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五節句と行事食の云われ(石川県白山市)

 
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健恋う会とともに


                 
 
今、忘れつつある先人の知恵である「伝統食・行事食や旬な食材」を見直しませんか?

 

  白山市の食育推進にご協力していただいる白山市食生活改善推進

  協議会では、平成24年4月に記念誌「健恋う会とともに」を発行されま

  した。

  その記念誌の中から現代社会で忘れつつある伝統食、行事食や旬

  な食材などを紹介した「五節句と行事食の云われ」」を抜粋して、

  ホームページに掲載しました。    
             
 

 
 
 
人日の節句  上巳の節句  端午の節句  七夕の節句  重陽の節句  お食い初め  ままごとの日


 〜節目の行事に学ぶ〜「健恋う会」をふりかえり今、思う  2これまでの「健恋う会」の開催の様子

 

 
 
 

 
 
◆◆ 人日の節句 ◆◆
 

1 人日の節句の歴史

  1月7日は「人日」の節句とも言われます。「人日」とは「人の日」、中国は前漢の時代、1月
 7日に人を持って吉凶を占ったと言います。ここから「人の日」には邪気をはらうために、七草
 の入った粥を食べ、1年の無事を祝ったのだろうとも言われています。
  正月7日(昔は正月初子の日)の粥に七草を入れる風習は平安時代に野から摘んできた若
 葉を粥に加えて祝った行事から一般に広く知られ、今日もなお親しまれています。
  加賀地方でも白山の清流にはぐくまれ、大地に根をおろし寒さにもめげずに育った七草の
 若葉がゆは現在にも伝承されています。この慣習は年の初めに食してその年を元気に過ご
 そうというもの
です。  
 
2 七草の種類

  七草の種類は、昔は地方で違いがありましたが、いつ
 しか統一され、鎌倉時代に「せり、なずな、ごきょう、はこ
 べら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草」という
 和歌でうたわれた7種類が全国に定着していきました。
  それぞれ名や形から縁起物とされ、尊ばれていました。


 
       
種 類 意 味 効 用
セリ 競り勝つ 精神安定と食欲増進
ナズナ(ペンペン草) なでて汚れをのぞく 消化機能を整える
ゴギョウ(御形)(ハハコ草) 仏体 咳止め
ハコベラ ?栄が蔓延る 胃炎・胃弱や歯槽膿漏の予防
ホトケノザ(タビラコ) 仏の安座 打撲・筋肉や骨の痛みに効く
スズナ(カブ) 神を呼ぶ鈴 胃を丈夫にし消化を助ける
スズシロ(大根) 汚れのない清白を表す
 
     ※ これらの効用はお正月のご馳走で疲れた胃を休めるために良いとされます。

 
 
 

 
 
◆◆ 上巳の節句(ひなまつり)◆◆
 

  「上巳」は3月3日にあたり、桃が咲く時期(旧暦の3月3日)と重なることから「桃の節句」とも
 言われ、桃などの自然の生命力をもらうなどして厄災を祓います。また、最近では、女の子の
 誕生と成長を祝う「ひな祭り」として浸透しています。

1 ひなまつりの由来

  平安時代、貴族の女の子の人形遊びのことを、ひいな遊びと呼んでいました。また一方で、
 3月3日の桃の節句には、草や紙などで人の形を作り、自分の身にふりかかる災難の身代わ
 りになってくれるようにと願いながら、川や海に流しました。ひなまつりは、ひいな遊びと桃の
 節句が結びついたものだと考えられています。
  また、現在も地方によっては、紙の人形を川に流す「流し雛」の風習が受け継がれています。   
   (鳥取県囚幡地方、和歌山県吉野川、紀ノ川流域が有名)
 
2 流し雛から飾り雛への移り変わり
  
  江戸時代に入ると、紙の雛人形を流す行事は
 京都などでは、人口が増えるにしたがって難しく
 なっていきました。人形も初めは紙でしたが、地
 方によっては土製の人形(白山ろく地域にも多
 い)も作られていました。
  やがて胡粉(貝殻を焼いて作った白色の顔料)
 を塗って顔を描いた雛に美しい布でできた華や
 かな衣装を着せたものが作られるようになりまし
 た。
  その頃から、現在の雛壇を飾る「ひなまつり」
 へと行事の内容が移行したのではないかと言わ
 れています。
 

3 飾物(そなえもの)と色の意味は?

  女の子が産まれて初めての節句を「初節句」といい、嫁方の親が子どもの身代わりとなって
 災いが降りかからないように‥という思いが込められた雛人形を贈ります。雛人形には厄除け
 となる「桃の花」、体から邪気を祓うための「お白酒」、よもぎの香気が邪気を祓うと言われる
 「草もち」、人の心臓をかたどり子どもの健康を祈る気持ちの現れの「菱餅」、自分のかたわれ
 でなければ絶対に合わないことから女性の貞節を教えた「はまぐり」などが供えられます。
  ひし餅は、下から順に緑・白・桃色となっています。これは、春近い季節になって雪の下の大
 地には草のみどりが広がり、そこから桃の花が芽吹くという情景を表現しているとも言われて
 います。
  また、ひなあられは、ひし餅と同じような意味のほか、緑が健康長寿、白が清浄、桃色が魔
 除けを表しており、このお菓子を食べることで、自然のエネルギーを授かり、健やかに成長で
 きるという意味があります。
 
 
 

 
 
◆◆ 端午の節句 ◆◆
 

1 端午とは?

