暁烏敏賞 平成14年第2部門本文「心に翼が生えるまで 不登校生徒への実践的対応」2

ページ番号1002577  更新日 2022年2月15日

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第18回暁烏敏賞入選論文

第2部門:【青少年の健全育成に関する論文または実践記録・提言】

2、初期 さみだれ不登校から完全不登校へ

「担任のぼくは、いったい彼のために何をしたらいいのだろう」
正直言ってぼくは途方に暮れました。毎朝、通勤途中に彼の家に寄ったり、伸の良かった友だちを誘いに行かせたり、手を尽くしたつもりですが、そのうち、家の人からも、「しばらく、そっとしといてください」と、訪問も電話も断られました。
ほんとうに、打つ手がないという、感じでした。
(中3男子の担任S)

子どもが不登校になった時、「登校刺激」を与えるべきかどうかという質問は、いたるところで受けてきたが、家族や担任がもっとも迷うところである。

不登校の入口で、ちょっとしたアドバイスを与えただけで登校した例もあるし、説得して無理やり登校させたために、子どもを死に追いやってしまった例もある。

基本的には、親や教師が、学校に行かせることだけにこだわって、過度な登校刺激を与えても逆効果になることが多い。

担任の家庭訪問や電話を拒絶する例も珍しくはない。それは、不登校の原因が直接教師や友だちにある場合は別として、「学校に行かないのは悪いことだ」というネガティブな思いと、「とにかく、今はひとりにしておいて」という願いからで、親や教師の、「こんなにお前の事を考えているのに」といういらだちは、不登校の入り口にある生徒の心を、さらに、固く閉ざしてしまうだけである。

とりあえず、その子の「学校に行けない今」をありのままに受け止め、「学校に行ける明日」を、みんなで支援することが、自らの意思で学校への道をふたたび歩み始めるための遠くて近い道だと思う。

本校の『STクラス』(不登枚だった生徒のための特別学級)に入学してきた生徒のほとんど全部が、不登校の初期には、程度の差はあれ、なんらかの心身症状を訴えている。

「学校に行きたくない」心と、「行かねばならない」義務感との葛藤、あるいは、「学校に行きたいのに行けない」ことへの焦燥感、欠席することへの罪悪感等のストレスが限界に達した時、その子の身体的に弱い部分に、強迫症状として表れることが多い。症状としては、腹痛、下痢、嘔吐、頻尿、頭痛などが多いが、いじめが原因で不登校になった生徒の場合は、玄関から一歩外に出ようとすると、金縛りになったように身体が硬直して、一歩も外に踏み出せなかったという例もある。一方、怠学気味の登校しぶりの場合は、心身症状があったとしても軽微で、一定時間が過ぎれば、ケロッと直ってしまう一過性のものが多い。

それではこの時期に親や学校はどう対応すべきだろうか。ケースにより、子どもにより、また、家庭環境により、千差万別の考え方、方法があると思うが、基本的には次のような対応を提言しておきたい。

家庭は
  1. 朝、ぐずぐずして起きしぶっているときは、「さあ、元気をだそうね」と明るく声をかけて登校を促してみよう。
  2. なんらかの心身症状を訴えて起きない時は、子どもの訴えを、一応ありのままに受け止めて寝かしておこう。いわゆるズル休みならば、そのうち元気になって起きだす。心因性の場合は死んだように眠り、目覚めた時も脱力感が強く不機嫌なことが多い。
  3. できるだけ家族で一緒の食卓につき、楽しい会話に心がけよう。その際、学校や勉強については一切ふれないようにする。
  4. 同じような状況が数日続いたら、担任と連絡をとり相互に情報交換をして、当面の対応を一緒に考える。
  5. 母親は早めに父親に子どもの状況を話し、適切な父親の出番が必要なときもあることを理解してもらう。なかには、娘の不登枚を、1年間も父親に隠し、そのために解決がいっそう、困難になった例もある。
学校は
  1. 家庭と連絡をとって、生徒の家庭での状況を知るとともに、その生徒についての、学校内での情報を集め、総合的に、生徒の状況を把握する。
    各教科の授業中の様子、クラブ活動の顧問の話、養護教諭の観察、級友の話、等々から、担任が気づかなかった、生徒の登校しぶりの背景が見えてくる。
  2. とりあえず、仲の良い友だちに、登校時に迎えに行ってもらう。ただし、数日たっても登校に結びつかないときは、両方の生徒の心理的負担になるので打ち切る。
  3. 数日振りに登校してきたときは、オーバーに迎えたり、学校を休んだ理由をくどくどと詮索せずに、「よおっ」と明るく声をかけるくらいでよい。
  4. 時間をかけて生徒の心を開き、話を開き、いっしょに考えてみようという、カウンセリングマインドで接し、お説教にならないようにしよう。

