暁烏敏賞 平成17年第2部門論文「福祉と非行 元刑事と非行少年の軌跡」

ページ番号1002562  更新日 2022年2月15日

印刷大きな文字で印刷

第21回暁烏敏賞入選論文

第2部門:【青少年の健全育成に関する論文または実践記録・提言】

写真:覚華鏡

  • 論文題名 福祉と非行 元刑事と非行少年の軌跡
  • 氏名 松浦 一樹
  • 住所 京都府京都市山科区在住
  • 職業 福祉施設職員

非行少年K

「俺、松田さんみたいになりたい」

元暴走族の16歳の少年が目をきらきらさせながらこう言った。少年の名前はK。世間を騒がせた強盗まがいのひったくり犯罪の犯人グループの1人である。Kはグループの構成員であり、逮捕された15人の犯人のうち一番最後に松田刑事が自らの手で逮捕した少年。松田は人生をかけて夢を実現するために、この事件を最後に刑事生活にピリオドを打った。松田にとっては、警察人生で最後の取り調べ担当を任された記念すべき犯罪少年であった。

逮捕されると留置場という金網の中に閉じこめられる。孤独と戦いながら過ごす時間は想像以上に長くてつらい。「よっしゃ、取り調べするでー」この一言でKの目はぱっと見開き、生気を取り戻す。普通の人は「なぜ?」「なんで取り調べがうれしいことなの?」と思うかもしれない。

実は暗闇の世界に閉じこめられた人間にとって取り調べはそこから脱出できる唯一の光なのである。人と話をすること、自分の好きなことができないこと、暗闇の世界に閉じこめられ、いつ出られるかわからない不安と恐怖。

冷たくて堅い鉄格子はこのような形で自己を見つめ直させ、反省させる。ここで自分をしっかり見つめ直せないと、取り調べをしても本当のことを言わないし、出所してからまた同じ事を繰り返してしまう。この刑事と犯人の闇と光の繰り返しが、取り調べの鍵を握る駆け引きとなるのだ。

松田は少年事件専門の刑事。大学では児童福祉を専攻し、非行児童・登校拒否児童について研究するとともに、教育学と心理学を同時に学んだ。就職の時には少年課の刑事になって新しい青少年健全育成を作ることを目標にした変わり種の刑事であった。

男の約束

Kの取り調べも順調に進み、事件もほぼ終わりに近づいた頃のことである。いつものように取調室で松田刑事が供述調書を書いていた時のことであった。

黙々と煙が出るたばこを左手に持ち、必死で調書を作成する松田にKはこう言った。

「僕も煙草を吸いたいな」Kのささやくような言葉に松田の筆が止まった。「今なんて言った?」松田は「何を言ってるんや」という目でKを見た。

被疑者が成人の場合は自分のお金で買った煙草を取調室の中で吸うことを認めている。しかし、未成年者の場合は法律上吸うことはできない。当たり前のことだ。

おそらくこの言葉がKの本音であったに違いない。しかしKも馬鹿ではない。吸わせてもらえるなんて、はなから思っていないはずである。たぶん松田がどんな反応をするのか試していたのだろう。

しかし、松田はこの時「ここまで本音を言えるほど自分に心を許してくれている」ということに気づかなかった。人間としてまだまだ未熟なところだ。「冗談ばっかりいいやがって」と軽くあしらったその夜後悔することになる。

松田はその日の夜、布団の中で1日の出来事を振り返っていた。するとどうしてもひっかかる場面があった。それはKが煙草を吸わせて欲しいと言ったシーンである。あの時、松田は調書を書くことに一生懸命でKの気持ちなど考える余裕はなかった。しかし、たとえ15歳の少年であっても煙草を吸いたいと思っている人間の目の前で無神経に吸うべきではなかったことに気づいた。そんな自分が恥ずかしくて仕方がなかったのだ。

「嗚呼、なんと言うことをしていたのだろう」もし、自分が同じようなことを他人にされたらどんな気持ちになるだろうかと考えるとその夜は眠れなかった。
青少年健全育成とか福祉、教育などと言いながら、やっていることは他の刑事と同じではないか。心の中で悔み、自分自身を責めた。「よし、明日、Kに謝ろう。そして約束をしよう」とある約束をすることを誓ったのだ。

翌日、松田刑事は取調室で、供述調書を書く前にKに言った。「Kよ、昨日は悪かったな。」Kは何のことかわからずキョトンとしていた。松田は続けた。「いくら刑事と犯人でもたばこが吸いたくても吸えないおまえの前でたばこを無神経に吸うのは反則やな。」

これが1回きりの取り調べの相手なら全く感じなかったことであろう。しかし、Kとは10日近くいろいろな話をして築きあげた人間関係がある。松田は相手の気持ちを全く考えていなかったことを恥じ、刑事と被疑少年ではなく、一人の人間として悪いことは悪いと素直に謝ったのだ。

Kは真顔になって黙り込んだ。初めての体験にどのようなリアクションをしていいかわからなかったのだ。それもそのはず、これまでKは大人から怒られたり、つらく当たられたりしかなかった。ましてや刑事から謝られるなんて夢にも思っていなかったからである。

