暁烏敏賞 平成20年第1部門論文「今、独自的普遍(Universel Singulier)というあり方」3

ページ番号1002544  更新日 2022年2月15日

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第24回暁烏敏賞入選論文

第1部門:【哲学・思想に関する論文】「今、独自的普遍(Universel Singulier)というあり方」 南 コニー

4.我々の時代における独自的普遍

それでは、これまでの考察が我々にどのように関係しているのかということを具体的にみてみよう。人間、哲学、実存、関係、自由、選択、責任、モラル、独自的普遍、一体これらの事柄は21世紀に生きる我々にどのように関わっているのだろうか。そしてここで取り上げた哲学者たちから我々は何を学ぶことができるのだろうか。そのことを考察するためには我々の生きる時代とはどのような時代なのかということも知らなければならないだろう。概略的に言えば、21世紀は情報化、グローバル化の時代であり、さまざまな危機に直面している時代でもある。民主主義、独裁制、経済低迷、食糧難、宗教回帰、少子高齢化、移民規制、二極化社会、環境、メディア等の問題が我々の身近で起きているのである。21世紀を生きるということはこれらの問題を生きるということでもある。そこで重要になるのはこれらの問題を我々がどう理解し、どのような立場をとるかということである。

そもそもグローバル化というのは情報化の進展で実際の世界が縮小された状態を表している。しかし世界地図と実際の世界とが違うように、記号を用いて表象される世界各国の事情と実際の事情もはるかに異なることが多いだろう。それはちょうど「三次元」という文字表象とその概念の差と同じである。我々はその記号表象が与える一定のコードに従い頭の中で意味を想像して理解するのである。しかし与えられたコードが実際の記号表意作用(signification)から逸脱している場合も多い。例えばメディアを通して知る「テロ」や「戦争」なども我々に意図的なコードを付与した形で提示されている場合がある。そして我々は知らず知らずのうちに縮小化された地図と矮小化された情報に翻弄され、世界情勢や身近な社会問題とのスタンスの取り方がわからなくなってしまう場合があるのではないだろうか。しかしこのような指標のない世界でこそ我々は物事の多様性に基づいた判断基準をもつことが求められるのである。だが、もちろんそれは容易なことではない。

世界倫理委員会の代表でありスイスの宗教家であるハンス・クング(Hans Kung)は2008年にドイツで開催された世界倫理協議会において次のように述べた。世界にはさまざまな文化があるが人間として一定のコードと各国共通のモラルが存在するはずである。たとえば「個人の権利」、「人を殺してはならない」、「性を悪用してはならない」などがその良い例である、と(注14)。しかし一見我々の生きる世界であたかも「真理」のように見えるこれらの三つの規範も、果たして本当に実際の世界に当てはめることができるのだろうか、という疑問が生じる。そもそも「個人の権利」とはキリスト教義に基づく西洋中心の思想であり、異教徒の場合、宗教的あるいは社会的義務が個人の権利よりも重視される場合がある。個人の権利とは自己意識(conscience de soi)から派生した思想であるが、このような思想過程を辿っていない国々では個人の権利よりも集団のルールが重視される場合もあるだろう。また「人を殺してはならない」ということは多くの国で法的規範となっているのは事実であるが、地域が変われば事情が異なる場合もある。たとえば自分の社会的名誉を著しく傷つけた人を「名誉回復」のために殺めることを、むしろ推奨する国々もあるのである。最後に「性を悪用してはならない」という規範の理解も国によって異なるだろう。例えばアフリカ及び中東の一部において現在でも広くFGM(注15)(女性器切除手術)が行なわれているが、手術を無理やりに施行される女性もまた「性を悪用してはならない」という同じ規範のもとで「個人の権利」を奪われているのである。つまり、他者による悪用を防ぐ目的及び、本人自身の悪用(婚外交渉等)を防ぐために非人道的な手術が本人の意思に関わらず施行されるのである。このような事実を我々はどのように捉えるべきだろうか。このように、我々に生きる指標を与えようと試みる世界共通倫理という概念ですら、所変われば植民地主義から引き継がれた西洋中心の思想的侵略として映る場合もあるということである。

