島清恋愛文学賞受賞作品
平成23年度をもちまして事業を終了いたしました
第18回(平成23年)受賞作
あさの あつこ 『たまゆら』
あの人に逢いたい、もう一度。ここから人の世が尽き、山が始まる。そんな境界の家に暮らす老夫婦の元へ、ある日一人の娘が辿り着いた。山に消えた少年を追っていると言うが…。狂おしい思いにとらわれ、呼ばれるように山へ入った二組の男女が見たものは。切なさと恐ろしさに満ちた物語。
受賞の言葉
この度は、このような栄えある賞をいただくことができ夢のような心地がしております。
本当に、まだ、島清恋愛文学賞受賞という現実が信じられないようで、これは白昼夢に過ぎず、ふと気がつくと全てが消えているのではないかと、そんな気持ちにすらなります。『たまゆら』を恋愛文学として捉えてくださったみなさまに、選考委員の先生方に、書き手としてあまりに未熟なわたしに、我慢強く伴走してこの物語を世に出してくれた編集者の方々に、支えてくれた家族や友人に、読者のみなさんに、そして、何より、遥か昔より、わたしを包み込んで放さない、恐ろしいほど美しい山々に、心から感謝致します。
ありがとうございました。
選評
渡辺淳一 選考委員
あさのあつこさんの、「たまゆら」は暗示に富んだ作品である。
物語はまず「花粧山」という、山の麓に住む能生日名子という七十代の女性が語りはじめることから始まる。ここに一人の娘、真帆子が訪ねてきて、二人で語りはじめる。
その内容はそれなりに衝撃的だが、小説としては、その内容より、それらの事件を契機に、彼女たちがなにを考え、それによって、どのような影響を受けたか。それは我々の日常のなかで、さまざまな事件に遭遇した場合、それらを心の内側にどうとり込み、どんな影響を受けていくか、という問題にもつながってくる。
このように、本作品はきわめて比喩的、かつ実験的な作品であるが、この試みがすべて成功しているとはいい難い。しかし、このような作品にチャレンジした作者の意企は貴重である。
小池真理子 選考委員
リズムのある散文的な文章で綴られた、詩的な物語である。そのため、時に描写がくどく感じられる部分もあったが、表現の豊かさと美しさが、その欠点を充分、補っていたと思う。かすかな予感と共に、謎めいた物語の中に読者を引きずりこんでいく力があった。
人間の罪と欲望の深さ、生きていれば誰でも必ず突き当たる不条理を、「山」という大自然、スケールの大きな動かしがたい何かに委ねて、俯瞰しつつ描いてみせようとしている。人の哀しさ、人が背負う苦しみの深さに焦点を絞りながらも、この作者ならではの優しいまなざしが、作品全体に清潔感を漂わせている。
男と女の間にある絶対的な感情に向けた、作者の揺るぎのない信念のようなものも感じられた。これからの活躍が楽しみである。
藤田宜永 選考委員
受賞作は、著者の地元、岡山県の山間部と思える、閉ざされた空間で繰り広げられる男女の物語。好きな男を追って、山に迷いこんできた若い女も心に傷を負っているが、女を迎え入れる老カップルにも重い秘密がある。老女が、若い女に秘密を打ち明けることで、若い女の心模様も変わっていく。その辺の物語の折り込み方に引き込まれる作品である。一見、あっさりと書かれているが、文体には独特のものがある。児童文学ですでに高い地位を築いている作者ならではのものだと推察した。祖母と孫ほどの歳の離れたふたりの女が抱えた事件が交錯するミステリアスな熱い恋物語。受賞に相応しい作品である。
10月29日(土曜)に第18回島清恋愛文学賞・第12回島清ジュニア文芸賞贈呈式を開催しました。
贈呈式終了後は、受賞者あさのあつこさんと選考委員小池真理子さんによるトークショーが行われました。
過去の受賞作品(敬称略)
- 第17回(平成22年)
- 桐野 夏生『ナニカアル』
- 第16回(平成21年)
- 村山 由佳 『ダブル・ファンタジー』
- 第15回(平成20年)
- 阿川 佐和子 『婚約のあとで』
- 第14回(平成19年)
- 江國 香織 『がらくた』
- 第13回(平成18年)
- 石田 衣良 『眠れぬ真珠』
- 第12回(平成17年)
- 小手鞠 るい 『欲しいのは、あなただけ』
- 第11回(平成16年)
- 井上 荒野 『潤一』
- 第10回(平成15年)
- 谷村 志穂 『海猫』
-
第9回(平成14年)
- 岩井 志麻子 『自由戀愛』
- 第8回(平成13年)
- 藤堂 志津子 『ソング・オブ・サンデー』
- 第7回(平成12年)
- 阿久 悠 『詩小説』
- 第6回(平成11年)
- 藤田 宜永 『求愛』
- 第5回(平成10年)
- 小池 真理子 『欲望』
- 第4回(平成9年)
- 野沢 尚 『恋愛時代』
- 第3回(平成8年)
- 坂東 眞砂子 『桜雨』
- 第2回(平成7年)
- 山本 道子 『瑠璃唐草』
- 第1回(平成6年)
- 高樹 のぶ子 『蔦燃』
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