松田は続けた。「でもな、今はもう少しだけ我慢してくれ。どうせおまえはこの後少年鑑別所から少年院に行かなあかん。そうしたら、1年くらいはたばこは吸われへん。どうや、ええ機会やし、このままたばこを止めへんか?」

Kはなんだそんなことかとばかりに苦笑いした。おそらくKはこのような言葉を嫌ほどかけてもらってきたのだろう。大人の言うことは皆同じとばかりに松田の顔を見上げた。

ここまでは誰にでも言えることである。しかし、松田の次の言葉を聞いてKは言葉を失った。「K、おまえ一人に止めろとは言わへん。俺も一緒に止める。これでどうや。約束や。」

Kはしばらく口をぽかんと開けたままで黙り込んだ。冗談でも自分にそんなことを言ったのは松田が初めてだったであろう。

「そんなこと無理無理。絶対に無理や。言うてるだけや。」とK。

取調室に笑い声が響く。こんなことは本当は許されることではないのかもしれない。しかし、刑事も被疑少年も同じ人間。そんなやりとりを通して信頼関係は築かれていく。このことをきっかけにKは松田にさらに心を開いていった。

松田刑事は別にKのためにたばこをやめてあげるなどという気持ちはさらさら思っていない。いつか止めようと思っていたから止めるきっかけができたくらいのこと。そして何よりこの事件が終わったら福祉の世界に新たな一歩を踏み出す松田は、これまでの自分から生まれ変わらなければならないという気持ちがあった。

大人だからしても良い、子供だから駄目という理屈は子供には通用しない。また、相手にしてほしいと願うことは先に自分が率先して行わなければらないということを実践したのだ。後は約束を守れるかどうかだけのこと。守れなければ口先だけのただの大人で終わってしまう。それでは何の意味もないのだ。

そして、10日間の拘留期間が終わり、Kは少年鑑別所に送られた。胸を張って頑張って帰ってくることを誓って。

K、おまえが帰ってくるのを待っているからな。元気で頑張るんやぞ。

Kの目には涙があふれていた。

福祉との出会い

松田刑事と福祉施設との出会いも事件がきっかけであった。この事件は選挙違反取締本部に応援派遣されたときに、選挙ポスターを頻繁に破られる事件が発生し、その時現行犯逮捕したのが、知的障害という障害を持つ20歳の男性だった。

福祉の大学は出たものの、児童福祉を専門にしてきた松田にとって知的障害や福祉作業所等という言葉自体初めて耳にするもので、何のことかさっぱりわからなかった。そんな中、署轄捜査3係の先輩刑事と共に、障害者の男性の通う作業所という福祉施設に事情聴取に行くよう命じられたのだ。

障害者の福祉施設はどのようなところなのか全く知らなかった二人の刑事は恐る恐るその扉を開けた。すると扉の向こうには20人の天使達がいたのである。大げさな表現だと思われるかも知れない。しかし、目に映った光景はまさに天使そのものだったのだ。(障害を持った人に対して「天使」という表現を使うと、差別だとか偏見だとか言われることがあるが、そうではないことを付け加えておく。皆が一生懸命楽しそうに作業されている姿がきらきらと輝いて見えたということである)

障害を持った方達が一生懸命作業されている。一枚の紙の折り目を内側に折り込み、箱の形になるように組み立てていく作業であった。単純に見えるが手先が器用でないとできない。また、同じ事の繰り返しはとても根気のいる作業であると感じた。

箱を折っている様子を見ていると、とても一生懸命、そして楽しそうに作業している。二人の刑事は顔を見合わせた。「私たちはこんなに一生懸命頑張って毎日仕事をしているだろうか?」刑事達はなぜか恥ずかしい気持ちになっていた。「彼らの仕事に対する姿勢を見習わなくては・・」

しばらくして1人の女性が、冷たいお茶を差し出してくれた。言葉はなかった。しかし、満面の笑みでお辞儀をして差し出してくれたその姿がとても印象的だった。そのお茶にはその女性の心が一杯詰まっていることが伝わってきた、とてもおいしいお茶であった。「心がこもった」というのはこういう事をさすのだろう。

その後しばらくして、畑作業から帰ってきた所長から話を聞くこととした。所長は70才を越えたあたりの高齢で、白髪にめがねの少し神経質そうな感じの方だった。ただ、「お年寄り」という感じではなく、「現役のバリバリ」という雰囲気で、とても若々しい感じであった。

「あいつは本当に悪いやつでね、うちでも困っているのですわ。今まで何度も警察のお世話になっとる」

所長の口から出る言葉は事件を起こした男性の非難ばかり。所長の言葉だけを信じればこの男性はどうしようもない「ワル」に聞こえた。施設の事情など何も知らない二人の刑事は、所長の言われるままにうなずき、そして調書を作成した。

調書の作成が終わったところで、松田刑事は所長に福祉と教育の話をもちかけた。青少年健全育成の話だ。作業所の様子を見て、また所長の熱い話を聞いていて「もしかしたら、障害者の福祉と自分の考える青少年健全育成が結びつくかもしれない」と直感したのだ。これも刑事の勘?なのかもしれない。

