暁烏敏賞 平成2年第1部門本文「日本人の宗教心批判」2

ページ番号1002645  更新日 2022年2月15日

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第6回暁烏敏賞入選論文

第1部門:【哲学・思想に関する論文】

3 悲しみの感情と宗教心

問題を明確にしておきたい。宣長は、人情主義者である。感情主義者、さらには現代流にヒューマニストと称してもいい。その際、宣長は、人間本来の性情を女々しく儚いものとした。彼は又、そういう人情主義の立場から、宗教観を構築したものと言える。では、そういう人情主義の立場から、いかにして死の安心が獲得されるというのか。問題はこの点である。死は、途方もなく悲しい。宣長も言っている、「此世に死する程悲しきことは候はぬ也(9)」(『答問録』)と。
問題は、彼のもののあわれの文学論と相関的である。まず、その歌論を見てみよう、

歌の本体、政治をたすくる為にもあらず、身を修むる為にもあらず。たゴ心に思ふことをいふより他なし、(『排芦小船』)。

宣長は、人間の主観的心情を重んじた。換言すれば私情を。
文学論も、そこから彼は構築した。歌は政治にプラスするものでもないし、又道徳の為にあるのでもない。唯主観のありのままの心情を吐露するのみと言うのである。『排芦小船』は、周知の宣長の処女文芸論だが、彼の終生に渡る文学観の基本が如実に出ている。尤も、宣長は、人間の主観的心情を重んじたとしたが、実はこれには注釈がいる。「歌は物のあはれを知るより出で来るものなり(10)」(『石上私淑言』巻一)と言うが、「物のあはれを知る」情感とは、一体どういう心情を言うのだろう。人間の主観的心情といわれるものとどうかかわるのだろう。この点、宣長の深い洞察がある。彼は、欲としての心と情としての心を区別した。この区別に注意を致さないと、彼の文学論ひいては死生観の真髄が分らない、

歌は情より出つるものなれば、欲とは別なり。欲より出つることも情にあづかれば歌あるなり。さてその欲と情との別ちは、欲はたゞねがひ求むる心のみにて感慨なし。情はものに感じて慨歎するものなり。恋といふものももとは欲より出つれども、ふかく情にわたるものなり、(『排芦小船』)。

「欲はただねがひ求むる心のみにて感慨なし」と言う。情には、それがある。ここがポイントである。宣長が文学の原理を「物のあはれを知る」情感とした時、その「情」とは、感慨あるものだった。換言すると、情とは、自得に至るものである。
もう少し、きあ細かく考えてみよう。小林秀雄(『本居宣長』)の説明を聞こう。「『情』は、己れを顧み、『感慨』を生み出す」(十四)、それに対し、「『欲』は、実生活の必要なり目的なりを追って、その為に、己れを消費するものだ」(同)。とは、情には、自己否定、一種の無心に当体を導くところがあるという事である。
宣長の文学論の基本たる「物のあはれを知る」情感というのは、自得に至る勝義性のものだった。宣長の人情主義を論じる時、無論問題にすべきは、そういう勝義の人間感情であり、単なる私心等埒外である。
ところで、もののあわれの「あわれ」(「あはれ」)という言葉は、単独であれば、上代から使用例がある。但し、今日あわれと言えば、哀憐の意味に限定して使うのが一般である。この辺の経緯を宣長は以下のように説いている、

後の世には、あはれといふに、哀の字を書て、たゴ悲哀の意とのみ思ふあれど、あはれは、悲哀にはかぎらず、うれしきにも、おもしろきにも、たのしきにも、をかしきにも、すべてあゝはれと思はるゝは、みなあはれ也(11)、(『源氏物語玉の小櫛』二の巻)、

では、何故後世には、「ただ悲哀の意とのみ思ふ」ようになったのか。この点においても、宣長の深い洞察がある、

人の情のさまざまに感ずる中に、うれしきことおもしろき事などには、感ずること深からず、たゞかなしき争うきこと、恋しきことなど、すべて心に思ふにかなはぬすぢには、感ずることこよなく深きわざなるが故に、しか深き方をとりわきても、あはれといへるなり、俗に悲哀をのみいふも、その心ばへ也、(同前)