  端午というのは、五月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味でした。牛と五(ご)の音が同
 じなので、5日(はじめ)を指すようになり、やがて5月5日のこととなったと伝えられています。

2 端午の節句の始まり
  奈良時代の日本では季節の変わり目である端午の日に、病気や災厄をさけるための行事が
 行われていました。中国の風習にならい、宮廷では厄除けの菖蒲をかざり、皇族や臣下の人
 たちには蓬(よもぎ)などの薬草を配りました。また病気や災いをもたらすとされる悪鬼を退治
 する意味で、馬から弓を射る儀式も行われたようです。

3 端午が男の子の節句になった訳

  宮廷での行事は鎌倉時代の武家政治へと移り変わるにつれすたれていきました。しかし、武
 士の間では尚武(しょうぶ=武をたっとぶ)の気風が強く、「菖蒲」と「尚武」をかけて、端午の節
 句を尚武の節日として盛んに祝うようになりました。

  ※菖蒲と端午の節句
    菖蒲は昔から薬草として使われ、煎じて飲むと腹痛に聞き、打ち身の治療にも使われて
    きました。また菖蒲の根は、漢方薬として胃薬、解熱、ひきつけ、創傷として使用されて
    いました。
    5月5日に菖蒲湯をたてて入るのも無病息災を念じたものです。

4 鯉のぼりの始まり
 
  江戸時代に入ると、5月5日は徳川幕府の重要な式日に定めら
 れ、大名や旗本が式服で江戸城に集まり、将軍にお祝いを申し
 上げるようになりました。
  また将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うま
 しるし)や幟(のぼり)を立てて祝ったようです。
  この風習はやがて一般の人々に広まり、初めは玄関前に幟や
 吹き流しを立てていたものが、やがて厚紙で作った兜や人形、紙
 や布に書いた武者絵なども飾るようになりました。江戸時代の中
 期には、武家の幟に対抗して、町人の間では鯉のぼりが飾られる
 ようになりました。
 

 
 
 

 
 
◆◆ 七夕の節句 ◆◆
 

  七夕(たなばた・しちせき)は、古くから行われている日本のお祭り行事で、願い事を書いた
 色とりどりの短冊や飾りを笹の葉につるし、星にお祈りする習慣が今も残っています。
  七夕の起源には数多くの説があり、
   1 もともと日本の神事にあった「棚織(たなばた)」
   2 おりひめ・ひこぼしの伝説
   3 奈良時代に中国から伝来した「乞巧奠(きっこうでん)」という行事があわさったものなど
 と言われています。

1 棚織(たなばた)とは?

  「棚織」とは、古い日本の禊ぎ行事で乙女が着物を織って棚に備え、神様を迎えて秋の豊作
 を祝ったり、人々のけがれを祓うというものでした。選ばれた乙女は「棚織女(たなばたつめ)」
 と呼ばれ、川などの清い水辺のある機屋(はたや)にこもって神さまのために心を込めて着物
 を織ります。
  その時に使われたのが、「棚織(たなばた)」という織り機です。
  やがて、仏教が伝わると、この行事はお盆の準備をする7月7日の夜に行われるようになり
 ました。
  現在、七夕という二文字は「たなばた」と当て字で読んでいるのも、ここから来ていると言わ
 れています。

2 おりひめとひこぼしの伝説とは?

  琴座のベガと呼ばれる織女(しゅくじょ)星は、裁縫の仕事、また、鷲(わし)座のアルタイル
 と呼ばれる牽牛(けんぎゅう)星は、農業の仕事をつかさどる星と考えられていました。
  この二つの星は、旧暦7月7日に天の川をはさんで最も光り輝いているように見えることか
 ら、中国でこの日を一年一度のめぐりあいの日と考え、七夕ストーリーが生まれました。

3 乞巧奠(きっこうでん)とは?
 
   乞巧奠は、中国の行事で7月7日に織女星にあやかって、機織りや
  裁縫が上達するようにとお祈りをする風習から生まれ、やがて芸事や
  書道などの上達も願うようになりました。
   その後、日本でも芸の上達を願って行われるようになり、歌を梶の
  葉に書いて祈りました。
   昔はサトイモの葉にたまった夜つゆを「天の川のしずく」と考えて、
  それを墨で溶かし、梶の葉に和歌を書いて願い事をしていました。
   江戸時代になると、梶の葉のかわりに短冊に色々な願い事を書い
  て星に祈るお祭りとなりました。

 ※梶‥梶は古くから、神聖な木として祭具として使用されることが多い

 

 
 
 

 
 
◆◆ 重陽の節句 ◆◆
 

  節句は行事と関係する植物の名を冠して呼ばれることがあります。重陽もまた然り。その花
 は菊であり、称して「菊の節句」とも呼ばれます。春の桃、初夏の菖蒲、そして秋の菊と季節を
 代表する花が節句の名となっています。
  重陽は昔の祭日であった五節句の最後を締めくくる節句。他の節句が現在でも盛んに祝わ
 れるのに比べて、「重陽の節句」は残念ながら今では私たちの日常生活とは縁遠くなってしま
 いました。

1 重陽とは?