「所長さんは今の子供達の教育や福祉についてどのようなお考えを持っておられますか?」
「私は失敗してもやり直したい、頑張りたいと思う子供達が頑張れる場所をつくりたいのです。そのために警察官になり少年課の刑事になったのですが、現実はなかなか難しいです」

このような話が延々3時間も4時間も続いた。まるで二人の間の時間だけが止まってしまったかのようであった。松田刑事は嬉しくて仕方がなかった。警察に入ってからこのように自分の本音をぶつけることができる人間が周りにいなかったからだ。もしかするとこの年老いた所長に自分と同じ臭いを感じたのかもしれない。「福祉も教育もこのままではいけない。何とかしなければならない」と松田刑事は熱く語った。この時松田刑事は自分が刑事であることを完全に忘れていた。

この思いを全面的に受け止め、そしてかなえてくれると言った所長の言葉に揺れ動き、そして決断した。刑事では自分が思う青少年健全育成は作れない。しかし、この福祉施設なら、仕事もある、役割もある、いろんな人がいる。頑張りたいと思う少年たちが頑張れる場所を作れるかもしれない。歳はちょうど30。やり直しがきく年齢だと人は言った。やるなら今しかないとも言った。刑事という安定した身分と収入を捨てることに抵抗はなかった。「ようし、必ずこの手で新しい青少年健全育成をつくってやる」そう誓った。

青少年健全育成へのこだわり 福祉施設での実践

平成11年3月。7年間お世話になった警察人生にピリオドを打ち、4月から福祉施設で勤務することになった。そう、あの選挙事件の犯人のいる作業所だ。所長は松田の青少年健全育成への思いを受け止めてくれ、自分のやりたいようにやって、青少年健全育成を作りなさいと言ってくれたのである。警察では最後までたくさんの先輩や上司が引き止めてくださったことに心から感謝した。

「見ていてください。絶対に成功します。」と心に誓った。多くの反対を押し切って勝負したからには、それらの人達に早く認めてもらえるようにならなければならない。それには目に見える結果を早く出さなくてはならなかった。失敗して消えていくのはただの負け犬。結果を出せずに忘れさられてしまうもまた同じ。

松田は福祉施設で働きたいわけではなかった。「福祉施設の中でなら、頑張りたくても頑張る場所がない少年達や失敗したけれど遣り直したいと思う少年達が頑張れる場所を作ることができる」ただそれだけであった。これが松田の考える青少年健全育成である。他ではできない、今の社会にない本物の青少年健全育成を作るのが目的だった。

人生とはわからないものである。捕まえた犯人のおかげで本当の道を見つけることができ、さらには一緒に仕事をすることになるなんて。普通は考えつかないことだろう。

福祉施設は作業所と言われるところで知的な障害を持った方達が働く場所である。この作業所の中で非行少年や登校拒否時などを受け入れる。一緒に作業をすることで受け入れられ、役割があり、集団の中で色々なことを学ぶのである。

「現在の青少年健全育成の制度ではダメだ。子ども達をしっかりと受け入れ育てる環境を作り、ちゃんと指導できる指導者を育成しなければならない」そうしなければ日本の明るい未来はありえない。と。

K少年、松田のもとへ

松田は福祉施設で育てる非行少年の1番バッターとしてKを選んだ。Kは松田が刑事生活最後に自分の手で少年院に送りこんだ少年。本人との関係はもちろん、両親との関係もしっかりできていたからである。松田はKに夢を託すことにした。絶対に失敗するわけにはいかない。勝負だ。

少年達を育てる場所がないことで1番困っているのは警察やお役所ではない。頑張りたくても頑張る場所がない、やり直したくてもやり直す場所がない少年本人であり、そしてその家族なのである。Kの両親もまた、Kが少年院から出てきた後のことで頭を悩ませていた。少年院に送られたら送られたらで心配、帰ってきたら帰ってきたで心配。それが親である。

そこで松田は福祉施設での少年育成の計画を両親に話してみた。すると、予想通りの大賛成。そして全面的に協力するとも言ってくれた。新しいことをするにはたくさんの理解者と協力者が必要である。「松田さん、お願いします。Kにはあなたの力が必要なのです。そしてKのようにあなたを必要としている子供たちがたくさんいるのです。私たちはKのためになるのならなんでも協力します。」

しかし、問題が一つあった。Kは障害者でもないし、職員でもないので働いても給料が出せないのだ。そこで松田は両親に提案した。Kの日当は1日千円で20日出勤したとして2万円。(障害者は1日300円から600円)これを施設が両親から授業料として受け取り、Kの給料としてそのまま施設から渡すというふうにするのだ。

その代わり両親はKに一切お小遣いを渡さないことを約束し、Kはもらった給料で全てをやりくりする。サラリーマンの小遣いが2万円程度という額から見てKにとって少し多い。しかし、毎日一生懸命働いている手当としては少ない。両親から見れば施設は職場と言うより学校であるから2万円は授業料である。なんとも回りくどいやり方であるがこの方法が一番良いと考えた。

