暁烏敏賞 平成5年第1部門本文「義理と人情 日本文学の普遍的価値」1

ページ番号1002632  更新日 2022年2月15日

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第9回暁烏敏賞入選論文

第1部門:【哲学・思想に関する論文】

  • 論文題名 義理と人情 日本文学の普遍的価値
  • 氏名 吉永慎二郎
  • 年齢 44歳
  • 住所 秋田県秋田市
  • 職業 大学助教授

(1)文学の普遍性

ドナルド・キーン氏はかつてこういうことを述べている。いささか引用が長くなるが小稿のテーマにとって本質的な意味を持つのでそのまま記すこととする。

江戸の文学作品を翻訳して感じますことは、はたしてこの作品に普遍性があるだろうか、ということですね。江戸の作品でいちばん普遍性のあるものは、芭蕉でしょう。芭蕉の『奥の細道』や俳句は、外国人が読んでみても、俳句はほとんど完全には翻訳できないものであるにもかかわらず、外国人もだいたい感心します。『奥の細道』の英訳を読んで感心しないような、教養ある外国人は少ないと思います。しかし、近松になるとまた問題は違ってくるのです。
要するに特殊な道徳観、倫理観が入ってきて、読書のじゃまになる。むしろもうひとつ素直に人間的な関係が描かれていたら、感激できるのにと残念に思います。たとえば『心中灰網島』の最後の場面で、治兵衛と小春の二人の恋人が、治兵衛の奥さんのおさんにたいする義理の話をしきりにして、いっしょに死んだら、おさんにたいする義理が立たない、だからせめて、あなたは山のほうで、私は水のほうで別々に死のう、そうすると義理が立つ、と言いますね。そういう妙な理屈になると、西洋の読者はついて行けない。
どうせ心中にちがいないのです。かりに一人は小高い所で死んで、もう一人はちょっと低い所で死んでも、いっしょに死んだのにちがいないのです。そういう表面的な、いちばん悪い意味の儒教的なことを重んじ、むしろ人間的に素直な心の発露を無視することは、やっぱり普遍性のない証拠になると思います。
しかし、もっと根本的な問題がありますよ。平安朝の文学の多くの傑作は、女性によって書かれましたね。そして男性の書いたものよりも、女性によって書かれたもののほうが普遍性があると、私は思うのです。女性は外の世界をあまり見ないで、自分の内面を見つめる。そして人間の内面はそんなに変わっていないのです。嫉妬はあらゆる国にあるものだし、変愛もそうだし、女性が感ずるような感情は、国を問わず、時代を問わず、みな共通だと言ってもいいでしょう。…そうしてみると、江戸時代の文学は、やっぱり男性が書いた文学だったということです。男性は周囲、つまり政治的あるいは社会的な問題とか、儒教的な問題を考慮し、それだけまた周囲に左右されて、結果として、現代もう通じないような考え方、場合によっては、現代もうわからなくなっている現象的な瑣末なことをたくさん書きやすい。(司馬遼太郎、ドナルド・キーン著『日本人と日本文化』P172〜174)