もちろんそうした試みの全てが非難に値するのではなく、それらが世界を計るにはいささか単純すぎる尺度だということである。つまり歴史、伝統、風土、文化、宗教等を超えた思想を一般化、一元化することはできないという「モラルの限界」である。それでも、あえてモラルを表現するのであれば、それはその都度生成されてゆく流動的な規範、あるいは「モラル」と言ったその瞬間から崩れ去るような規範でなければならないだろう。

それでは一体我々はこの指標のない世界をどのように生きてゆけばよいのだろうか、という問題が生じる。私はこの問いへの答えの一つとして先に述べた「独自的普遍」という生き方を提示したい。我々の時代において独自的普遍であるということは与えられた情報を安易に信じるのではなく、自己の立場を明らかにして物事に対して自分なりのスタンスをもち、自己表明をしてゆくことで社会に参加するという姿勢である。

「結局、現在に至るまでみな、自分が手にしている諸概念をまるで何かワンダーランドのようなところから贈られた不思議な持参金であるかのように、信用してきたのだ(注16)

これは本論冒頭に引用したニーチェの言葉である。あらゆる情報、思考概念を安易に信用することは危険なことである。物事に意図的に刷り込まれたコードに知らず知らずのうちに支配され、自分の立場、生き方がわからなくなることもあるだろう。その結果、今我々の身近な問題として社会適応障害(SAD)、自殺者の増加、過労死などが深刻になっているだけではなく、このような状況に基づいて迫りくる将来の課題もまた多いのである。少子高齢化社会、移民政策、環境問題、男女共同参画などに対して、今後我々一人ひとりはどのような立場をとってゆくべきなのだろうか。

まず我々に今最も必要なのは「問う」ことではないだろうか。我々は世界、社会、メディア、教育、時事、国政、他者、自己に対して常に問い続ける姿勢をもたなければならないだろう。

なお、自分の立場を表明するにはまず「自己」を知ることも大切である。また、このように全てのものを「問う」ことこそ、我々と哲学の関係であると思われる。しかし、我々は答えを「知る」ために問うのではなく、答えを「生きる」ために問わなければならない。そして「問いを生きる」ことこそが「独自的普遍」という生き方なのである。

おわりに

キェルケゴールとサルトル。本論で双方を取り上げたのは決して両者が他の哲学者よりも優れているという理由からではなく、論を体現する哲学者、つまり思考を行動へと変える姿勢をもつ人間の代表として本論に援用した。現在の視点から見れば彼らのその時々の行動が完璧なものとして映らないこともあるだろう。しかし過ちを恐れない姿勢、自分に何ができるのかということを問い続け、答えを生きたということにおいて双方とも「独自的普遍」であったと言えるのではないだろうか。そして多様性に生きる我々もまたこのような生き方から学ぶことができるのではないだろうか、というのが私の結論である。

実存哲学は「我々は自由に基づき、選択を通して自らの立場をとり、その責任を担う存在である」ということを教える。この「責任」という言葉は日本語的な意味合いで考えると当人に「責め」を「任せる」というネガティブで重いイメージがあるかと思われるが、他の言語(注17)においては、自ら「答えを出すこと」を意味し、ポジティヴな意味の言葉である。つまり自分に答えを出すこと、社会に対して答えを出すことこそが「責任」の意味である。最後にサルトルが哲学と我々との関係を示した引用をみてみよう。

私は哲学の領域は人間だと考えています。言いかえれば、(哲学においては)他のどんな問題も人間との関係によってしか考察されえない、と。形而上学であれ現象学であれどの場合にも、人間との関係によってしか、世界のなかの人間との関係によってしか問題はたてられえないのです。哲学の場合、世界に関するいっさいのことは、人間がいる世界、したがって必然的に、世界のなかにいる人間との関係において人間がいる世界のことなのです(注18)