施設はKを育てる代わりに作業など職員を手伝ってもらう。福祉施設では職員以外の健常者の力は非常に大きい。両親はKの面倒を見てもらえるのでどこで何をするような心配をすることなく安心できる。その代わりにお金を払うが自分の子供に返ってくるお金なので損はない。Kには生活の場所が保証され、育成されながら給料をもらうことができる。さらに、ただアルバイトをするところではないので、働くことやお金の大切さを実感することもできる。それぞれの良い部分を利用したトライアングルサポートである。

松田は少年院にいるKに手紙を出した。「K、元気にしているか。俺は警察を辞めて福祉施設に入った。ここで知的障害を持った人たちと一緒に働きながら、頑張りたいけど頑張る場所がない子供達を育てようと思う。新しい青少年健全育成の制度を作るのが夢だ」と正直な思いをつづった。

すると、しばらくしてKから返事が返ってきた。「松田さん、手紙ありがとう。僕は元気に頑張っています。母から、松田さんが刑事を辞めると聞いて本当にびっくりしました。辞めてほしくないと思っていました。でもこの前の手紙を見て納得しました。僕も頑張って早く退院したい、出てまじめに頑張りたいと思いました。」

このような手紙のやりとりが何度も続いた。Kの自分の夢を求め突き進む松田へのあこがれがさらに強くなっていく。次第にKも福祉に興味を持ち始めた。もともとKは保育士になりたいという夢があったので福祉に対する違和感はなかったようだ。

Kは毎日同じことを繰り返し行う少年院の生活にうんざりしていた。遊びに行っているのではないので楽しいものでないことはわかっていても嫌気がさす。しかし、目標ができると人間は変わる。少年院を出てから松田の元で福祉をやりたいという希望ができたことにより、すべてを前向きにとらえ頑張ることができたのだ。同じことをするのでもやらされていると思い嫌々やるのと、自分のためにと思い一生懸命やるのとでは全然違うのだ。

Kは福祉施設で働くことを決意した。松田についていくことを決めたのだ。このとき暴走族という殻を自ら破り、K自身の力で生まれ変わった瞬間だった。「お金なんかいりません。施設に通えるだけで幸せです。一生懸命頑張ります。施設にはどんな人たちがいるのですか?」退院後の行き先がほとんど決まらない院生の中、Kは施設の写真を眺めながらワクワクしながら残りの生活を送った。

松田の手紙にはこうつづっていた。

「失敗や間違いは誰に出もあるものです。大切なのは間違いに気づいた時に自分の力でやり直すことです。人から言われたからではなく自分の気持ちの中で頑張ろうと心から思うことなのです。でも、今の社会の中では頑張りたくても頑張る場所がない、いろいろなことを教え、導いてくれる人がいないのが現実です。K君、本当に頑張りたい気持ちがあるなら自分の意志できてください。立ち直ろうという気持ちがあるなら一緒に頑張ろう。」 この時すでにKと松田は刑事と非行少年という関係ではなくなっていたのだ。

退院 そして福祉への序章

Kの1年間の矯正教育期間が終わった。待ちに待った退院の日が来たのだ。いろいろな意味で大切な日である。松田は両親とともに車で少年院に向かった。山の奥の奥、僻地にあるのが少年院だ。両親の心中は複雑だ。本当に立ち直ってくれるのだろうか。うれしさと不安が交差する。

門の前で待っているとKが鞄を持って出てきた。「二度とくるなよ。頑張るんだぞ。」厳しかった教官もこのときは仏のような笑顔を見せる。塀から外に出られるうれしさでいっぱいのK。松田にはその姿がかごのふたを開けられ自由に羽ばたく鳥のように見えた。

松田はKに言った。「よく頑張ったな。でもこれからが本当の試練やぞ。おまえを快く迎えてくれる人たちは殆どないと思え。世間の目は思っている以上に厳しいし冷たいぞ。俺は今からおまえを全力で守って育てていくつもりや。後はおまえのやる気次第や。立ち直りたいと思って頑張るのか、元の世界に戻って過ちを繰り返すのか。もし、元の世界に戻ろうとしたら、すぐに少年院に入ってもらうし容赦はしない。よく覚えておけ」少々浮かれ気味だったKの顔が緊張でこわばった。

少年院を出てからの再犯率は非常に高い。その原因は少年院を出てから通う適切な場所や良いも悪いも教えてくれる大人がいないからなのだ。この問題に全く気づいていない日本の青少年健全育成制度は問題が多い。

「さあ、行こうか。」松田はKの背中を押した。悩んでも考えても前に進むしかないのだ。立ち止まっている暇はない。1年ぶりに吸う外の空気はKにとって格別だったに違いない。「よっしゃー、やるぞ!」気合いが入る。昼食は高速のインターでラーメンだった。「んー、うまい!!」一滴残らず飲み干した。Kの行動や表情の一つ一つから、少年院でどれだけ欲求を抑えられてきたかが伝わってきた。

施設に着いたのは午後3時過ぎだった。年老いた所長がK達を出迎えた。「君がK君かよくきたな。今までいろいろあったと思うが過去のことはもういい。これからしっかり頑張ってくれ。」