3、進行期 嵐の時期、家庭内暴力

「あの頃、親としては、学校に行かなくてもよいなどとは考えられず、あなたの将来がどれほど心配か、勉強が遅れたら高枚にも入れなくなる」などと言い続けていました。すると、息子は部屋に鍵をつけて閉じこもり、家族とも口をきかなくなり、用事があるときは掌に字を書くか、筆談で意志を伝えてきました。そして、学校とか勉強という言葉を開いただけで、本を投げたり、壁に自分の頭をぶつけたり、ふすまを破いたりして荒れ狂いました。家庭内暴力というのはこういうものかと背筋の寒くなる思いでした。これ以上この子を追い詰めてはいけないと、やっとあきらめましたが、毎夜、「これは夢ではないか」、「何かの間違いではないか」と思い、目覚めるとやはり現実かと嘆息する日々でした。」
(中3男子の母)

「あらしの期間」である。

どうしても登校できない自分の気持ちを周囲にぶつけるか、自分の「城」に閉じこもって家庭も寄せつけず、外界から逃避してしまうか、あるいは、自己否定から自損行為に及んだり、拒食症等の摂食障害に陥った例もめずらしくない。

登校刺激には鋭く反応し、学校からの電話を恐れて、電話線を切断したり、家庭訪問を避けて、天井裏に隠れた例もある。かつて、私のクラスの不登校の生徒は修学旅行の土産を届けにきたクラスメイトに刃物を突きつけて入室を拒んだ。

その一方で、暴言を吐いたり、暴力を振るって傷つけている母親にすり寄って、ひざ枕をして耳垢をとってもらったり、夜も母親の部屋で寝ないと気が済まない中学生の男子もいた。いずれも、破滅的な現在の状況を乗り越えられない自分の中の焦燥感や不安感、孤独感をコントロールできずに、最も近い依存の対象である家族、とくに母親に、逸脱行動と退行行動を繰り返すのである。

この「あらしの期間」は、ケースによって異なるが、周囲が適切な対応をとっていれば3か月か半年程度で安定期に移るのがふつうである。

そして、この時期は、家族の対応がもっとも困難で、つらい時期なので、学校を始め、関係機関の支援が必要である。生徒に、治療、もしくは、緊急対処が必要な危機的状況が見られる場合は別として、一般的には、この時期、次のような対応が効果的である。