キーン氏がここで提起した見解は、次の三つの点に要約できよう。一つは芭蕉の文学の普遍性ということ、二つは近松の文学の特殊江戸期的性格ということ、三つは男性よりも女性の方が普遍性を持つ内容を書く書き手としてすぐれているのではないか、ということである。
この見解は日本文学論としてまことに興味深い示唆に富むものである。が、しかしキーン氏には本当に日本文学ひいては日本人のエートスが理解し得ているのだろうかと素朴な疑問を持たざるを得ないのである。また対談者である司馬氏もこのキーン氏の見解に一言の批評をも加えようとしていないのはまことに物足りない。
キーン氏は「普遍性」の概念を異文化の人間にも理解し得るという点に重点を置いて用いている。その意味では確かに、自然に対する内省的世界を吟じた芭蕉や、社会性が乏しいが故に内省の眼をとぎすました女流作家の作品が、日本文化的特殊性のフィルターを容易に濾過し得るという点では、普遍的であるへかも知れない。しかしこれはキーン氏もあらかじめ述べているように日本文学を翻訳する上からの氏の感じた問題意識であった。つまり簡単に、いささか誤解を恐れずに言えば、欧米人に理解し易いもの=普遍性という潜在意識がそこに働いていると言えないだろうか。
したがって私がここで特に問題としたいのは近松の文学に対するその評価なのである。彼の文学は江戸期という特殊な文化状況においてのみ成り立ち得た普遍性のない文学であると言ってしまっていいのであろうか。先にも述べたように司馬氏がこのことを全く論評していなかったのは誠に遺憾であるが、実は意外にもこのような見解に納得してしまう日本人は結構多いのである。彼らは日本文化の"特殊性"は異文化の人々には理解できないと決め込んでしまっているから、たまにD・キーン氏のような日本通が、芭蕉や紫式部の文学の普遍性を語れば(つまり彼らの文学が世界に「通用する」)、それだけで悦に入ってしまうのである。日本人にとって重要なことは異文化の人々の評あかし価であって、彼らの評価こそが「普遍性」の証なのである。まして彼らの評価しない、例えば近松などを、これこそ普遍的なものだ、などと主張する元気も論理も持たないのである。
しかし、これは日本人にとっても、真に日本文化を理解せんとする異文化の人々にとっても実に不幸な事なのである。
一例を挙げれば、平安朝の日本人は白居易(楽天)を好んだ。
彼の詩は老婆に語って聞かせたというエピソードが示すほどに分かり易い。中国ではこれを「白俗」(白居易の俗風)と呼ぶ。
異邦の日本人にとっても白楽天は分かり易く絶大な人気であり彼の文学は平安朝文人に大きな影響を与えている。彼に比べれば李白や杜甫はさほどに読まれていない。しかしこのことを以て中国人は白楽天の文学は「普遍性」がある、などとは決して言わないのである。彼の本国での評価は依然として「白俗」であって、詩仙の李白、詩聖の杜甫に比べてはるかに後位に甘んじているのである。中国人にとって普遍性(不変の価値のある)のある文人の第一はやはり李白であり杜甫なのである。
この例に見るように、,中国人は、自らの文化的価値の普遍性を計る尺度を自らのうちに持ち、決してこれを他に委ねようとしない。これに対し、日本人は日本文化の普遍性という尺度を異文化の人々の評価に委ねるという態度に容易に陥るのである。
もとよりこれは、日本人が自らの文化の普遍的価値を異文化とぽに開示し伝翻するという歴史的訓練に全く乏しいということに由来していよう。それはとりもなおさず日本人が自分達の文化における普遍的なるものとは何かということを語る論理・言葉を持たねばならぬことを意味している。その時に始めて、異文ゆらはか化の人々の評価をもって自らの文化価値を量るという転倒した状況を脱し得ることになるのである。

(2)義理と人情

近松の文学の普遍的意味を読み解くキイワードとして、私は「義理」と「人情」という文字通り日本的なる語彙をもってすることとしたい。
なぜ近松の文学を読み解くのにこの二つの言葉が鍵になるかと言えば、彼の心中物において主人公を死に至らしめるものこそこの「義理」であり、「人情」なのだからである。彼らはぎりぎりまで世間の「義理」を立てようとする。例えばキーン氏の指摘するように『心中天網島』の小春は治兵衛の妻おさんへの「義理」を最後まで立てようとする。キーン氏はこれを「表面的な、いちばん悪い儒教的なことを重んじ、むしろ人間的に素直な心の発露を無視」していると評し、故に「普遍性のない証拠」と断ずる。しかし果たしてそうであろうか。
原文に即して検討してみよう。

なういつまでうかく歩みても。裳ぞ人の死場とて定まわうじやうばさりし所もなし。いざ袋を往生場と手を取りて土に坐しければ。
さればこそ死場はいつくも同じことといひながら。わたしが道ゝ思ふにも二人が死顔並べて。小春と紙屋治兵衛と心中と沙汰あらば。おさん様より頼みにて殺してくれるな殺すまい。挨拶切ると取交せしその文を反古にし。大事の男をそゝのかしての心中は。さすが一座流れの勤の者。義理知らず偽り者と世の人千人萬人より。おさん様一人の蔑み。恨み妬みもさぞと思ひやり。未来の迷ひは是一つ。
わたしを笈で殺してこなさんどこぞ所を變へ。ついと脇でと打凭れ口説けば共に口説泣。(『近松浄瑠璃集』所収「心中天の網島」P384より)

