加賀藩十村役林家文書

ページ番号1009356  更新日 2023年1月12日

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白山市指定有形文化財 古文書
加賀藩十村役林家文書(かがはんとむらやくはやしけもんじょ)

〔所在地〕白山市西新町168番地1 白山市立博物館
〔所有者〕個人
〔員数〕27点
〔指定日〕平成7年1月13日

寛文3年御扶持高下付状の写真
寛文三年御扶持高下付状

林家は藩政期を通し石川郡福留村(現白山市福留町)にあって、代々山島組十村役(大庄屋)として活躍した名家です。林家が十村役を務めた福留村を含む山島組30数ヶ村は、加賀百万石の穀倉地帯であり、水稲はもとより跡作としての麦、菜種の栽培においても群を抜く存在でした。それだけに農業技術も先進的で、他地域の追随を許さないものがありました。
十村役は農業指導者としての側面が重視されていたことから、地域の農業進歩の背景には、林家のひたむきな研究努力があったと考えられます。この成果として、九代目六郎左衛門によって天明元年(1781)に著された農書『耕作大要』が今も残されています。このほか加賀藩農政の重要資料に高い頻度をもって林家の名が出現するのも、同家の存在意義を示すものです。
林家文書は、近代文書1点を除き26点が近世文書です。すなわち同家の由緒・家系等に関するものが屋敷図を含めて6点、林家への御扶持高下状が5点、組才許賞美状が1点、租税関係が5点、武士の知行に関するものが1点、また作食蔵破損修理や本吉川渡舟破損修理等を含めた十村役の業務に関するものが7点、およびその他1点からなっています。
これらのうち、いくつかの由緒書については、同家が中世につながる土豪の末えいであることを明らかにするとともに、安政4年(1857)11月の「先祖由緒一類附帳」では冒頭992石5斗8升4合の持高を記し、同家がいわゆる千石百姓であったことがわかります。
御扶持高に関する史料では、同家が十村役でも格式の高い御扶持人十村役であったことを裏付けるものです。
このほか租税をはじめとした十村役の業務に関する史料は、広範な十村役業務を具体的に示すものとして貴重です。

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