家庭は
  1. 一切の登校刺激を打ち切り、干渉、指示、命令をせず、静かに見守る。「学校に行かないでどうするんだ」という正論や叱責はほとんど効果がないだけでなく、反論できない本人が、引きこもってしまうか、逆に、攻撃的になるケースが多い。
  2. 心身症が長引いた時は、信頼できる医師に相談する。病院巡り、検査づけは、かえって、本人の不安が増大し、ほとんど効果がない事例が多い。
  3. いわゆる、家庭内暴力が出た時の対応は、暴力の内容、程度、家族の状況等によってどう対応するかが異なるので、軽々に論じれない。しかし、基本的には、最初の暴力行為のときに、「それだけは許さない」という毅然たる親の姿勢を見せた上で、興奮が納まったら、暴力を振るわざるを得ないほど追い詰められている子どもの気持ちを聞き、心で抱きしめてやることが大切である。
  4. 不安や孤独な心を癒すために、いわゆる「幼児がえり」の退行現象を見せることがある。とりあえずは、だれかにしがみつきたい子どもの思いをしっかり受け止めてやった上で、カウンセラー等の助言を得て対応を考える。
  5. 暴力の対象が、母親になるケースが最も多い。それだけに、父親が、母親をしっかり支えるとともに、冷静な判断と対処が望まれる。
  6. 母親は子どもの暴力を、ただ耐え忍ぶだけでなく、学校や教育相談室、ときには精神科医等の助言を得て、一緒に対応を考える。
  7. 学校とはできるだけ連絡を密にし、子どもの状態を伝える。
学校は
  1. 家庭と相談し直接本人に対する電話、家庭訪問はしばらく打ち切って様子をみる。しかし、手紙は、何度も読み返せるので効果的である。ただし、その場合も登校刺激は避ける。本校の生徒の1人は、家庭内暴力の時期に、担任の先生からの手紙に添えられたCDを繰り返し聴いているうちに精神的に次第に安定してきた。
  2. 悩んでいる家族の訴えや相談はじっくり聞いて、苦しみや悲しみを共有しながら、解決の方法を一緒に考える。
  3. 家庭内暴力ヘの対応として、家族の別居とか、警察力の助勢などの相談については、いろいろの参考事例は話しても、最終的決断はその家族にまかせる。その生徒、その家族に最も適した対応は、家族自身が決断したほうが良い結果がえられるからである。
  4. 担任が1人で問題を抱えこまないで、学年、もしくは、学校全体のチームワークで、本人や家庭へのアプローチを考える。「助けられじょうず」になることは、その生徒にとっても、また、教師のメンタルヘルスの面からも大切である。
  5. 教育相談室等の専門機関からの助言を得るとともに、ときには、家庭にも紹介する。
  6. 学級にはその生徒の状況をある程度伝えて、「君たちのサポートが必要なときには頼むよ」と理解を求めておく。

4、安定期 心の窓が開かれて

あの頃、「学校には行かなくてもいいよ」と、口では言ったものの、この先どうなるだろうという不安でいっぱいでした。なんとか外に連れ出そうと、夜の散歩、ドライブ、ショッピングにと誘った時もありましたが、こちらが良かれと思ってしかけたことは、ほとんど功を奏しませんでした。それからは、『信じて待つ』ことがつらくとも大切だと心にきめました。幸い、周囲の人の温かい理解に助けられました。
私の母は、「3年寝太郎って話があるじゃない、今に動きだすよ、大丈夫」と言い姉は、「みにくいアヒルの子の詰みたいに、今にきっときれいな白鳥になってはばたくわよ」と励ましてくれました。その言葉どおりに娘は、中学2年生の秋、突如として、3年ぶりに動き始めました。今は高校生になった娘が編んでくれたマフラーを巻いて出勤しながら、この先なにがあっても、うろたえずにあの子といっしょに歩んで行こうと心に固く決めています。
(高1女子の母)

「あらしの後の静けさ」は不登校の子にも、必ず訪れる。

「学校に行かなければ」という強迫観念が薄められ、家族も激しい嵐の時期を耐え抜いて、「とにかく無事にその日が暮れれば」とある種のあきらめからくる落ちつきが見られる。しかし、まだ、本人の学校へのこだわりは強く、周囲の登校刺激に対しては、情緒が不安定になるケースが多い。

ある生徒は、自宅が、学校への通学路に面していたので、登校する生徒たちの靴音が聞きたくないと、わざと、朝の起床時刻をずらしていたと言い、また、ある生徒は、学校のチャイムを聞くのがつらくて、昼夜逆転の生活リズムを作ったと、苦しい胸の中を語っていた。また、期末試験や進級の時期には、いらだちを見せるときもあるが、それが過ぎてしまえば、平穏な日常に戻る。ことに、日曜日や休日、長期休業中は元気が良い。