サルトルの死(注19)から約30年経った今、このような思想を人間中心主義に基づく黴臭い哲学と解釈する人もいるかもしれない。しかしたとえそのように捉えたとしても、我々が指標のない世界で生きていかなければならないことに何ら変わりはないだろう。我々は自らの状況に条件付けられている中で注意深く自己の立場を選びながら行動していかなければならないのである。閉鎖的な静観主義は社会的・文化的インセストを招く大きな要素である。我々一人ひとりが無関心の仮面を脱ぎ捨て、手を取り合って前に進みはじめたその瞬間から未来の展望が開けるのではないだろうか。本論に於いて考察してきた独自的普遍のあり方とはまさにそのようなあり方なのである。

  • (注1)ニーチェ『権力への意志』上、原佑訳、ちくま学芸文庫、pp.394-395.
  • (注2)Fran?ois Noudelmann / Gilles Philippe, Dictionnaire Sartre, Ed.Honore Champion, 2004, p.503.
  • (注3)ジャン=ポール・サルトル『家の馬鹿息子1』、平井啓之他訳、人文書院、1982年.
  • (注4)キルケゴール『死に至る病』、松浪信三郎訳、白水社、1998年、p.20.
  • (注5)「実存」という術語は「事実存在」「現実存在」の略語であり、個的で具体的なあり方をした有限な人間の主体的存在形態を表す。この語の日本における比較的早い段階での使用例は、西谷啓治訳のシェリング著『自由意志論』や、九鬼周造の論文「実存哲学」などに見られる。『哲学思想辞典』、廣松 渉 他編集、岩波書店、1998年、p.668.
  • (注6)キルケゴール「倫理的理想性」、『キルケゴール著作集 8』杉山好訳、白水社、1983年、p.244.
  • (注7)ニコライ・グルントヴィ(Nikolaj F.S. Grundtvig 1783-1872)は当時の農民改革運動の一環として「民衆の大学」を創立した。生の自覚、民衆の自覚を掲げたことにより、近代デンマーク精神の父とみなされている。
  • (注8)キルケゴール『死に至る病・現代の批判』松浪信三郎訳、白水社、1998年、p.256.
  • (注9)実践的惰性態(pratico-inerte)とはサルトルの『弁証的理性批判』に於ける社会分析の主導的概念の一つであり、社会に於いて人間が受動的に活動することを意味する。つまり労働する人間の抽象的実践によって作り出されたシステムや物のうちに疎外される人間のあり方である。『哲学思想辞典』、廣松 渉 他編集、岩波書店、1998年、p.665.
  • (注10)サルトルにおいて、ラテン語源のmoraleとギリシャ語源のethiqueは厳密に区別されておらず、日本語訳は倫理学校法人でも道徳(論)でも構わないが、倫理や道徳という日本語が含意する既成概念という枠組の中にサルトルのモラル論を強引に押し込めているという誤解をまねかないためにも、先行研究を参照しつつモラルという表現をそのまま使用したことを、ここで一言お断りしておきたい。『サルトルの倫理学』水野浩二、法政大学出版局、2004年、p.196.
  • (注11)Jean-Paul Sartre, Cahiers pour une morale, Gallimard, 1983. pp.11-12.
  • (注12)キルケゴール「倫理的理想性」、前掲書、p.244.
  • (注13)『サルトルの倫理学』水野浩二、法政大学出版局、2004年、pp.93-96.
  • (注14)Public forum, Germany, February edition, 2008, Weltethos und Politik, “eine Gefahrliche Macht”
