動をして役に立ちたいと願ってのことである。
年が明けて本校が市指定の地域教育力活用校になり、私はその推進委員長になった。結果として四年間で百余名の講師が授業をした。

(1)地域教育力の活用とは何か

地域教育力の活用とは、地域の人材を掘り起こし、進路指導の分野で、講師の体験的人生を語ってもらおうという全国でも余り例のない実践である。
講師の選定には家庭訪問、PTA、公民館、自治会等の多方面にわたって協力を依頼した。保護者を講師にして全学年にわたって行われた「父母の講話」は、私たちの想像した以上の感動をもって終った。
ある自営業の会社々長は自分の戦争体験を語るうち、感極まって涙をこぼし、看板屋さんは鮮やかな手さばきでゴシック体を描いてみせた。驚いたのは子供たちの聞く姿勢である。問題傾向の子も、落ち着きのない子も、姿勢をピッとして目を輝やかせて傾聴していた。
ある講師は終ったあとの座談会で、「近頃の中学生の悪い評判を聞き、内心どんな荒れようかとびくつきながらきたが、自分の拙い話を真剣に聞いてくれ、もうそれだけで有難く、私の方こそお礼をいいたい気持です」と声をつまらせて感想を語ってくれた。
父母や地域の人材を講師とする地域教育力の活用は、最初は学級活動の中の「私の生き方」から始まり、次に全教科の授業の中で講師と共に創る"共育"にまで発展した。
当初はプロの我々がいるのに、なぜわざわざシロウトを呼んで授業をしてもらうのかという否定論もあったが、実践をして完全にその声は吹きとんだ。
教育とは何だろう。それが人間づくりをめざすのなら、教育は教師だけの専売特許ではないはずだ。教師、保護者、大人たちの総合力で子供たちの自分づくりの手助けをしていく。高齢化社会の生きがいとしてもそれは充分有効である。
開かれた学校づくりの一環として、教師が心を開いて親や地域の人々を講師として迎え入れ、共に教育を創る。そこで子供たちに人生には多様な生き方があることを教え、また鍛えぬかれた本物の技能をみせることで、学校を活性化する。
子供たちは一時間の授業をするのに、講師の方々がどれほどの時間と労力を費やしたかを知り、感動と共に大人への尊敬の念を起こす。こうした地域教育力の実践は生徒の変容、教師の変容、そして学校と家庭と地域との信頼関係の回復など、一石三鳥もの驚くべき効果をもたらしたのである。
私は実践の積み重ねから、地域の講師と共に創る"共育"こそ二十一世紀の教育改革の大きな目玉になると確信するに至った。
具体的には、進路の授業における父母の講話、教科における講師と教師との共同授業、部活動へのコーチの導入、学校祭での保護者による文化的催し等である。

(2)学校の病理と父母の講話

近年、学校や教師に対して不信の声は高まっている。先にあげたいじめ、校内暴力、不登校生徒の増大等は学校教育の病理現象である。教育現場の第一線に立つ私には、こうした病理をもつ子たちが家では普通の子で学校にくるとおかしくなるのを知っている。今の学校には子供の心を狂わす何かがある。
原因の大きな一つに、子供たちの人間としての尊厳を傷つける点数の序列化がある。日本の大人社会の最高価値が、お金であるのと同じように、子供社会のそれは点数である。
点数の高い者が人間としても高位と見なされ、点数の低い子は人間としても低位と思われる。自分の特性や長所を正当に評価されないことへのいら立ちが、暴力やいじめとなって噴き出していく。そもそも義務教育九年間は、自分のよさを発見し、学ぶ楽しさを知ることである。ところが日本の子供は、偏差値教育によって変な優越感、歪んだ劣等感を持って、自分の特性や生き方を見出せないまま卒業していくことが多い。
お手本となるべき親は夜遅くでなければ帰宅せず、親子で話し合う機会も少ない。テレビ、雑誌は青少年の欲望を刺激する情報ばかりで、真面目に人生を語ってくれない。
勉強の得意な子も、そうでない子も、共に将来への希望を見つけ出せないまま、慌ただしい時の流れの中で自分を見失っていく。
こうした現実を考える時、地域の人々が学校にきて自分の生き方を語り、どんな職業でも誇りを持って仕事をすることの大切さを説く意義は大きい。父母の講話は受験や学校の病理に自分を見失いがちな子供たちに、生きることの意味を考えさせるきっかけとすることができる。次は父母の講話を聞いた生徒の感想文である。

生徒の感想 中三 男

ぼくたちは受験戦争という苦しみをかかえているけど、講師の先生の「戦前・戦後の日本を生きて」という題の戦争体験を聞いて、スーと肩の力がぬけていくのを感じた。また"人生とは野球のスコアボードみたいなものだ"といった。絶望しても、次の回があると。
今迄、落ちこんでいたぼくはドキッとした。そして明日という次の日に、かけてみようと勇気がわいてきた。話を聞いて、よい人生とは何なのか、考えさせられた。
今日の授業はいつもとはちがうものが、胸にこみ上げてきた。
とても新鮮で、新しい感覚の授業だった。ぜひまた聞きたい。

(3)楽しい"美育"事業
1.地域教育力活用の一覧表

学校を地域に開き、子供たちに夢と感動を与える学校づくりを、親と共に創ることは本当に楽しい教育事業であ惹。前述したように、本校では過去四年間に、延べ人数で一〇〇余名の講師の方々に授業をしていただいた。
次がその地域教育力活用の一覧表(一部)である。

表:地域教育力活用の一覧表(一部)1

表:地域教育力活用の一覧表(一部)2

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