暁烏敏賞 平成6年第2部門本文「学校と地域との"共育"による青少年の健全育成」3

ページ番号1002630  更新日 2022年2月15日

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第10回暁烏敏賞入選論文

第2部門:【青少年の健全育成に関する論文または実践記録・提言】

5、学校と地域との"共育"実践 四年間で100余名の講師の授業

(3)楽しい"美育"事業
2.魚屋さん ブリを教室でさばく

仕事をもつ講師の関係で、公開授業は各学年(一年五クラス、二・三年各七クラス)、土曜日に設定した。三校時に学級活動の進路の分野で、講話や実演をしていただき、昼食をかねて懇談会をもつという日程である。
控室での講師の方々は、初めての授業で緊張の色はかくせない。平家琵琶をつまびく人、自作のOHPシートを点検する人、手づくりの.パッチワークを広げ、学級担任と最後の打ちあわせをする人、様々である。
その中で、ネジリハチマキをした魚屋さんがいくつもの包丁を取りだした。かたわらには発泡スチロールの大きな容器がある。私が、「これ何ですかP」と聞くと、人のよさそうな笑みをうかべて、「ハマチです」と答えた。
ふたを取って見せてもらうと、何と八○センチ位の大物である。魚屋さんはこれを教室でさばくのだという。私は子供たちがどんなに目の玉を丸くするかを想像しながら、楽しい気分になった。それと同時に、魚屋さんの授業に対する心意気を感じ、胸が熱くなった。
教室で魚屋さんは集団就職で上京してからの、修業時代の苦労話をした。子供たちは真剣に、集中して聞いていた。大きなブリを取りだした時、教室はどっとどよめいた。あざやかにブリをさばくたび、生徒たちは感嘆の叫びをあげた。そして皿に盛られたサシミを一人一人がご馳走になった時、私はいまだかってない授業を創造した魚屋さんを心から尊敬した。
授業が終ると、期せずして起った拍手が子供たちの満たされた心をあらわしていた。
次はその感想文である。

生徒の感想 中二 女

おじさんの店には、母と何回か行ったことがあります。いままでは「魚屋さんて、くさい」と思っていたけど、修業時代の苦労話や店をもった時の話を聞いて、ごめんなさいといいたいです。くだらない職業なんてどこにもないし、私もおじさんのように仕事に誇りをもちたいです。
ブリをさばくのをみて、目が点になりました。サシミの味はおじさんの話と一緒に忘れません。今日の授業で私は、自分の中に新しいものを取りこんだ気がします。あらためて社会で働く人を尊敬した日でした。

最初からこのようにスムーズにいったわけでは決してない。地域教育力の実践は、どこにも先進校がなく、試行錯誤の連続だった。
とりわけ苦労したのは講師さがしである。公開授業の期日が迫っているというのに、肝心の講師が決ってないクラスがあったりした。
講師をどう地域から見つけ、お願いしたか、次にそれを述べる。

3.講師さがしは深夜におよぶ

授業していただく講師は、だれでもいいというわけにはいかない。だれにでもできるというものでもない。体験に裏づけられたそれなりの見識が必要である。一回目は生徒の保護者と限定したため、よけい講師さがしは厳しいものになった。
最初のとりかかりは、家庭との連絡に使う家庭環境票であった。ここで人材をリスト・アップし、家庭訪問の時、特に念入りに聞いた。またその時、地域教育力の趣旨と講師を募るプリントを、各家庭に配布した。
またPTAの方々にも協力を依頼し、その広報紙への掲載をはじめ、学校新聞、生徒会新聞、学年だより、学級だより、PTA総会、保護者会等、あらゆる機会をとらえ広報活動を行った。
地域教育力の活用は、回を重ねるごとに地域に理解され、話題にもなったが、講師の選定はいぜん困難をきわめた。そこで講師は生徒の保護者だけではなく、学区内、及び市内からも人材を募ることにした。
私たちは公民館、図書館、古文書室、福祉施設、科学館、水産試験場、宇宙科学研究所等に足をのばし、何人かの講師を見つけることに成功した。
白羽の矢を立てた人が会社つとめの場合、帰宅は夜九時、十時になる。私たちは帰宅を待って、「子供たちのために、ぜひ!」とお願いした。はじめから「やります」という人は、まずいない。だが、子供たちのために何かしたい、という気持は持っている。
その気持を動かし、決断をうながすには、こちらの誠意を示すしかない。何回か足を運び、電話をし、ねばり強く説得する。
最後のつめは、夜遅くに行われる学校側と講師側との事前打合わせ会である。なかには二回、三回と講師を引き受けてくれる方がいて、私たちはどんなに感謝したかしれない。
こうした体験をふまえて、私たちは地域は人材の宝庫、宝の山であることに気づいたのである。
地域教育力の実践を通し、どういう変容があったか、次にそれを述べたい。