  • (注15)FGMとはFemale Genital Mutilationの略語である。2007年11月、エジプトのAbughaleb村でFGMに関する会議が主催された。主催者はHamed Abdel-Samad (歴史研究者)、Qutub fazura(医学博士)Malka Zarar(法学博士及び人権活動家)、Abdullah Samak(Al-Azhar 大学教授)、Hanan Yousef博士(メディア)、筆者である。今回会議を開いたエジプトでは97パーセントの高い割合で現在もFGMが施行されている。FGMの目的は女性の性感を弱めることで女性の名誉を守ること(性感を弱められた女性は貞操を守りやすいと信じられている)である。そして本人の同意もなしに医学従事者でない一般の人によって7〜9歳の女の子の身体に手術が施される。多くの場合それはダヤと呼ばれる村の年長女性によって施行されるが一度に何人もの女児を集めて施行する場合もあり、刃物類は洗浄・殺菌されることなく使いまわされ不衛生な環境により伝染病を蔓延させる要因にもなっている。また手術の失敗により、歩行や妊娠が不可能になったり、出血多量で死亡したり、泌尿器系の疾患を一生患うケースも多数発生している。今回の会議は医学従事者(FGM反対派)宗教権威者(FGM擁護派)学識者(FGM反対派、中立派)によるスピーチに始まり、その後一般参加者(約300人)との公開ディスカッションが行なわれた。一般男性からの意見の多数は、「男性も割礼されるように、女性も同じように切除されるべきであり、そうすることで女性の名誉も保たれる」、「女性が割礼されなければ不道徳を行って社会を混乱させる」、「良いことかどうかわからないが、伝統に従うべきだ」、「我々の預言者によって肯定された行為だから従わなければならない」というものだった。まずFGMが男性の割礼と同じものだという間違った認識が多いことに我々は驚かされたが、FGMがどのような性質のものであるかを知るよりも、むしろ参加者は宗教的慣習に倣い従来どおりFGMを施すべきか、あるいは医学的見地に耳を傾けるべきなのか、という二項対立で意見を戦わせていた。しかし「手術によってもしあなたの娘が大量出血したとしたら、あなたは一体どちらに助けを求めるのだろうか。医者か、それとも宗教者か?」という学識者の質問に参加者が戸惑い、会場の空気の流れが変わった。会議終了後ある一般男性が我々に次のように述べた。「私には6人の娘がいる。一番上の娘はもう手術を施行してしまったが残りの5人の娘達にも同じことをするべきかどうか悩んでいた。だが会議に参加してやはり不当に人体を傷つけるのは良くないとわかった。今までは誰からもそんなことを聞いたことがなかった。FGMの実態について皆よくわかってない。だからこのような間違いを平気で繰り返してきたのだ。」この会議の意図は、FGMという習慣に対して「野蛮な行為であるからやめるべきである」という一義的なモラルを押し付けるのではなく、伝統や慣習の美化のなかで、文化も性も知らない子供たちを不当に傷つける行為を考えなおす機会を設けることであった。
  • (注16)下線強調は筆者によるものである。
  • (注17)<ansvar>(デンマーク語・キェルケゴール)、<responsabilite>(フランス語・サルトル) <responsibility>(英語)、 <verantwort>(ドイツ語)いずれの言語も「答えに向かう、答えを出す」という自発的な立場を意味する。
  • (注18)J-P・サルトル『哲学・言語論集』、鈴木道彦他訳、人文書院、2001年、p.209.
  • (注19)サルトルの最後のアンガージュマンはソ連大使館前で行なった小規模のデモであった。1979年2月、この頃サルトルはすでに失明していたが、彼はブレジネフの決定によってソ連で殺された3人のアルメニア人の死に抗議する若いアルメニア人たちがソ連大使館前で行なうデモに参加するために一人ででかけたのである。彼は大使館に抗議文を手渡しに行ったが、受け取りを拒否されたので、彼はそれを仕方なく玄関のところにおいて帰ったのである。そしてデモが終わる頃、警官に妨害されながらも彼は集まっていたジャーナリスト達に次のように述べた。「われわれヨーロッパ人は1915年以来、アルメニア人たちに負い目がある。」これは終始一貫して歴史を引き受けようとしたサルトルのアンガージュマンの本質を暗示する重要な言葉である。1915年に20世紀最初の大量虐殺がトルコでアルメニア人に対して行なわれたとき、文明国を自称していたヨーロッパの大国がそれを止めさせるのに何もしなかった、ということが言えたのは当時サルトル一人であった。このように生涯を通して問い続け、問いを生きる姿勢こそ「独自的普遍」というあり方である。アンドレ・グリュックスマン「サルトル追悼 歴史への責任」、『海』、中央公論社、1980年

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