Kは初めての福祉施設に緊張をかくせなかった。しかし、自分を受け入れてくれていることに満足していた。「障害者の人ってどんなのだろう?」Kは少し不安だった。障害を持った人たちは自分を受け入れてくれるのだろうか。どうやって話をすればいいのだろうか。小さな胸ははち切れんばかり。こんな経験は初めてだった。

「こんにちわ。Kといいます。明日からみんなと一緒に仕事をさせてもらうことになりました。よろしくおねがいします。」

障害を持った仲間達は友達が増えたことで大喜び。もちろんKが今日少年院を出てきたなんて知るよしもない。たとえ知ったところで彼らにはそんなことは関係ないことなのだ。職員達も温かく迎えてくれた。Kのしっかりとした挨拶に歓声が上がる。ほんの少し前まで暴走族だったとは思えない姿勢と態度。これも少年院での訓練の成果か。

「明日から頼むぞ。」「はい、頑張ります。」

みんなの期待を胸に退院初日が無事終わった。何事も最初が肝心だ。これが退院してしばらく間が開いてしまったらKは施設に来なかっただろう。その日の夜はKの家でどんちゃん騒ぎをして退院を祝った。

いざ、本番

翌日、松田の心配をよそにKは朝早くから施設に出勤してきた。「おはようございます」あいさつもしっかりできる。少年院で訓練したことや体に染みついた生活習慣を忘れてはならない。少しでも間が開いてしまったら、緊張が解けてしまう。一度ゆるんでしまったものは簡単には元には戻らない。松田はそれを一番知っている。

「おはよう。道はすぐわかったか。今日からKはスタッフの一員だ。気づいたことは何でも言ってくれ。」

松田はKに施設の中を案内した。施設では箱折り作業と農作業を行っていた。作業生が20名。職員が4人の小さな施設である。まずは箱折り作業からだ。作業生ができることをスタッフができないわけにはいかない。この作業は単純作業で同じことの繰り返しで、とても根気のいる仕事だ。集中していないと折り目以外のところに筋が入って失敗してしまうとてもデリケートな作業だ。

このような作業は内職作業として主婦などがされている場合が多い。しかし、単価が安い。驚くなかれ1個の箱を組み立てて1円とか2円という世界。時給にすれば100円前後なのだ。多くの量をこなさなければならないので広い場所を必要とするため、家庭ではなかなか困難である。

Kは思った。「みんななんて一生懸命仕事をするのだろう。しかもこんなに楽しそうに」これは松田が選挙違反事件でこの施設に始めてきた時に感じたことと全く同じであった。Kはいくら頑張っても障害を持った仲間の箱折りのスピードに追いつけない。正直なところ、ある種見下している部分があった。まさか障害者が自分より仕事ができるとは思わなかったのだ。たとえ工賃の安い作業でも障害を持った人たちができる作業は多くはない。それでも今、目の前にある仕事を一生懸命、そして楽しそうにされる姿は、関わった人すべての心を打ち、そして動かす。驚くべきことに人の価値観までも変えてしまうのである。これが福祉施設が秘める「すばらしい力」なのだ。福祉施設は全国には山ほどある。このすばらしい力を使えば地域で青少年健全育成を作ることができる。それが松田の真のねらいである。

Kは初日から人気者だった。小さい頃から習っていた得意の体操で側転やバク転を披露した。見たことのない大技に仲間達は大騒ぎ。休み時間はトランプ、プロレスごっこと仕事に遊びに充実した日々を送った。

3つの変化

そんなある日のこと、Kに1回目の変化が起こった。

「松田さん、俺、高校へ行きたい。福祉の仕事をするにはどんな資格がいるのですか?」Kは目を輝かせながら松田に言った。Kは少年院に行く前に高校に籍はおいていたが、ほとんど学校にも行っていなかったし、当然勉強もしていない。そんなKが自分から学校に行って勉強をしたいと言い始めたのだ。何事も周りの人間に「させられている」とか「してやっている」と思っているうちは身に付かないものだ。Kは自分の将来の姿を松田に重ねていた。

今のKに普通の高校は無理であることは本人も分かっていた。よって通信制と定時制の高校の資料を持ってきてどちらがよいかを松田に聞いた。どちらも行ったことのない松田には難しい選択であったが、ひとつだけ言えることは、どちらも入るのは簡単であるが、出るのは難しいということである。Kのやる気をかってやりたい。しかし、心配なのは、これまでさんざんやりたい放題をしてきたKに本当に最後まで続けてやっていけるのだろうかという疑問である。

しばらくしてKは松田に言った。

「俺、通信制の高校へ行きます。」通信制の高校を選んだ理由は言うまでもなく、自宅でのレポートが中心でほとんど学校に行かなくてもいいからである。そんなことは松田にはお見通しであった。

「楽することばっかり考えてたらあかんぞ。よっぽど気合いを入れて勉強しなかったら絶対に卒業できないぞ」松田が檄を飛ばす。Kがかなり甘く考えているので忠告したのだ。だが、あまり耳には入っていない。自信過剰のKは自分は何でもできると勘違いしている部分が多く見える。実はこの勘違いが怖いところなのである。しかし、自分で考えて決めたこと、今更周りがとやかく言っても始まらない。かつて松田も同じような道を歩んできたからだ。しかし、松田とKには大きな違いが一つある。それは自分で決めたことは責任を持って最後までやり遂げるかどうかということだ。しかし今のKにはそこまでの意志の強さはない。松田はKの様子を見ることにした。

