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現在位置:トップページの中のまちづくり・産業・交流の中の公園から松任城址公園

松任城址公園

 
 
松任城址公園
 
 
太鼓橋
 
松任城址公園西側
 
 
松任城址公園東側
 
松任城址公園園路1
 
 
松任城址公園園路2
 


 
所在地白山市古城町42番地
アクセス・地図JR「松任駅」下車徒歩2分  地図はこちら   
面積0.62ha
開設年月日S43.4.1  
概要
 名前の由来である松任城は、平安時代末期、松任氏の館として建てられ、その後一向一揆の旗本である「松任組」の本拠地として城砦の形が整えられ、1580年 (天正8年)、織田軍の柴田勝家により落城後、織田方の城として、城下町の整備とともに城郭化が進められ、加賀藩二代藩主の前田利長が3年間、丹羽長重が11年間在城し、1614年(慶長19年)、江戸幕府の一国一城政策により廃城となりました。

 松任城の史料は確認されていませんが、「松任城古図」によれば、本丸、二ノ丸、三ノ丸、矢倉台、出丸等の郭を備え、それらは幅9~23mの水堀や、空堀、土塁により守られていたとされ、外堀の城域は、南北305m、東西301m余であったと推測されます。

 現在、本丸跡は松任城址公園となっていますが、二ノ丸、三ノ丸、出丸跡には、松任文化会館・松任学習センター・千代女の里俳句館が建ち、わずかに残っていた石垣は、本丸の周囲を取り囲む内堀の位置を示すと推定され、平成22年度の公園改修時には、その石垣を整備するとともに、当時の太鼓橋をイメージした高欄橋を設置するなど、松任城址としての歴史性を保全しながら「市民の憩いと語らいの場」として利用されるよう園内通路をバリアフリー化しています。


松任城の歴史について(城址公園内案内板 PDFファイル 約2MB)




●公園整備の遍歴


昭和43年4月1日       おかりや公園として開設

平成15年度          松任駅南土地区画整理事業に伴う、おかりや公園の再整備に
                                ついて、おかりや公園整備構想検討委員会にて整備構想を検討。
 
平成15年10月27日  おかりや公園整備構想検討委員会から松任市長へ、城址を
                                イメージするに相応しい整備方針及び新名称等について答申。

平成19年10月10日 「松任城址公園」へ名称変更

平成21年度             松任城址公園整備検討委員会にて整備内容を検討

平成22年度            整備工事着手~完成

平成23年5月29日   竣工披露式



●旧公園名 おかりや公園の名称由来について

 松任城 二の丸(現在の松任文化会館付近)の「作食蔵」跡に若宮八幡宮の仮の杜(御仮屋)が設けられていたことに起因して命名されました。



公園内施設駐車場 無   遊具 無   トイレ 有
 






                         公園内平面図





                   連絡先:白山市建設部公園緑地課  076-274-9560




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