  「重陽の節句」はたびたび出てくる中国の重日思想から発した祭日。「重日」とは月の数と日
 の数が同じ数字となる日付。めでたい特別の日付と考えられました。ここでは9月9日と「9」が
 重なっています。9が重なることから重陽の節句は「重九(ちょうく)の節句」とも呼ばれます。
  次に重陽の陽ですが、中国伝来の陰陽説によれば、奇数は陽の数、偶数は陰の数とされて
 いました。9は一桁の奇数としては一番大きな数ですので「陽の極まった数」として陽数を代表
 する数と考えられました。
  ということで「陽の極まった数の重日」ということで「重陽」となったわけです。

2 重陽の節句の時期
 
  重陽の節句は、他の重日思想に基づく節句と同様に「日付」に固定
 された祭日です。それで現在では初秋の頃が重陽の節句となるので
 すが、元来は旧暦の日付で祝われたわけですので元は晩秋の頃の
 行事でした。
  現在では9月9日を「菊の節句」といっても、まだ菊の花は小さなつ
 ぼみの状態でピンとこないネーミングになってしまいますが、本来の
 旧暦であれば、菊の見頃だったのです。


 

 
 
 

 
 
◆◆ お食い初め ◆◆
 

  「お食い初め」とは赤ちゃんの祝い事のひとつで、個人差はありますが新生児の生後100日
 頃に「一生食べ物に不自由しないように」との願いを込めて食事の真似をさせる儀式です。
  遠くは「食初」の名称で平安時代の貴族社会から始まりました。箸初め、箸揃え、箸立て、百
 日(ももか)の祝い、真名初め、真名の祝い、魚味祝い食い初めなど‥色々な呼び方がありま
 す。

1 お食い初めの準備

  お食い初めの器は、正式には漆器で高足のご膳にしつらえます。器の漆の色も赤ちゃんの
 性格で異なり、男の子は内外共に赤色で、女の子は黒色で内側が赤色です。正式には父方
 の家紋入りの漆器膳を、母方の実家から贈りますが、最近では、一般的な離乳食の器を使う
 事が多くなってきています。

2 お食い初めのメニューとやり方

  ここで紹介しますのは、ほんの一例であり、地方ごとに作られますおめでたい食材や季節の
 旬なものをお使いいただければと思います。
  本格的な食べ方の順番は、飯→汁→飯→魚→飯の順に3回食べさせれる真似をします。
  お料理を赤ちゃんに食べさえる真似をするのに「柳箸」を使います。
  白木の柳箸は古代より霊のやどる邪気を取り除く木といわれ、また使っていても折れにくい
 ことから、丈夫になるように願うお食い初めにぴったりの箸として使われています。

   ※お食い初め(祝膳)メニュー
    ・赤 飯‥(めし椀)お赤飯が普通ですが、季節の栗ご飯や豆ご飯などでも。
    ・汁 物‥(汁椀)お吸い物などに季節の食材などで工夫をこらしましょう。
    ・煮 物‥(お平椀)煮物や和え物などを盛り付けます。
    ・大 皿‥鯛尾頭付きやかながしら等おめでたい魚
    ・つぼ椀‥豆、昆布、お造り等の和え物。
    ・高つき‥歯固めの石(梅干あるいは栗を使用する地域もあります)

 
 
 

 
 
◆◆ ままごとの日 ◆◆
 

  7月1日「氷室の日」は、「ままごとの日」といい、小学生の女の子を中心に伝承されていまし
 たが、テレビの普及などにより見られなくなりました。
  また、貯雪施設の氷室(雪室)も昭和30年代には営まれなくなり、昭和62年から金沢の湯
 涌観光協会により復元、現在に至っています。
  それまで草花で遊んでいた子どもたちが、実際に包丁や火を使い料理が作れることからチョ
 ット大人になった気分を味わうことができました。
  「ままごとの日」の献立は、ちらし寿司とじゃがいものきんとん、それに澄まし汁と胡瓜なます、
 デザートはびわ等でした。
 
 食材は、子どもたちが各家からお米、採りたての野菜、庭で栽培して
いる椎茸、生みたての卵、庭木に実っているびわなどを持ち寄り、じゃ
がいもは茹でて皮をむき、大きなすり鉢ですりつぶしました。きんとんの
色付けは、かき餅づくりの色粉を使用し、ちらし寿司にはピンクの鯛デンブを、すまし汁の具はふかし又はそうめん茄子であったとの思い出があ ります。
  地域によっては、食後にご馳走になった子どもたちが歌や踊りで高学
年生にお礼をしたものでした。
 

 
             
                     白山市食生活改善推進協議会発行「健恋う会とともに」より抜粋 

 

 

 
 
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