暁烏敏賞 平成10年第2部門本文「子育て心温計」2

ページ番号1002598  更新日 2022年2月15日

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写真:暁烏敏像

第14回暁烏敏賞入選論文梗概

第2部門:【青少年の健全育成に関する論文または実践記録・提言】

第三章子育て心温計の仕様

【3・2】子育て心温計の健全発育部
(5)自分のモデルを持てるか

大人から対等であることを拒否され、未熟であることを知った子どもは、力を持ちたいという欲求から大人を客観的に検討し始めます。観測の結果自分に無いどのような能力を大人が持っているかという疑問に答が得られたとき、自分がそうなろうとするモデルが姿を現し始めます。幼い子どもが大きくなったらパイロットになりたいと思うのとは違います。もっと具体的に考えた上で理想とする将来のモデルを持ちます。そして尊敬する人をモデルに据えたり、あるいはモデルにぴったりの人を尊敬できるようになります。子どもにとって最初のモデルはもちろん親です。

お父さんはすごいな、お母さんは偉いなと、時々は子どもが見上げることができれば、そこにはモデルが見えています。親が何か仕事を一心にやっているときに感じられるあの近寄り難さといったものが大事です。いつものお父さんとは違っていると感じさせることです。親は家庭でも自分の仕事をする必要があります。趣味的なことであっても構いませんが、できれば誰かのたあになるものの方が望ましいと思います。地域社会での仕事などであれば申し分無いでしょう。

子どもはこのモデルを持とうとするとき、同時に今の自分に対する特徴を意識し始めます。例えば自分は男の子だからお父さんのようになりたいと思います。お兄ちゃんであるとか、妹であるということもあります。つまり自分に○○らしさという色付けを施そうとします。自分を他とは異なるものとして「独立感」に芽生える発端でもあります。

子どもは父親らしさとその背後にある男らしさ、母親らしさとその背後にある女らしさ、先生らしさとその背後にある先輩らしさ、その他一般の大人らしさと子どもらしさを感じとり、将来の自分がなろうとするモデルを描き、その実現のために今の自分が備えなければならない条件を体得しようと努めます。

(6)成熟への意欲を持てるか

モデルに向かって希望を持って努力し、一方で未熟な今でも協同することでそれなりに役に立てていると感じられたら、一歩一歩の遅々とした歩みに過ぎなくても自信を得ながら継続することができます。努力を重ねてゆくうちに連帯した社会の中で自分が十分に責任を果たしていけるまでに成長できたら、自分の目指す理想に向かってさらに自主的に挑戦していけます。この状態が〈協力状態〉です。

この協力状態にまで成長しますと、社会性が芽生えます。もう一人の自分が、自分と他人、自分と社会の両方を見渡します。自分が皆の中の一人であり社会の一員であることを理解できます。つまり社会という概念を知るようになります。親子、家族、隣人、地域、学校その他のいろいろな社会を動かしているのは皆の力であり、自分もその一人であることに誇りを持とうとして努力します。互いに支え合うために分担して仕事をし責任を果たすことが信頼感を育み、仲間という気持ちが生み出されます。この信頼に裏打ちされた仲間になることは、他人が自分を認めてくれることであり、社会的な自立が保証されることになります。自分の社会的存在感は、この協力状態に入ってはじめて得られるものです。

責任ある社会の一員になろうという意欲を持ちますと、明日への展望が拓け、今日より明日という具合に時と共に自分を高あようとする前向きの「期待感」が現れてきます。もう一人の自分がそうさせます。それが進歩を生み出してゆきます。

(7)モデルと対等になれたか

自分が目指すモデルに自分が対等になれたと思ったとき、「充実感」を覚えます。母を目指していた女の子が、やがて夢が実現して赤ちゃんを産んで母親になれたときのあの充実感を思い出してもらえれば分かることでしょう。行動は自信に満ち態度には余裕が感じられます。あの安定感はモデルと対等になれたという自覚が成せることです。会社勤めを始めた新入社員も同じです。学生にはない安定感があります。

ここで念を押しておかねばなりません。それは自分がモデルと対等になれたとき、次にそのモデルが社会的に他のモデルと対等であるか、適正であるかという判断をし、より完成されたものにしようという願いを保ち続けなければなりません。例えば、子どもがいさえすれば父親であり母親ではありますが、より望ましい父であり母であろうと願うのが自然な気持ちです。このように新しいモデルを次に設定しそれに向かってまた努力をし、繰り返し成長が続いていって人は少しづつ豊かさを身に蓄えてゆきます。つまり〈安定状態〉は小さな段階から大きな段階まで幾層にも重なっているという認識が大事なポイントです。大人であっても器の違いを感じるときがありますが、その器の大きさ、それがその人が持っているモデルの大きさなのです。生きるということはより豊かなモデルへの絶え間ない挑戦の過程と言えるでしょう。