今直接問題にしたいのは、「すべて心に思ふにかなはぬすぢには、感ずることこよなく深きわざなるが故に、しか深き方をとりわきても、あはれといへるなり」とあるくだりである。小林は、「何事も、思ふにまかす筋にある時、心は、外に向って広い意味での行為を追ふが、内に顧て心を得ようとはしない」(小林前掲書、十四)と説明している。つまり、視点を換えて端的に言えば、悲しみの心において我々は内省的になるという事だ。徹底して言えば、そこで我々は自己を知り、自得にも至る、(「心が行為のうちに解消し難い時、心は心を見るやうに促される」、小林同前)。宣長の重視する人間的感情−−それは、欲ならぬ情としての心と説明される。さらには、端的に言って、悲しみの感情とされるのである。再言する事になるが、その際感情は、みずから浄化する機能を有するものである。即ち、自覚・自得する感情である。こう言ってもいい。「心に思ふにかなはぬすぢ」がある時、感情は深く働くものである。そしてそれは、みずから浄化する。その事は、「心に思ふにかなはぬすぢ」を「かなはぬすぢ」として諦める事を意味する。そこでの諦めを、広い意味での「悟り」と置換してみる事も出来る。しかし、断じて、直接仏教上の悟りと同質とする事は出来ないと考える。
この辺が次の問題である。
我々には、死の悲しみがある。それは途方もない悲しみである。宣長は、死に対して実はこの悲しみ自身を以て対処しようとした。宣長の『答問録』中、

神道に安心といふことなし

とある。死についても黙りと言う。凡そ、死の安心をもたらさない宗教は宗教でない。しかし、これには注釈がいる。人間は、何故この世に生を受けるのか、死後どうなるのか、これらの形而上学的と言うべき疑問を我々は普通に抱くものだ。宇宙論を戦わせたりもする。しかし、宣長に依れば、事態は、全て外来の儒仏等の悪影響に依るもので、古代の日本人にはなかった事である、

御国の上古の人は、さやうの無益の空論に心を労し候ことは、つゆばかりもなく候ひし也。

実は、そういう形而上学的と言うべき疑問は、宣長に依れば、人知を越えたものである。儒仏等は、人間の賢しらで問題に対処しようとしているのである。だから、本質的に虚偽である。ここで、「神道に安心といふことなし」という言葉をもう一度取り上げてみる。彼が言いたいのは、要するに、所謂安心等神道は説かないし、その必要も本来的に認あないという事である。
では、端的に言って、宣長は、死の問題にどう答えるのか。この問いは、彼の場合上古の日本人の死生観を問うのに等しい。
儒仏等の悪影響を未だ受けていなかった上古の日本人−彼等においては、

死ぬればよみの国へ行く物とのみ思ひて、悲むより外の心なく、これを疑ふ人も候はず、その理窟を考る人も候はざりし也。
さて其よみの国は、きたなくあしき所に候へども、死ぬれば必ずゆかねばならぬことに候故に、此世に死する程悲しきことは候はぬ也。

死に対しては、その死の悲しみに素直に身を任せる以外にない、そう説いているのだ。それが宣長に依れば、日本人の伝統的死生観である。では、死の安心の問題はどうなるのか。この点が説かれていないのなら、神道は宗教にならないだろう。宣長が死に対しては、唯悲しむばかりというような事を称える時、「彼の念頭を離れなかったのは、悲しみに徹するといふ一種の無心に秘あられてるる、汲み尽し難い意味合だったのである。死を嘆き悲しむ心の動揺は、やがて、感慨の形を取って安定するであらう」と小林秀雄は説明する、(小林前掲書、五十)。
その通りだろう。そして、それなら、情としての心、「物のあはれを知る」情感−そういった次元から宣長の死生観(宗教観)は遠く出ていないとなる。小林は、最後的には、死との親和もそういう心の安定から生まれるとしている。しかし、問題を感じる。こういつた事から考えられる宣長の死生観においては、死の意味が正当に把握されているとはし難いのである。宣長の死生観は−小林も同様とされるが、−、精神の天道説的な発想に捕われたものではなかろうか。直截に言うが、死ぬ事にも意味があるのではなかろうか。とは言え、それなら、精神の天道説から地動説への転換はいかにして可能かの問題もある。
何事も簡単にゆかない。今指摘しておきたい事は、人間的感情(人情)というものは、本質的に生者の自己愛の範疇内に始終するものではないかという事である。縦しんば、宣長流に、情としての心を推輓してみてもである。この事をトルストイ『戦争と平和』で考えてみる。
主人公(の一人)アンドレイ公爵の臨終のくだりに、作者の深い死の思索を見る。アンドレイは、ボロジノの戦いで負傷、死の床につく。そこに妹マリヤが駆けつける。七才になるアンドレイの一人息子、ニコールシカを伴って、(母親は産褥期に死亡)。