ぼつぼつ外出もできるようになるが、相変わらず家に閉じこもっていることが多い。

テレビ、ファミコン、ラジカセ、コミックがほとんどの不登校生に共通する生活パターンで、教科書を開いて自学自習するなどはもう少し先のことである。

家庭は
  1. 子どもの反抗がおさまり、気持ちが安定してきたので、もう治ったと思い、直ちに登校刺激を与えると、「跳ね返り現象」を起こして戻ってしまうことがある。
  2. 「せっかく時間があるんだから何かやらない」と声をかけ、ときには、家の仕事を、「ちょっとお願い」と頼んで手伝わせ、「ありがとう、助かったわ」と評価して、成功感や存在感をもたせる。
  3. 外出できる状態になったら、外食、コンサート、スポーツ観戦、ショッピングなど外の空気に触れさせるとともに、家族と共に同じ時を分かつ喜びを感じさせたい。
  4. 親も自立し、少し離れたところから子どもの変化を見守るほうが良い。
  5. 学校には定期的に連絡をとり、子どもの様子を知らせる。
  6. この時期に、犬や猫、小鳥などのペットを飼い、世話をすることで、心の安定を取り戻した事例は多い。
学校は
  1. 最低、月1回は家庭と連絡をとり、生徒の状況を把握し、必要な支援をする。
  2. 本人に見せるかどうかは家庭の判断に委ねるが、学級通信や学校からの情報は届けたほうが良い。
  3. 学級の子どもたちには、可能な範囲で今の状態を話し、不登校でも学級の一員であることの理解を得る。また、これを機に不登校について皆で考え、学習することが、これ以上、不登校生を出さないことにもつながる。
  4. 「オール1」、「出席0」の通知表なら、むしろ、手紙に代えたほうが良い。

5、自立期 新しい自分との出会い

私は、私の不登校は、すべて「私が悪い」と心の中で完結し、他人を嫌わずにすみました。もし、他人が悪で、自分が正義だとしたら、自分の正義を証明できずにもっと苦しんだことでしょう。私は来る日も来る日もひとりで考え続けました。心の底から沸いてくる疑問を自分にぶつけて懸命に答えを探しました。
「疲れたなあ」と思ったとき、答えらしいものにぶつかりました。それは、学校に行くのは当たり前という常識にこだわり過ぎて、そこから外れた自分が許せないという罪悪感にさいなまれることが、自分を前向きにしていないのだとわかったのです。
私は学校に行っていない自分を認めることで、かえって、あせりや不安から開放されました。翌春、私は、今までとは全く違ったシステムの高校がある事を知り、1年と2学期分の遅れを取り戻す為の勉強を死に物狂いでやり、入学出来ました。
暗い夜、ひとりの部屋で、ふとんをかぶり、声を殺して泣いた日々は、私のほんとうの自立を支えるための貴重な体験だったとあらためて思うのです。
(高2女子)

不登校の児童生徒の再起は、親や教師の説得よりは、彼ら自身の胎動で始まる。

それは、次のページの【こころのサイン】で、およその目安がつく。

悩み、苦しみ、そこから抜け出すことで少しずつ生活のリズムが改善され、放課後や休みの日なら一人で外出できるようになる。友だちが訪ねてくれば話したり、遊んだりもできるようになる。学校にはまだ行けないが、市区町村の、教育相談室や相談学級(適応指導教室)、あるいは、フリースクール等に自分で行く意志を示し始める。

安定期を通して、次第に心的エネルギーが蓄積されると、自分をもう一度作り直し、新たなる旅立ちを模索し始める。それが、直ちに再登校に結びつくとは限らないが、自らの生き方を自分で考えることができるようになる、いわば、『自我の再構築』の時である。

この時期に、保護者の「追い出し」と学校からの「引っ張り出し」のタイミングがあうと、すんなり再登校できることが多い。

中3のB君は、担任の先生に誘われて、数人のクラスメートと川釣りに行ったのを機会に、1年振りに学校に復帰した。逆に、不登校だった2年間、一度も学校からの家庭訪問も電話も受けなかったC子は、卒業アルバムの写真撮影を頑強に拒否した。