私たちは協力状態にある社会の中で、他人との連帯感によりお互いに責任を持ち、同時に自己の能力への挑戦をしています。この協力状態は内部に緊張感が漂っています。協力し合う者同士は仲間ですが、協力しない者あるいは責任を取れない者は仲間ではないと見なされます。このことは協力とはしなければならないもので、誰でもが五分五分で公平に負担すべきであるという思いをみんなが持っているからです。会社勤めで言えば、月曜の朝の気分です。一家の生活を支えるという大人のモデルを実現するためにする仕事は、五分の負担を背負わなければ成立しません。そんな中で働き生活を維持してゆければ目標は達せられますので、それなりの充実感はあります。しかし一方でこの緊張感をほぐしてくれる緩和剤として温かさが欲しくなるはずです。温かさや優しさのような情緒的なものを求めます。そこでついネオンの街に足を向けてしまいます。

この温かさとはいったい何でしょうか。料理の本質とは「あの人に食べて欲しい」と願って食事を用意することであると言われます。その願いを温かさと感じて美味しく食事ができます。奥さんが自分が食べたいと思って作った食事、食べさせなければという義務感だけで作った食事には温かさはないでしょう。

自分への心遣いを示してくれる相手の気持ちを、私たちは温かさと感じます。そして相手の思いが分かったという感謝が、「ありがとう」という返事の言葉です。

(8)情緒的な価値を信じるか

いわゆる人情と呼ばれるものを感じ、それを大事なものと思うことができるということです。心の中に湧き上がる抽象的で無形のものの存在を認めることができるということです。例えば微笑みを素晴らしいと思えることです。これができるようになってはじあて人と心の通い合いができますし、人と人とのつながりは「親密感」あふれるものになることができます。抽象的なものには他に、美しさ、楽しさ、喜びなどがあります。ここでは善いことに価値を見いだすことができるという点に注目しましょう。人の役に立つことに歓びを感じる心です。道徳的な意味で善であると頭で考える知的な価値としてではなく、それを遥かに超えた心で感じる価値を持ちたいと願います。この状態が〈奉仕状態〉です。

今の子どもたちはお化けとか幽霊といったものを信じていません。夜、便所に行くのが怖かったことを思い出しませんか。理屈では説明できない得体の知れないものがいるという経験をしていないと、抽象的なものが信じられなくなります。つまりお化けを恐がる子どもの方が正常な発育をしているのです。

子どもが奉仕的な行動をしたときに、私たちは褒めます。母親を助けようとお手伝いをすると褒められます。子どもはまた褒めてもらおうと願います。褒められることを快感として感じます。この状態は小学校低学年までです。高学年になりますと、相手の気持ちを思い測ることができるようになり、褒められることを利用しようという下心から出る煽てであるとか、分担能力のない赤ん坊扱いをしているとか、褒めれば何でもすると思っているとか、と受けとめるようになります。情緒的な価値を感じられるような褒め方、心から歓びに満ちた褒め方をして欲しいと願うようになります。褒めるという行為は、良いことをしたことを認める激励でありたいものです。褒められることに快感を感じるのではなく、良いことをしたから快感を覚えるように育てたいと思います。そうすることで子どもの心の中に自前の「幸福感」が湧いてくるものです。

奉仕状態では自分の善意を信じていますから、他人の善意も信じることができます。自分を四分、他人に六分を与えようと自己抑制をしますが、このときの二分の不足分は相手が歓ぶ顔が見たいという願いが叶うことで十分に補いがついています。

(9)他の権利を守っているか

心に感じるものを大事にできるとき、人を愛することに「歓び」を感じるようになります。奉仕の状態では誰かのために私を抑えています。まだ自分を完全には無くしきってはいません。自己満足をしたい欲望が残っています。例えばご主人の帰りが遅くなって折角の心を込めた手料理が冷めてしまったとき、角を出す気持ちがまだ残っています。この「折角作ってあげたのに」と思うことが無いのが愛です。見返りとか、報いられたいと願ったり、相手に何かを求める心があるうちは愛ではなく、奉仕の心です。私の愛が裏切られたと思うことがあったら、それは愛ではありません。愛とはそんなに安っぽいものではないはずです。愛の状態に入るには自分が完全になくならなければなりません。とても勇気がいることです。そのかわりその代償は素晴らしいものになります。求めない人にのみ与えられるものです。生きているという実感に満ち、愛こそすべてと思えるようになります。これがく愛情状態〉です。

結婚したての頃を思い出して下さい。恋のためには命も要らないと真剣に思っていたでしょう。子育ての前に必ず体験しておかなければならない大事な心の修業です。愛を知る人だけが子どもを育てる資格があります。鳥でさえ自分の命を掛けて雛を守ります。弱い子どもの味方になりきっています。私たちはこの子を守るためには命も惜しくないと思っています。これが愛の始まりです。そして、夫、妻、わが子だけにしか注がれていない愛を、多くの人に縁によって注げるようになれたとき、本物の愛情状態になれます。