兄は自分にむかって、ちょうど父が臨終に言ったような、静かな優しい言葉で話しかけるに違いない、すると自分はたまらなくなって、兄の上へ泣き伏すに相違ない、とこうマリアは覚悟していた(12)。

そして病室に入った。が、眼と眼が会うと、彼女は、「ふいにその歩調をゆるあた」のだった。

涙が急に乾いて、すすり泣きが止まったように感じられた。
兄の顔色と眼つきを見ると、彼女はにわかに怖じ気づいて、何だか自分が悪いことでもしているような気がした。
『いったいどんな悪いことをしたのだろう?』と彼女は自問した。『それはお前が生きていて、生きた者のことを考えているからだ。まあ、俺を見ろ・・・』とアンドレイのいかつい冷やかな目が答えた。

みずからの死に直面しているアンドレイ、もはや彼の思いは生者のものではなく、死者のものである。死者の観点から彼は生者を見遣る。マリヤは正にあの世へ向わんとしている兄に心から同情する。兄は、一人息子を残して今、正に死なんとしている。マリヤの思いは、肉親の情というものである。又こういう肉親の情は、特に顕著に女性に現れる。ところが、アンドレイはそういう妹に冷やかな態度をとるのだ。何が不満なのだろう、アンドレイにとって。所詮、生者が考えたり感じたりする事は、生者自身の事に過ぎないと言う事だろう。もしそういう事なら、生者の自己愛の範疇を肉親の情といえども、出ないのだ。宣長流のもののあわれの感情がこの範疇の埒外にあると誰が言えよう。無論私は、肉親の情は言うに及ばず、人情一般を一方的に否定しようとするものではない。唯、もし死にゆくものの事を思うなら、真には、別の方途をとるべきではないかと考えるのである。所詮、妹マリヤは自分を悲しんでいるに過ぎない。アンドレイの冷やかな視線はそう語っていたのである。

ニコールシカを連れていった後で、マリヤはもう一度兄に近づいて接吻した。と、もう我慢しきれないで泣き出した。彼はじっと妹を見つあた。「お前はニコールシカのことで泣いているの?」と彼はきいた。マリヤは泣きながらうなずいた。「マリヤ、お前は知っているだろう、福音書・:・」と彼は言いかけたが、急に口をつぐんだ。「何をおっしゃったの?」「何でもない。ここでは泣いちゃいけない。」やはり例の冷やかな眼ざしで妹を見ながら、彼はこう言った。
マリヤが泣き出した時、これはニコールシカが父なし子になるからだな、とアンドレイはさとった。彼は並々ならぬ努力をもって生に帰ろうとつとあた。そして、やっとほかの人たちの見地に移ることができた。『そうだ、なるほどこの人たちには悲しく思われるに違いない!』と彼は考えた。『だが、これは実に単純なことなんだなあ!』『空なる鳥は蒔かず刈らず、されど汝らの父は彼らを養いたもう。』彼は心の中でこう言って、それを妹にも言おうとした。『いや、よそう。二人ともこれを自己流に解釈するだろう。この人たちには、とてもわからないんだ!この人たちが大切にしているこういうさまざまな感情は、単にわれわれ人間のものにすぎない、そしてこの人たちにおそろしく重大に思われる種々雑多な思想は、まったく不用なものなのだ、それがこの二人の女には理解できないのだ。われわれはお互いに理解しあうことができない!』そう考えて彼は口をつぐんだ。

「福音書」とは、「マタイによる福音書」(第六章)、あるいは「ルカによる福音書」(第十二章)の事である。命というものは生かされてのものという。それなら、死も亦人闇のはからい得ぬものであろう。

あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか(13)、
と、両「福音書」に見える。生死は人間のはからいを越えている。ニコールシカが遺児となるからといって、何を彼女は思い煩っているのだろう。しかし、これ等の事をアンドレイは、女達−妹マリヤと恋人ナターシャ−に結局語らない。「この人たちが大切にしているこういうさまざまな感情は、単にわれわれ人間のものにすぎない、そしてこの人たちにおそろしく重大に思われる種々雑多な思想は、まったく不用なものなのだ」、こういう思いに駆られるアンドレイ。彼は、途轍もなく孤独だ。彼女達は何を理解しているというのだろう。「『われわれはお互いに理解しあうことができない!』」。正に死なんとするものの心をどうして生者の観点で正しく癒す事が出来よう。人間的感情をいかに深く働かせてみたところで、前提が生者の観点だろう。死に素直にみずからをあずけてゆく心が浸透して来るかもしれない。しかし、死の意味自身が正しく解明されるというような事ではない。

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