廣瀬 與吉(ひろせ よきち)

ページ番号1002811  更新日 2022年2月8日

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写真:廣瀬與吉、ヒロセ式脱穀機1号機

廣瀬與吉は明治時代に、今の白山市美川今町に生まれました。祖父も父も鍛冶業(かじ)をしており、子どもの時から機械いじりが好きでした。織機の発明に携わり、特許3件、実用新案8件が登録されました。工場を立ち上げ経営していましたが、世界大恐慌のため、経営不振が続き、織機製作から農機具製作に方針転換しました。回転式脱穀機を完全に改良して特許を取得し、3000台を生産、北海道ほか18県で販売し、大好評を得ました。米選別機も3万数千台製造し、国内だけでなく朝鮮・台湾・中国でも販売しました。また自動籾摺(もみすり)機や自動耕運機も製造販売しました。戦時統制下で町の各商店や工場が廃業していく中、たくさんの人が広瀬製作所に採用され、町民は與吉を「ヒロセの大将」と愛称で呼んでいました。
與吉は農機具の製造だけでなく、小学生が海で遊泳中に亡くなったと聞いて、25mプールを町に寄贈したり、「今町の台車の鳥居」や神幸町東の「火見櫓(やぐら)」も寄贈したりして町に大きく貢献しました。
米づくりの機械化に一生をささげた與吉はいつも「米づくりは、そのうち全部機械化される」が口ぐせでした。

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