(4)信頼の輪の広がり
1.生徒の変容

感想文を読んで、生徒が講師の話を真剣に受けとめていることに驚き、かつうらやましくも感じた。同じことをいっても、教師だと聞き流されるのを、講師だときっちり受けとめる。ある中一の女子は、「学校生活は社会に出た時の教養を身につける場だ」と講師がいったことについて、こう書いている。
「いろいろな先生から似たようなことを何度もいわれたけど、実感がわかなかった。でも同級生の父親から出たことばは、ズシンと重く、心に刻まれた」と。
これは私自身、大いに反省させられたことだ。私は子供たちが食い入るように講師の話を聞くのをみて、現代っ子の心の奥底にひそむ"魂の渇望"を知った。子供たちは私たちが考える以上に、この種の話に飢えている。
生徒は講師の生き様の迫力から、多くのことを学び、自分を変容させるきっかけとしていった。

2.教師の変容

青少年の健全育成をはかり、二十一世紀へ有為な人材を輩出するのは容易なことではない。そのための意識変革こそ重要だが、それが最も難しいのは教師その人である。
なぜなら教師は「五ない」の過保護の世界と「三つの無責任」の世界に住み、子供相手という特異な存在だからである。
公立学校における「五ない」とは、倒産がない、首切りがない、左遷がない、叱責がない、そして競争がない、の「五つのない」である。
「三つの無責任」とは、成績の悪さは、自分の教え方の悪さを棚にあげ、生徒の能力・努力不足のせいにする。非行の問題は、自分の指導の反省より家庭・社会の問題に、そして人間性向上には時間がかかると、教育の諸問題を自分の反省材料とするより、容易な教師の限界説を持ちだし、責任転嫁をしてしまう傾向をいう。
この教育界の「五ない」と「三つの無責任」を教室の密室性と学校の閉鎖性の二重の壁が取り巻いている。学校とは考えようによっては特殊な世界である。
本校は外部から講師を導入し、実践を積み重ねていく中で多くの教師が変わっていった。それは一時間の授業をするために、講師の方々の並々ならぬ努力を知ったからである。
あるサラリーマンは夜の帰宅の後、数日間明け方までかかって教材の準備をした。ある保護者は数ケ月前から楽器の練習をした。私たちは改めて、教える側に立つ者の使命感と教育に向かう姿勢を教えてもらったのである。
講師がもらした新風は、様々な形で教師の心に積った怠惰な垢を吹きとばす力になった。