また、中1のM子は、自宅でやって提出したテストの答案が返送された際、添削の傍らに書かれた、「ひとりで勉強しているのに、良く出来てるわね。先生はいつでもあなたの帰って来る日を待ってるわよ」という赤ペンの字を毎日のように繰り返し見つめていた。

たとえ、不登校でも、その生徒が在籍校に所属感を持っているかどうかが、立ち直り後の学校復帰に関係があるように思う。

家庭は
  1. 学校復帰への過大な期待をせずに、ゆっくり、本人とこれからの夢を語り合う。
  2. 学校復帰を希望するようなら、担任と連絡をとって、友だちに来てもらったり、家庭訪問をしてもらい、復帰への環境を、ゆっくり、整える。
  3. 小学校から中学校へ、中学校から高等学校へという進学の時が、学校復帰への大きな「節目」として、本人も意欲的になる時である。生徒に、進路に向けての自信をもたせ、情報だけは与え、本人に選択させる。
  4. 家族だんらんの機会をふやし、コミュニケーションをはかる。
こころのサイン(安定期から自立期へ)

【お子さんの今の状況を○で囲んでください】

  a b c
1 朝の起床 家族と同じ頃、起きる 少し寝坊をする程度 昼夜が逆転し朝は起きない
2 食事 家族と一緒に食ベられる 一緒に食べるがほとんど話さない 1人だけで食べる
3 情緒 学校に行けないだけで普通 時々泣いたり怒ったり不安定 家族に暴行したり、物をこわす
4 対話 何でも話しあえる 学校や勉強以外のことなら話せる 用事以外は殆ど話さない
5 外出 用事があれば外出する 早朝夜間等、ある時間帯なら外出する 全く外出しない
6 友人 友達がくれば会って話す 電話や手紙なら友達と交流できる 全く交流を拒絶している
7 先生 家庭訪問や電話に対応する 電話になら出て話ができる 訪問にも電話にも出ようとしない
8 学習 自学自習している 時々、教科書を見ている 全く学習しない
9 手伝い 頼まなくてもする 頼めばする 頼んでもしない
10 進路 家族と一緒に話しあえる 問いかければ話に乗る 拒絶反応を示す

a=3ポイント b=2ポイント c=1ポイント

【安定期から自立期へのおよその目安】

18ポイント以上で安定期、24ポイント以上で自立期

学校は
  1. 本人に学校復帰の兆しが見えたという連絡が入ったら、まず、家庭訪問をして、本人とおしゃべりをし、緊張感を解きながら、本人の状況を観察する。
  2. 仲のよかった友人とコミュニケーションをとる働きかけをする。
  3. 学級で、不登校だった生徒の復学のことを話し、どんな対応が良いのかを考えさせるなど、復帰しやすい学級の環境をつくる。
  4. 学校や学級、そして、教師自身の内部に子どもたちを不登校にさせるような要因がないか、また、子どもたちを心理的に疲れさせるような学校体質が潜んでいないかを、この機会に検証する。
  5. 特に進路の時期にあたっている場合は、親身になって進路について相談にのり、適切な進路情報を紹介する。
遠かった学校への道

不登校の入口から出口まで、たくさんの子どもたちと、その家族の体験をもとに、挫折した子どもたちへの、より適切な対応のいくつかをご紹介してきた。

そこに共通するのは、不登校をどれだけ「広い目」と「長い目」で見守ってやれるかという、おとなたちの心の姿勢である。そのためには、まず、子どもたちの声なき声を、じっと耳を澄ませて聴く必要があると思う。