治兵衛と小春はすでに心中を覚悟して網島の大長寺のそばを流れる川の水門のほとりに着いた。すでに二人を動かしているのは人情(男女の情)であって義理ではない。しかしこの期に及んで小春の口から出たのはやはり義理の言葉であった。治兵衛の妻おさんは小春への恋におぼれてゆく夫を見て、このままでは二人は世間の義理に背を向けて心中を選ぶの他はなくなるやと察知し、小春に文を遣って、亭主を殺してくれるな、小春の方から縁を切ってくれと頼み、小春もそのおさんの真情に感じておさんに約束をしたという信義があった。この信義は女同士の真情と真情のうえに交されたものであったから小春にはこれを裏切ることに大きな心の葛藤があったのである。
これは確かに「義理」ではあるが、浮世の義理という程度の軽いものとは小春には思えない。だから小春は「義理知らず偽者と世の人千人萬人(の謗り)より」も「おさん様一人の蔑み。恨み妬みもさぞと思ひやり。未来の迷ひは是一つ」と言うのである。このままでは死んでも死にきれない。だからせめておさんへの信義の証として、「死顔並べて」死ぬのは避けて、二人は離れて死のうと言う。小春は情の上では治兵衛と「死顔並べて」死にたいのである。しかし義の上ではそれは許されぬという。この死を前にしての心理の葛藤、これこそが「心中天網島」のクライマックスなのである。この葛藤劇を取り去って」しまえば、この劇は全く劇としての生気を失ってしまうと言ってよいであろう。
小春がおさんに感じた「義理」は、正確に言えば「義気」(義侠心)と表現し得る。即ち義理には二つの側面があり、他律的に世間や他者から背負わされるものと、自律的に自らが他者に請け負うものとがある。この後者のものは特に義気と呼ばれるものである。例えば『三国志演義』において「演」ぜられる「義」とは実はこの義気に他ならないのである。「桃園精義」とは劉備・関羽・張飛の三人の義気が一つに結ばれた所に生まれた盟約なのである。
このような「義気」をあくまでも貫くことこそ世間からは』座流れの勤の者」と見られていた小春にとっては自らの存在意味を証する恰好の生き方として自覚されていたであろう。そして又彼女はおさんとの信義を守ることが、二人が陥るであろう破局を避ける唯一の道と直覚した。そう思えばこそあえて治兵衛に冷たくして縁をも切らせようとした。しかし心中するとなった今や自らその信義を裏切らねばならない。義気を棄てて人情に順わねばならない。だからこそ彼女は死に場所を別にするということによって最後の義気を示さんとするのである。

とてものことにさっぱりと死場も變へて山と川。此の樋の上を山になぞらへそなたが最期場我は又。此の流れにて首くゝり最後は同じ時ながら。捨身の品も所も變へておんに立抜く心の道。(同上P384)

かくして最後の義理を立てた小春であったが、かく死に場所を定めてみるとやはりその情はおさえ難い。

こなさんそれで死なしゃんすか。所を隔てて死ぬれば側こゐるも少しの間。爰へ爰へと手を取合ひ刃で死ぬるは一思ひ。さぞ苦痛なされうと。思へばいとしい いとしいと止め。かねたる忍泣。(同上)

この義気と人情のせめぎあいのうちに劇のクライマックスは頂点に至り、人情という死の情念が治兵衛をして刃を小春の咽に貫かしめて劇は終わる。
このように義理(義気)と人情(男女の情)とがシーソーゲームのようにせめぎあいながら、人情の大波に呑まれるようにして二人は命果てる。この二人が最終的に選んだ道が人情であったことは疑いようがない。しかしその際に小春が示した義理(義気)へのまさに生命がけのこだわりは、キーン氏の言うように「表面的な、いちばん悪い意味の儒教的なことを重んじ、むしつトろ人間.的に素直な心の発露を無視」したものとは到底言えないだろう。
むしろ小春の義理(義気)へのこだわりこそ「人間的に素直な心の発露」であったことは、多くの読者には或いは観客には素直に了解し得ることなのである。何故なら彼らは劇を見ながら、この義理と人情のせめぎあいというシーソーゲームを眺めながら、そこにまさに自身の内面にある世界を読み取っており、それ故にこそこのシーンに最も大きな共感と同情と喝采を送るからなのである。
キーン氏は「義理」という論理(倫理に内在する)の特殊性に注目して、「義理」と「人情」の葛藤という、まさに日本人にとって普遍的なテーマに注目することを忘れていると言わざるを得ない。更にこの葛藤ということに光を当てれば、悲劇の本質部分はこの心理の葛藤劇にある。一人の人間の内面が切り裂かれるという痛みこそ悲劇の本質であるとすれば、近松はまさに江戸期という日本的特殊の世界を通して、この文学にとっての普遍的テーマを見事に体現して見せた稀有な作家の一人であると言えよう。