先人達は袖すり合うのも多生の縁と考えて、他人を少しでも身内に感じるように対象を広げようと努め、より大きな愛の実現を願っていました。「生命」あるものの保護に最高の価値を感じる愛の世界の中にだけ、私たちは生き甲斐を見つけられるはずです。

【3・4】子育て心温計の使用上の注意

これまでに述べてきましたように、子育て心温計は九つの心構えの基準を目盛りとして、十七の行動パターンから構成されています。ここで、この心温計を使用する場合に注意することについて若干の補足をしておきます。

  1. 悪い状態と言われるものは、無法状態と対立状態であり、どんなことがあってもこの状態に留まることは許されないことです。また良い状態は奉仕状態と愛情状態であり、なるべくこの状態に留まれるようになることが成長の目標です。その他の状態が普通の状態ですが、これは成長途上にあるもので、決してそこに安住すべきではありません。
  2. 右側の健全発育部は積上げ型です。例えば、自立状態が達成されない限り協力状態は生まれません。したがって、この心温計は成長達成度を測るのに使うことができます。
  3. この心温計は個人の状態に付随したものですから、人間関係を見るときにはそれなりの考慮が必要です。例えば、親子関係では親は愛情状態にあります。子どもが親に対して甘えるとき、それは他人であったら迷惑なことです。ところが親は子どもに対して愛によって受け入れています。子育て心温計は客観的な検温をしなければ意味がありませんので、親としての心情を抜きにして診断することが、親の守るべき条件です。そのたあに、親自身もこの心温計で検温することが使用前の前提になります。
  4. 人は非常に多くの行動をすると同時に、一つの行動の動機が全く異なっていることがあります。姉が妹をかばう場合、自分は姉であると思っているのであれば自立状態ですし、妹を可愛いと思っているのなら愛情状態です。見極めなくてはなりません。
  5. 相手や状況に応じて種々雑多な行動をします。仲良く遊んでいたと思ったら、いつの間にか喧嘩をして対立状態になっていることもあります。一人の子どもは常に状態を移動していることに注意して下さい。状態という概念は不変という意味を含んではいません。状況によって移り変るから状態と表現するのです。心は動くことを忘れてはなりません。
  6. 一つの行動がたいへん複雑な構成を持っていることがあるので、行動のパターンを一つに限定してしまうには十分に注意を払うべきです。例えば、ご婦人がお店で洋服を選ぶとき、定員さんに勧められた服を「こんな柄のものは誰も着ていないから」と辞退します。それではこちらはと差出された服を見て「これと同じものを皆が着ているから」とまた断ります。皆と同じであることに安心感を持てる〈群集状態〉と、一方では皆と同じではありたくない、目立ちたいという〈自我状態〉を同時に合わせ持っています。簡単に切離すわけにはいきません。これが女性心理の複雑さの原因です。
  7. 例えば、大学の卒業式で和服を着飾った女子学生がすれ違うとき、何気ない素振りをしていても、視線だけは相手の姿を上から下まで追っています。自分の着物の方が色柄ともに上品だし生地も上等のようだと思いたいのかも知れません。優越感を持とうとする〈自我状態〉は自分と他人を比較しますが、その場合多くは人間自身よりも付属物を介した判定になり、その尺度は金銭的になりがちです。この場合には〈自我状態〉とく変動状態〉が結合しています。このように発育不良部は多くの場合、合併症状として現れます。しかし健全な状態とペアになることは決してありません。
  8. 病気の場合の診断でもそうだと思いますが、心温計による検温だけではなく、「会話による問診」を合わせて判断することが望まれます。大まかな状態診断は心温計で可能ですが、行動の後ろにある心の状態の原因は、上に例示したように多様なものです。その原因は問診でなければ判断することはできません。子どもに対し治療や援助を具体的に施す場合には、対話を欠かさないようにして下さい。病気になったときに慌てないように普段の対話から、子どもの心の状態のカルテを親はきちんと整理しておいて下さい。

第四章結びの章

青少年の育成は大人が子どもに人の温もりを手渡しで伝授する営みです。手を離すと心はすぐに冷えてしまいます。人としての火種をともし、大人が見守っていることが大切です。そのとき自分の心を測る物差しがあれば、親も子も道に迷うことはないでしょう。日々の暮らしの中で今自分の心が冷えているか、温まっているか、九つの基準で判定することができます。

生涯学習の時代になりましたが、学習とはあくまでも手段にすぎません。目的がなければただの暇つぶしです。自分の心の平熱をより温かくするという目的を自覚しておかなければなりません。そのためにも自分の心の平熱を把握しておくことが必須です。

青少年の育成も、生涯学習による自己育成も、いずれも豊かな心を持とうという自己実現という意味では同じものです。

子育ての心温計は、親と子、大人と子どもの心の育ちを支える指針なのです。

図:子育て心温計

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