またしばらくしてKに2回目の変化が起こった。今度はお金が欲しいからアルバイトをしたいというのだ。松田はKを引き取る前からこのような事を言い出すのではないかということ予想をしていた。まる1日働いて1,000円しかもらえなかったら、普通は不満である。アルバイトをすれば時給700円くらいはもらえるからだ。しかし、お金を稼ぐことが今のKの目的ではない。気持ちは分かるが賛成しがたい。本当に働きたいなら、定時制の学校に行き、昼間に正職員として働くのが筋である。しかし、Kの気持ちはそうではない。遊ぶお金が欲しいだけなのだ。

都合の悪いことは「親と話しをして決めた」と松田のいないところで勝手に決めてしまう。親の甘いところだ。この甘さが命取りになるという本当の意味がまだ親にはわかっていない。

そして3回目の変化が訪れる。今度は中型バイクの免許をとって400ccのバイクに乗りたいという。松田は了解しなかった。そんな物は今のKには必要ないからだ。

「お前、今本当にやらなあかん事は何かわかっているのか?何で今バイクが必要なんや」これまで忠実に聞いていた松田の指示もこればかりは上の空。母親は無免許で暴走されるよりましだと言う。親にしてみれば苦渋の選択かもしれない。しかし、Kの要求を呑み続けているとだんだんエスカレートすることは目に見えている。母親の「また悪いことをされて以前の苦しい思いを繰り返したくない」という気持ちもわかる。このままではKがおなじ過ちを犯す可能性も出てくる。
色々と考えた結果、バイクの免許を取りに行く代わりに休まずに施設に通って仕事をすることと絶対に暴走行為をしないことを約束させた。約束はしたものの良くなるか悪くなるかはわからない。バイクに夢中になって他のことができないようになるか、それともバイクを励みによりいっそう頑張れるかのどちらかである。しかし、周囲の心配をよそにKは松田との約束を守り、予想以上のがんばりを見せたのである。

野菜食べたで!

施設では普段昼食は、家から弁当を持ってくるのだが、月に1回は保護者の方が交代で作りに来てくれる日がある。この月1回の食事はみんなの楽しみの一つである。Kも障害者の保護者から可愛がってもらい、一緒に食事作りをしていた。しかし、Kには一つだけ悩みがあった。保護者が作ってくれた昼食には必ず大量の野菜が使われている。それもそのはず、施設ではかなり広い畑があり、農作業を仕事としているのだ。Kは大の野菜嫌いでこれまでの16年間の人生でほとんど野菜を食べたことがなかった。Kにとっては最大のピンチである。

しかも、知的障害を持った仲間が野菜を食べていないのを年老いた所長は見逃さない。「野菜も全部食べなさい。保護者の皆さんが一生懸命作ってくださったものを残すとは何事か!」食堂内に響き渡る大声。緊張が走る。

松田はKが野菜を食べていないのが見つかったら、所長から怒鳴られるため、いつもわからないようにKの野菜をこっそり食べてやっていた。怒られたら可哀想という甘い情。Kはすまなさそうな顔で空の器を受け取った。

そんなある日のことである。その日も保護者の皆さんがおいしい手料理を作ってくれていた。いつものように食堂には山盛りの野菜が置かれている。松田はKの野菜を食べてやろうとKの方を見るとKが松田の目を見てニヤッと笑ったのだ?次の瞬間Kは松田に空っぽの皿を見せたのだ。そこには山盛りの野菜サラダがあったはず??

「野菜食べたで!!」Kはさもうれしそうな表情で松田に言った。16年間の自分の課題を自分自身で乗り越えた瞬間だった。これが集団における教育力である。周りを見て学習し、自分の中に取り入れる。Kが高校へ行きたいと言ったときと同様、他人に言われてやるのではなく、自らの意志で行う、これが一番大切なこと。いかに置かれている環境で人は変わるのかが理解できるだろう。

翌日、母親から電話がかかってきた。「Kが野菜を食べているんです。信じられません」

Kは集団の中で日々色々なことを学び、そして吸収していったのだ。

交通ルールを守ろう

先にも述べたがKは元暴走族である。ルール無用、怖い者なしで公道を走り回っていた人間である。そのやんちゃ坊主が福祉施設にきて障害者と接しているうちにいろいろな感情が芽生えそして成長してきた。その中の一つに交通ルールがある。知的な障害を持った人たちは安全か危険かの判断ができないことが多い。だから、施設では集団で外出するときに多くの危険があり、職員達はその対応に神経をすり減らす。危険とは車やバイクなどのことであり、特に横断歩道や信号があるところは要注意である。たった3人で20名の障害を持った人たちの安全を確保することは容易ではない。