(3)義理と人情を秤にかけりゃ

演歌「唐獅子牡丹」の出だしはこんな一節であったと記憶している。

義理と人情を秤にかけりゃ
義理が重たい男の世界

人の心を動かす歌のなかには鋭い真実が包みこまれていることがある。この一節も又そうい意味で実に名文句であると思う。
我々日本人の内面世界では、義理と人情は普段は平衡を保っていて波風を立てないが、いざという時には、義理を取るか人情を取るかという「秤」にかける。事が重大であればあるほど「秤」は人情の方に傾いたかと思うと又義理の方へと傾き、そして又人情に傾くというようにシーソーゲームを始めるのである。この葛藤を経て、やがて人は決断する。そしてやはり「義理が重たい」として義理に生きるのが「男の世界」だと言うのである。
歌舞伎の『忠臣蔵』がそうである。大石内蔵助(『仮名手本忠臣蔵』では大星由良之助)のもとに討ち入りに馳せ参ずる浪士たちはそれぞれが妻を捨て(或いは売り)親を置き子に別れて、義のために一命を捨てんとする。そこに至るまでに浪士の一人一人のうちに義理と人情との葛藤があり、彼らは義理を取って馳せ参ずる。この義理は言うまでもなく義気である。
「秤にかけ」た人情が、妻を捨て親を去り子と別れるというこの上なく重いものであればあるほど、それよりも「重たい」として択ばれた「義理」(義気)は凄絶を増す。
『忠臣蔵』というとすぐに討ち入りが連想されるが、江戸期に盛行もた『仮名手本忠臣蔵』を読むかぎり、討ち入りはクライマックスというよりも一つの結末に過ぎず、劇としてのやまは、早野勘平とおかる、大星由良之助の放蕩三昧、天河屋義平と女房・子供、といった場面設定を通して「義理」(義気)と「人情」(男女・親子の情、利欲の心)とが「秤に」かけられ、両者がせめぎあふ中で義気が人々を動かしてゆくというくだりなのである。
よく知られた由良之助の祇園茶屋の場面にこういう一節がある。茶屋にかけつけたおかるの兄の足軽寺岡平右衛門が仇討ちの連判に加わらせてほしいと頼むのにこう由良之助は言うのである。

アこれこれこれ、ア其許は足軽では無ふて、大きな口がるじゃの、何と牽頭持なされぬか、尤みたくしも、蚤の頭を斧で割た程、無念な共在じて、四五十人一味を拵えて見たが、アあぢな事の、よう思ふて見れば、仕損じたら此方の首が轄り、仕課せたら跡で切腹、何方でも死なねばならぬ、といふは人参飲で首縊様な物、殊に其許は、五両に三人扶持の足軽、お腹は立られな、はつち坊主の報謝米程取て居て、命を捨て敵討せふとは、そりや青海苔貰ふた禮に、太々神楽を打様な物、我等知行千五百石、貴様と比ると、敵の首を斗升で量る程、取ても釣合ぬ釣合ぬ、所で止た、ナ聞へたか、兎角浮世は期した物老や、つゝてんつゝてんつゝてん、(『校訂忠臣蔵浄瑠璃集』所収「假名手本忠臣蔵」135頁〜136頁)

