平成17年度入選作文(ジュニア部門)「母と私」

ページ番号1002693  更新日 2022年2月15日

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第21回暁烏敏賞入選作文(ジュニア部門)

写真:暁烏敏像

  • 作文題名 母と私
  • 氏名 高田 陽奈子
  • 住所 石川県白山市在住
  • 学年 金沢大学教育学部付属中学校 3年

「一緒に行こう。」受話器をおいて、母は私をせかすように言った。「どこへ?」「駅に。」

夏休みの雨の日、スピードを出して自転車をこぐ、雨ガッパを着た母の後ろ姿。背すじがピンと伸びていて、いつもと違うものを感じながら、ペダルを踏む私の顔に雨が冷たい。

「こんにちは。」駅に立っていたのは、ふんわりとした水色のワンピースを着た、柔らかな感じの女の人。「本当にありがとう、来てくれて。」と母。その人はすぐに私に気づき、「小さい頃からの写真、送ってもらって見てたよ。」と声をかけてくれた。母が「秋ちゃんは、私が高校の先生をしていた時の生徒さんやよ。愛知県から来てくれてん。」と言う。そして、秋ちゃんは私に話し始めた。「先生は、私にとってとても大切な人なの。」それから、自分が訳あって母親と暮らせなかったことや、中学生の時、家でも学校でもつらく、身体をこわしてばかりいたこと。そんな中で高校に入り、先生だった母と出会い、初めて自分の心をしぼり出すように全部話すことができて、それをどれだけでも聞いてもらえたことなどを話してくれた。そして「先生って、いつも横にいてくれる人。それだけで良かった。」と、にっこりしながら付け加えた。

母は、今もスクールカウンセラーとして、小中学生と関わりながら生きている。そんな母の姿を思い浮かべながら聞いていると、秋ちゃんがふいに「私は母親と暮らせなかったけれど・・・。お母さんってどんなもの?」と聞いてきた。私は「お母さんって」とくり返し、そして何も言えなくなってしまった。

秋ちゃんが、電車の窓から手をふっている。どうしてあの時、答えられなかったのだろう。いや、答えなかったのだ。母親と暮らせなかった秋ちゃんへの遠慮から。しかし、本当にそうだろうか。私は母が仕事をしている時の様子を何も知らずにいた。秋ちゃんから、初めて聞いた話。家とは、別の母。

雨がやみ、自転車を公園にとめ、私は言った。「秋ちゃんに、答えられんかった。」黙って聞く母に私は話し続けた。「秋ちゃんへの遠慮からなんかじゃない。なんか、驚いてん。私の知らないお母さんに。でも、自分の心をどう表現していいか、わからん。ただ、答えられんかった。」そう言いながら、私の中では「そんなこと、気にしなくていいと思うよ。」と慰めてくれる母を想像していたような気がする。しかし、母の口から出た言葉。「言ってくれて、本当にありがとう。今から、いっぱい、いっぱい一緒に話そう。秋ちゃんのこと、お母さんのこと、それから・・・。」「私のこと。」そうだった。今までもいつもそうだった。

母は、いつも横にいてくれた。そして、何でも、どれだけでも私の話を聞いてくれる。一緒に話をしてくれる。聞いてもらえた、一緒に話をした、それだけで私の中で解決していく。今、母に話し、それを受けとめてもらえただけで、もう私の心に秋ちゃんの声が、まっすぐに重なった。「先生って、いつも横にいてくれる人。それだけで良かった。」秋ちゃんは、私とそんな「母」への思いを語り合いたかったのではないだろうか。そして同時に、母がなぜ私を駅に誘ったのかもわかったような気がした。母は、秋ちゃんの思いと私の思いの重なりに気づいていた。そして、私が今まで知らなかった母の姿を見ることになる、ということも。

「ありがとう。」母は公園で私に言った。秋ちゃんと会ったときも「ありがとう。」とくり返していた。母もまた、私や秋ちゃんから受け取るものがあったとしたら。そしてそれも、私を駅へ誘った理由の一つであってくれたら。

公園のブランコを手でゆらしながら、母が、「秋ちゃんにね、もうすぐ赤ちゃんが生まれるんよ。」と言った。少しふっくらした秋ちゃんに出会ったときから、そんな気がしていた。秋ちゃん、お母さんになるんだね。私が母に、「今度は私が秋ちゃんに聞くよ。『お母さんってどんなもの?』って。」と言うと、母は、「うん、うん。」と大きくうなずいた。

それから私は、公園の水道で手を洗おうと蛇口をひねった。ゆっくり、ゆっくりと私の手のひらは水で満たされていく。「あっ。」その時、私は、そこに母と自分を見た気がした。

私は毎日、学校へ行き家に帰る頃、朝はいっぱいだった何かが、水がカラカラに枯れたようになくなってしまうのを感じる。ところが、母の顔を見て、話をするうちに、両手のひらに水が満ちてくる。まるで、今、この手いっぱいの水のように。毎日、溢れんばかりの水を注いでくれる人、それが母だ。そして今、それを教えてくれた人、それも母なのだ。

次は母の番。母の手に蛇口をひねる私。母の両手のひらも、いっぱいだ。それは、私の「ありがとう」の気持ちだよ。

家まであと少し。行く時は別の人のように感じられた母の背中は、いつのまにか、前かがみにゆっくりペダルを踏む、いつもの母の背中に戻っていた。
(文中に出てくる「秋ちゃん」という名前は仮名です。)

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