多くの不登校生と向き合う中で聴いた、さりげない、「つぶやき」を拾ってみよう。

あの時
  • 友だちや先生が私に抱いている「まじめ」というイメージを壊さないために、きょうは、どんなイメージを作ろうかと考えてばかりいた。疲れちゃった。
  • 授業中、僕がトイレに行っても、教室を抜け出しても、先生は何も言わなくなった。廃人だと思っているんだよ。
  • 学校に行かないということは、すごく、不安だった。でもあの時、学校に行かないことは、私にとってギリギリの選択だった。だから、行かないと決めたら心の中がすごく楽になり、将来のことも、自分で考えられるようになった。
  • クスリを飲む時、死のうとは思わなかった。これを飲めば学校に行かなくてすむ。ただ、それだけで頭がいっぱいだった。
  • このまま、朝がこなければいいなって、寝るときいつも考えてた。
友だち
  • こんなこと言ったらどうとられるか不安で、いつもホントのことが言えなかった。
  • 不登校になったら、みんなが色紙を書いたり、誘いに来たりしてくれた。でも、何か先生に頼まれて来たっていう感じだった。同級生だけれど友だちじゃない。学校とかに関係なく、友だちとして話しに来てほしかった。
  • あの人と同じことをしなくちゃって頑張ってきた。でもだんだん遠くなって追いつけなくなったら、急に疲れちゃった。ばかみたい。
  • 親が離婚するって、子どもにとってどんなにショックなのか、わかる?先生。学校に行くと皆が楽しそうにしているのを見るとイライラしちゃう。
  • 離婚したらどっちの親につていくのか弁護士さんに聞かれた。私はふたりとも好きなのにさあ。頭の中がグシャグシャになって学校に行けなくなった。
  • お母さんに、「先生にはないしょだよ」ってほんとのことしゃべったら、先生に言っちゃった。お母さんはいつも先生の味方をするんだ。
学校
  • 先生に相談しようと思った。でも、先生は立ち止まっている私に気づかないで、いつも走っているような人だから相談したってだめだと思った。
  • どうして学校は何でも強制するのかなー。人には、頑張ったってできないこともあるのに、なんでもかんでも先生たちだけできめて、「やれっ」ていう。
  • 高校に入学したら、髪の毛を1本、出させられた。出席番号順に貼りつけといて、髪を染めた子がいたらつけあわすんだって。
  • 学校にいるとウサギ小屋のウサギみたいだ。
  • 僕は他人に影響されやすい。これ以上あの学校に行ったら、多分だめになる。
  • 学校は好き、先生もいい、友だちもいる。でも何だか疲れる。なぜだろう。
孤独
  • いつもいつも、1人でいるとむなしくってしょうがない。真夜中になると、声を出さずに泣いていた。
  • みんな「ズル休み」だって思ってるだろうな。行きたくってしょうがないのに。
  • もう、先生は何も言ってこない。電話もかけてこない。こなくたっていいけどさ。
  • 通知表が送られてきた。出席0で、オール1だった。くれなければいいのに。
  • よく、夢をみた。翼が生えて、鳥になってマンションの窓から飛び出す夢を。
これから
  • これからは、思っていることを相手に全部ぶつけようと思う。それをしないから関係ない母さんにぶつけて叩いたりしちゃうんだ。
  • また、何かあったら、今度は逃げないで、しっかり取り組んで、ひとつひとつ片付けてやっていこうと思う。
  • 僕は、いつも先生や友だちの言うことを受け身で聞いて、気にし過ぎた。学校に帰ったら、僕のほうから、先生や友だちとつきあってやるかって考えることにする。

不登校の児童・生徒はけっして特別な子どもたちではない。

ものごとに、ほんの少し過敏に反応したり、必要以上に緊張したりして、自分を見失っているだけである。不登校を「悪いこと」と考えず、ほんの少しの「人生の休憩時間」ととらえて、時期に応じた適切な対応をしながら見守っていれば、悩みながら、つまずきながら、子どもたちは、やがて、「自分さがし」をして、たくましく生きていく。

子どもたちは変わる。
大人が変われば子どもは変わる。
そのためにも、私の大好きな
「教えるとは、共に希望を語ること」 ルイス・アラゴン

という言葉を胸に、私に残された茜色の坂を、子どもたちとともに、しっかり歩み続けたいと思っている。

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