まず、歩くのが一番遅い人を先頭にし、その横に手をつないで一緒に歩けるレベルの人に入ってもらう。一番早い人を一番後ろに、すぐに列をはみ出す人は職員の横につけた。2列縦隊で前の人との距離をあけないことによってできるだけ列の長さを短くする。長くなればなるほど職員の目が行き届かなくなるからだ。列の前後に職員を配置し、車両が接近してきたときには大きな声で知らせるように指示した。さらに職員に班長を命じ、自分の班の障害を持った人を常に把握しておくように言った。数人で多くの人を見る場合、こうしなければ一人がいなくなっても気づかないからだ。これらは松田が警察官時代に機動隊の部隊訓練で教わったことだ。

職員は列の前後と横にいるので最低3名必要である。職員の数は多ければ多いほどよい。もちろんKにもついてきてもらった。するとどうだろう。何も教えていないのに、車の危険から障害を持った人を守り、車を止めて重い障害の人の手を引いて横断歩道を一緒に渡っているではないか。松田は何も言わずしばらくKの様子を見ていた。Kのまなざしはとても真剣だった。そしてきらきらと輝いていた。弱い人を守ることこそ真の男と背中を見せてきた松田の目からは一筋の涙が流れた。人から指示されたり、命令されたからではない。自分で考え自分で行動したことにKのめまぐるしい成長を見た。頼もしいKの姿にはもうルール無視の暴走族の面影はなくなっていた。

非行少女M

Kが施設の生活にもだいぶ慣れてきた頃のことである。松田の元に1本の電話がかかってきた。「松田君、もうすぐ16歳の女の子が少年院から出てくるんやけど何とかならへんやろか」松田の古巣、県警の少年課からの電話であった。この手の相談はよく持ちかけられるが、松田はあまりいい気はしていない。なざなら、元上司でさえ松田がやろうとしている本当の意味を理解していないからだ。

出てきても行くところがないから、困るから施設にでも放り込めば何とかしてくれるという感覚である。繰り返しになるが、松田は非行少年を更生するために福祉施設に身を投じたのではない。頑張りたいけど頑張る場所がない、間違ったけどやり直したいと思う子供達が自ら足を運び、がんばり、そして輝くことが基本である。福祉施設はその場所を作り、提供しそして育成するところなのだ。何度言っても理解できない各関係者に松田は頭を悩ませていた。こんなことだから青少年健全育成は形ばかりで発展しないのだ。

しかし、いったん相談を受けた以上、どんな理由があれ困っている人をそのままにはできない。松田はまず、年老いた所長に事情を話し、そしてKにも話をした。このときのKの喜びようは半端ではなかった。「俺にも同じ境遇の仲間ができた。」Kは複雑な心境だったようで、自分は職員でもない、障害者でもない、仲間がいないと密かに感じていたのだ。

Kは突然妹ができた喜びに声を弾ませた。「よし、俺が面倒を見るぞ!」

そして、Mの退院の日がやってきた。しかし、松田にはMに対する一抹の不安があった。Mからの手紙のやりとり、面接の感触はとても良かった。でも彼女から心底伝わってくる何かが感じ取れない。どこか上辺だけ、形式だけで接している感がどうしてもぬぐえない。根拠はない。ただの勘。いやただの思い過ごしであってほしいと願った。通所施設は自分の意志で通うものである。だから、来なくなってしまったらその時点で終わりである。これは障害を持った人たちにも言えることである。だから、本当に頑張りたいという心証が得られなければ信用しようがないし、前には進まない。

「Mです。今日からお世話になります。よろしくお願いします。」あどけなさの残る16歳の少女はついさっきまで少年院で生活していたとは思えないほどであった。Mは優しい性格で松田が思っていたよりも早く障害を持った人たちとうちとけた。「これなら大丈夫。」松田は取り越し苦労だったかと胸をなで下ろした。帰り際には畑でキャベツをとってきて

「今日はお母さんにお好み焼きを作ってあげるんや。」と1日の疲れも忘れてはしゃいでいた。

しかし、事態はこの後急展開をすることになる。ゴールデンウイークの5連休を挟んでしまったのだ。このような少年の場合、長い休みは致命的になるケースが多い。暇をもてあまして昔の仲間と連絡を取り合うからだ。自宅での生活まで松田は介入できない。親がしっかりと監督しなければならない。だが、悲しいかなこれらの親に子供を監視し、注意する能力はない。あったら少年院になど入っていないだろう。

Mは休み明けの月曜日時間通りに施設に来なかった。松田は嫌な胸騒ぎがした。そして昼過ぎに現れたMは、先日キャベツを持ってはしゃいでいたMではなくなっていたのだ。茶髪にマニキュア、化粧にピアスに派手な服装。まるで今から夜の世界へ出かけるかのような姿である。「今日で施設辞めます。ほんまはこんなことしたくないねん。他にやりたいことあるし。」やっぱりか。松田はの予感は的中した。「Mちゃん、ほんまにええんか?」これ以上言葉はなかった。ここは少年の矯正施設ではない。立ち直る意志のない子供、いやがる子供を無理にとどめる理由はない。この子はまた同じ過ちを繰り返すんだ。そう思っても松田にはどうすることもできない。