3.学校・家庭・地域の信頼関係の確立

開かれた学校づくりの実践をして、大勢の保護者や地域の方々が来校した。教師たちも地域におもむき、何回か打ち合わせをもった。こうした取り組みを通し、学校と家庭と地域との信頼関係はますます深まった。
子供たちは本来この三者の信頼のトライアングルがあれば、健全に育つものである。以前のような不信感は完全に払拭された。
今後日本は高齢化社会の時代になる。人生五〇年型から人生八○年型への移行である。中高齢者がその人生経験を生かし、子供たちにその多様な生き方を示すとき、学校は教育荒廃を克服し、人間教育の場に変わる。生徒が変わり、教師が変わり、家族、地域が変わるのである。
ことに講師が生徒の親である場合、家庭の教育力の向上ははかり知れない。私はある講師のいった言葉が忘れられない。
「私が最高にうれしかったのは、息子がうなずきながら聞いてくれたことです。ふだんは忙しくてろくに話もできませんから。
こういう機会を与えてくれた学校に感謝します」その子の感想文にはこうあつた。
「お父さんの苦労話をはじめて聞いて、泣きそうになった。お父さんを心の底から尊敬する気になった。こんな気持になったのははじめてだ」

(5)私自身の変革

かつて荒れた学校で教師としての自分に絶望し、その後遺症を引きずっていた私は、授業後の講師たちとの座談会でそんな苦悩がいかに甘いかを思い知らされたのである。
ある会社員はいった。
「私は毎日、他社や他国との競争に生き残りをかけて戦っています。負ければ倒産、不況では首切り、虚しいですよ。先生は身分を保障され、子供たちに未来を語れる。こんなすばらしい仕事が外にありますか……」
私自身、長い間井の中の蛙のごとく、自己の閉鎖回路の中で停滞していた。学校の門戸を開放し、教師だけの教育から地域と共に創る"美育"に転換した時、私自身が自己閉塞の迷路から脱けだすことができたのである。
私の内部に希望の灯りが点り、沈滞の底からようやく立ち上がり、新しい実践の意欲がフッフッと湧いてきた。
私は学年職員の協力を得て、かってない試みである「手づくりキャンプ」を行うことにした。プールの裏地を生徒と共に開墾し、保護者で農家の方のご指導をいただきながら、ジャガイモやトマトなどの野菜をつくった。
また地域の陶芸家にはカレーライスを盛れる位の皿づくりをご指導していただき、廃品回収も生徒や地域の方々のご協力により、二泊三日のキャンプで賄うお米を購入できた。
キャンプでは自分たちが作った世界で一つのお皿に、廃品回収で賄ったお米と栽培したジャガイモを具にしてカレーライスを食べた。この手づくりキャンプの思い出は、今でも語りつがれている。
地域教育力の活用は教師のやる気さえあれば、授業だけでなくキャンプなどの行事にも充分有効であることが実証できたのである。
講師と話し合うことによって私は校内暴力の絶望から立ち直り、こうしてより高いものへとチャレンジしていく勇気を与えられた。
よみがえった新しい眼で、教師としての自分の立場を見ると、以前には思いもよらなかった差別・選別の権力的な自分の姿が見えてきた。
私の行ってきた授業とは一体何であったか。客観的に眺めてみると、大筋では入試制度に直結した教科内容を、一方的、画一的に詰めこみ、テストでそれをどれほど理解、記憶したかを点数化し、上・中・下に評定していく。評定と能力とを短絡的に結びつけ、それが人間の能力の一部であるにもかかわらず、全能力であるかのように生徒を見ていた。私は何と非人間的な教師であったことか。
特に校内暴力の時代、対教師に暴力を振った生徒の大半は成績の低位の子である。学習への苛立ちや進路へ不安、自分が正当に評価されないことへの不満等が暴力行為になった。
つまり彼等が殴っていたのは、点数で人間を序列化していく今の学校教育そのものであり、教師はそのスケープゴートである。そんな教師の実像が次ぎ次ぎに見えてきた。
そしてさらに今迄、非行・暴力の問題を家庭の崩壊、地域の教育力の低下、そして社会の俗悪退廃文化が大きな原因と思ってきた。
学校、教師はその被害者であるかのように。
しかし、荒れた学校を新しい眼で、別の視点から見ると、学校、教師の加害者の立場がはっきり見えてきた。私こそ、責任転嫁のさいたる教師であった。
それは今日の学校教育荒廃の最大の原因は、受験と結びついた点数による人間の序列化であり、多面的な能力、適性をもつ人間を偏差値のみからみる歪んだ人間観である。私は校内暴力の被害者から加害者である自分の立場を明確に理解した。それは一八○度の心の転換であった。
心の持ち方を転換した私は、「三つの眼」を持つことにした。
長い間、私は教師の眼でしか生徒を見てこなかった気がする。これはまさに点数で子供を見る眼である。
子供のよさを多面的に見ていくには、教師の眼、親の眼、人間の眼の「三つの眼」で見ていく必要があった。子供が問題児に見えた時には眼をつぶる。そして新しい眼でもう一度見直す。
新しい三つの眼で子供を見ると、子供は失敗しやすく、わがまま勝手だが、根は純情で可愛いく、一人一人がかけがえのない存在であることが見えてくる。こうしたいわば新しい教育観と人間観で接した時、非行・暴力生徒も心を開いてくれたのである。
私は父母の講話に感動した。子供たちもこの種の話を渇望していることを知った。自己の拡張と贖罪の意味もこめ、思い切って毎月一回、私自身の体験談や生徒とのふれあいのエピソードを語ることにした。この「毎月のお話」は八年間続き、生徒の感想文はダンボールニ箱になった。次は生徒の感想の一部である。