要するに由良之助はここで算盤をはじいてみせる。由良之助のような「義士」にここで算盤をはじかせて見せるというところにこの作者の演出の妙味がある。由良之助は忠義の化身のように見られているが、作者は彼をそのような常人の近づき難い存在として描くことによっては、却て彼の義気はリアルに表現し切れないと直観しているのである。
仮に由良之助が主君の無念を眼のあたりにして、ただちに同てい志を糾合し事を決行するという体の人物であったならば、果たして今日のような『忠臣蔵』への国民的人気というものが存在していたかどうか疑わしい。由良之助はただの「義士」、義気に駆り立てられて直情径行に事を運ぶという人物、ではなかった。
彼は一藩の政事を事実上取り仕切る実務家であり、何より政治家であり、それだけの器量人であった。算盤をはじく、つまり合理的判断を下すことなど彼には当然の事、事の理非曲直のみならず、その置かれた状況を総合的に判断して組織の進退を導くという器量を備えた人物なのである。彼が算盤(利害の計算)に疎いわけがない。
人情、つまり人の自然な性情というものは要するに、男女親子の情と利害の欲がその中心を占める。由良之助が義気にはややしる平右衛門に、算盤をはじいてみせたのが祇園茶屋であったというのばまことに演出の妙味であろう。
由良之助のような器量人には、実は全てが見えていたであろう。彼がいま一味を組んでなそうとしていることの意味がどういうものであるか、というのは醒めて了解されていた。彼には義気の情念に身を委ねて事態を美化するなどという浮いた所が微塵もない。彼の醒めた眼から見れば、「仕損じたら此方の首が轄り、仕課せたら跡で切腹、何方でも死なねばならぬ、といふは人参(という病を治す薬効あるものを)飲で首縊様な物」という不条理な事態が、その酔いにまぎらはしたとぼけた口調とは裏腹にまことにリアルに見えていたにちがいないのである。
彼が自らの進むべき道に迷っていたというのではない。彼には取るべき道は明確に見えていた。だがその義理の道を果たすには、どれほどの人情を犠牲にせねばならぬのかが醒めた眼で見据えられ、計算され尽くされなければ、一味徒党を率いての義挙などとうてい実現されるものではない。
由良之助の祇園茶屋での放蕩三昧は斧九太夫ら敵の眼を欺くための大芝居と解されてきたしそれは決してまちがっているとは言えない。しかし、それのみが放蕩三昧の意味であるとも又決して言い切れないのである。むしろ心理劇としてこのドラマを見るとき、この放蕩三昧の由良之助こそ、「義理と人情を秤にかけ」て、即ち切り捨てねばならぬ人情の重みと、義挙を果たした結末の持つ不条理性とを見据えて、しばしたゆたう彼の胸うちの中を象徴的に表現しているものと言えるのではあるまいか。
何よりも観客はこのことを敏感に直覚しているのである。だからこの放蕩三昧の由良之助に限りない共感と愛着を感じてしまうのである。たとえそれが表向きは敵を欺く芝居からのものであったとしても、そこに「人の子」としての由良之助の隠された内面世界を嗅ぎとり、それに共感するのである。
この「義理と人情を秤にかけ」てのたゆたいの後に、即ち祇園の一段を経て、仇討ちが決行される。ここに義挙は一段とその凄絶を増して映じてくるのである。
したがって、仇討ち劇としての『忠臣蔵』のクライマックスは討ち入りの段であろうが、心理劇としてのクライマックスは「義理と人情を秤りにかけ」ての、人間心理のたゆたい或いは葛藤するその場面である。
この場面に観衆は最も大きな共感と同情を感ずるのである。
なぜならこの内面世界は彼らヒーローのものであると同時に実は、観衆自身の内面世界ででもあるからである。多くの人々は「人情」を棄てて「義理」を貫くという義士や、「義理」を棄てて「人情」を貫くという色男にもなれない。しかし彼らの内面にも「義理と人情を秤にかけ」ての葛藤やたゆたいが常に存在する。この自身の内面世界を観客は義士や色男(遊女)の中に見い出した時に限りない共感と愛着を彼らに覚えるのである。
その共感ど愛着により観客といわば一体となった主人公が、「義理が重たい」として義挙をなし、或いは「人情が重たい」として心中を選ぶという、観客にとっては日常性を越えた領域に踏み込んでゆくドラマを内的に経験することによって、観客は一種の浄化を感ずるのである。
したがって、観客(聴衆、読者)が、浄化を感ずるか否かは、彼らが主人公の内面と自身の内面を重ね合わせる場面が存在するか、どうかに拠ると言ってよいであろう。
そしてその場面こそ「義理と人情を秤にかけ」て主人公がたゆたい、葛藤するその場面なのである。
冒頭の歌の一節に借りて言えば、

義理と人情を秤にかけりゃ
義理が重たい男の世界

という生き方が在るとするならば、

義理と人情を秤にかけりゃ
人情が重たい女の世界

という生き方もまた存在するのである(もとより女性だけが「女の世界」を生きるのではない)。
前者が『忠臣蔵』の世界であるとすると、後者は近松の世界なのである。そして実は、日本人は「義理が重たい」として「男の世界」を択ぶか、「人情が重たい」として「女の世界」を択ぶか、ということにはあまりこだわらないのである。日本的エートス(精神)が最も繊細に美意識を感ずるのは、「義理と人情を秤にかけ」て主人公が心底より、たゆたい、葛藤する、その場面なのである。
一方で義理に生きた義士に喝采を送った観客が、他方で人情に生きた男女に熱い共感を覚え紅涙をしぼるのはまさにその故に他ならない。
そこに存在しているのは日本的エートスという一つの世界なのである。

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