この話を聞いたKは激怒した。まだ施設にきて数日なのに。「松田さん、俺に話をさせてください。このままではMちゃんは同じことを繰り返します。俺が必ず引き戻します。」Kはせっかくできた妹を簡単にあきらめてなるものかとこの夜、Mの自宅に行った。松田はここでの生活の意味と大切さを理解しているKに託すしかなかった。「K、頼むぞ。」松田は祈った。

しかし、少年院というかごの扉が開けられ、鎖を切って大空に飛び立ってしまった小鳥を捕まえることは容易ではない。この日、KはMの自宅で午前3時まで母親を含めた3人で話をした。なんと話し合いは8時間にも及んだそうである。

それでもKは翌日定刻に施設に駆け込んできた。「松田さん、やっぱり駄目でした。」と肩を落とすK。「よく頑張ってくれたな。K、とても成長したやないか。でもな、おまえもわかっているとおり、こればっかりは自分自身で頑張ろうという気持ちがなかったらどうにもならへんのや。人に言われてやることではないからな。彼女はもう一度同じ過ちを犯すかもしれない。でもそのときは自分の責任やし、自分が苦しい思いをするだけや。立ち直るのも自分、落ちていくのも自分や。」

Kの本音

Kの生活も安定してきたころ、松田はKにそれとなく今の本音をきいてみることにした。普段は兄弟のような関係であるが、本音となるとなかなか聞きにくい。「K、施設にきて半年くらいになるけど、ここでの生活はどうや?おまえにとって役に立っていることあるか?」

するとKはこれまで語ったこともないような口調で次々にしゃべり出した。

「少年院ではみんなよい子になります。教官の言うことは絶対で逆らえません。自分の意見なんかは言えません。何でも教官に逆らわずにはいはいと言っていれば早く級があがります。すると早く外に出られる。一言で言えば我慢比べです。いかによい子を演じるかで少年院での生活は決まります。また中では先に入っている先輩からいろいろなことを教わります。教官を信用させるには態度を変えなければならない。たとえば反省の手紙をたくさん書くとか、家族になるべくたくさん面会にきてもらうように頼むとか、頭を坊主にするとか方法はいくらでもあります。でも陰では退院してから会う約束をしたり、捕まらない方法の意見交換をしたりしています。期間は半年から1年間なのでその間欲求を抑えられた分、外に出たら爆発するのは当たり前だと思います。僕の場合は松田さんがずっとそばにいてくれた。少年院に入る前、入っているとき、そして出てからも、ずっと僕の横でいろいろなことを教えてくれた。だから僕は昔の仲間のところに戻らなくてすんだんです。家に帰っても行くところがなく、何もすることがない人たちは必ず少年院に戻っています。実際僕が入っていたところも2度目の人がたくさんいました。施設では自分が頑張ればみんなが認めてくれるし、みんなが僕を必要としてくれています。間違ったら教えてくれるし、自分の意見も言わせてもらえるので納得して生活できる。ただ、周りにはたくさんの誘惑があるので、自分との戦いです。現に僕は誘惑に負けてたばこを吸っていますし、暴走したいとも思いました。でも、ここで同じことをしたらまた同じ失敗を繰り返すだけ、そんなことはたぶんみんな頭ではわかっていることなのです。

はじめは正直言ってここに来るのが嫌でした。何で福祉なんかせなあかんねんと思っていました。松田さんには悪いけどはじめは早く少年院から出たいから頑張るふりをしていただけです。でも途中からは違いました。松田さんみたいになりたい。心からそう思ったから頑張ることができたんだと思います。僕はここでいろいろな勉強をさせてもらったので、最近では周りの友達の考えが子供に見えて仕方がない。僕は福祉で頑張ります。でも本当は少年院に行く前にここにこれれば良かったのにと思っています。」

Kはこれまで思っていたことを一気にしゃべった。なぜならKはいくら松田にお世辞を言っても特別にすばらしいことをしても少年院のように級があがる訳でもなければ、給料が増えるわけでもないからだ。

「俺、いつか松田さんを追い越してやろうと思ってます。」Kの目はきらきらと光っていた。松田もKに追いつかれないように頑張らなければならない。一人の人間を育てることは決して簡単なことではない。いろいろな人たちが少しずつ関わり、たくさんの人ができることをサポートすることが大切なのである。

しかし、何より、子供達が頑張りたい、やり直したいと思ったときに、頑張れる場所がなくてはならない。それが松田の真のねらい。松田の挑戦は始まったばかりだ。そして、Kを通して、確信したことがある。それは刑事をすててやろうとしていることが間違った道ではなかったということである。

何か新しいことを始めるとき、すべての人が100%賛成することなんてありえはしない。本当に信頼できる賛同者がおり、自分がやろうとしていることをどれだけ信じ、どれだけ努力し、そして結果を残すかである。

松田とKの二人三脚はこれからも続いていく。そして松田は誓う。必ずこの手で新しい青少年健全育成制度を確立させてみせる!

過去の作品

より良いホームページにするために、ページのご感想をお聞かせください。

このページは役に立ちましたか。

このページに関するお問い合わせ

観光文化スポーツ部文化課
〒924-8688 白山市倉光二丁目1番地
電話:076-274-9573
ファクス:076-274-9546
観光文化スポーツ部文化課へのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。