毎月のお話 中三 女

私はけっこうワルだけど、先生の話はナカナカだよ。非行家出少年をおやじさんと、三日三晩、さがしたなんて、ハンパじゃない。少しだけ心がウルウルした。それだけ。

毎月のお話 中二 男

月のはじめになるとワクワクする。先生のお話があるからだ。
先生の体験談や感動的な話を聞くと、先生になるのも悪くはないと思う。毎週あればもっとみんな喜ぶし、八月はないから損をした気がする。

私は子供たちの感想文を読みながら、教師という職業のよさを思う。そこには心の通い合いや感動の共有がある。教師のちょっとした努力が、様々な響きを子供たちの心にもたらす。
その響きは多様だが、打てば響く心の鐘をみな持っている。

6、地域教育力活用の提言 郷土人材銀行の設立

私が勤務するS市では、地域教育力活用の事業を市内全校(小中八○校)に普及し、バックアップをしている。その趣旨にこうある。
「教育課程に位置付けられた教科・領域において、指導協力者を依頼し、各学校で地域の特色を生かした創意ある活用を図り、指導法の改善等の推進につとめる」
そして一校当り年六回の活用分として、計三万円相当の図書券が配布される。
私は四年間の実践体験から、この地域の人材活用は二十一世紀の教育改革の目玉になると確信している。それほど子供たちに強いインパクトを与え、教師にも変容を迫る。
従って、全国どこの学校でも実施するのが望ましいが、正直いって、この事業を成功させるには学校側に、莫大なエネルギーが必要とされる。
教師は本来保守的である。講師と共にする授業より、今迄の方がはるかにやりやすく楽である、と本音の部分では思っている。一教師、一学校の熱意だけでは決して長続きしない。国をあげての全面的(人的、財政的、制度的等)なバックアップが望まれる。
いま国語科の平家琵琶の鑑賞は、二年生の年中行事として定着した。講師の方は日本でも有数の平家琵琶説経の伝承者である。また学校近くには宇宙科学研究所があり、宇宙・天文に関しての話は本校だけでなく、市内全部の学校に聞かせたい話である。
従って私はこうした有為な人材を登録する"郷土人材銀行の設立"を提唱したい。一能一芸に秀でた人を本人の承諾を得て、教育委員会が管轄する郷土人材銀行に登録していただく。そして各学校の年間計画に応じて、講演や実演をしていただく。
市側の財政的裏付けも必要である。また人材銀行に登録された社会人には、特別な免許状を与えて身分上の保障をする。
教育は未来に生きる人間を育成することを通して、未来を創る最も人間的な営みである。
この未来の子のやわらかい心に、夢と希望のタネを、地域の人々と共にまくことは考えただけでも楽しい教育事業ではないか。

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